大きい普通の国に

2025年11月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 

2025年を振り返ると、今年の漢字が「米」になるのではないかと思うほど、国内では令和の米騒動、国外では米国の関税措置が大きな話題になった。

 

特に全世界を対象にした米国の関税措置について、直接投資や供給網の変更などを含めて、さまざまな影響が懸念されている。例えば、米国市場に財を供給する米国外に生産拠点を置く日本企業と、米国内に生産拠点を置く米国内企業を比べると、日本に対する米国の相互関税は15%であるため、関税コストのフル転嫁を前提にすれば、日本の企業は競争上、15%分の不利益を被ることになる。足元の消費者物価上昇率の3%を踏まえれば、企業にとって5年分の影響が一気に圧し掛かってきたことになる。一方で見方を変えれば、米国内企業は5年間の時間的な猶予を得たとも言える。

 

米国内企業が生産を継続するにしても、米国外企業が関税を回避するために米国内で生産するにしても、米国内の既存設備の稼働率を上げることで対応できればよい。しかし、そのようにできない場合には、米国内での設備投資が必要になる。その場合、工場用地を確保して、環境評価を実施して、住民に説明して、工場を建てて、試験運転してと、準備を進めていくと、あっという間に1~2年経ってしまう。5年間あったはずの時間的な猶予が準備のうちに1~2年使ってしまう計算だ。残りの3年程度で、米国内の生産をキャッチアップさせて米国外企業と競争できる水準まで引き上げなくてはならない。もちろん、その準備期間のうちに、米国外企業は相互関税の壁を超えようと、創意工夫を凝らして技術進歩を実現させて、競争力をさらに高める。例え15%の相互関税であっても、その競争優位を保つことは難しい。そうなると、米国内生産拠点は米国市場に財を供給する役割を担ったとしても、海外市場に供給するほど競争力を確保できるか疑問が残る。

 

過去を振り返ると、貿易摩擦は過去にもあった。日本と米国の間では、繊維に始まり、電気機械や自動車、半導体と次々と交渉材料になってきた。その結果、日本企業が生産拠点を日本からアジアや米国などに移すなどして、結果的に日本からの輸出が減少したものも少なくない。しかし、米国企業が世界トップの地位を維持しているものはどれだけあるのだろうか。歴史を踏まえれば、製造業の復活や競争力の向上という視点から、関税は必ずしも有効な手段とは言えないようだ。

 

そのほかの政策について経済面からみると、これまで、移民などを通じて人口が増加することも米国経済の1つの強みであった。現在、移民対策を厳格化している上、インドや中国に対象が偏っていたとはいえ、H-1Bビザの制限のように専門人材の流入も抑制しようとしているように見える。こうした政策を誤ると、労働力や消費需要の増加などをもたらす人口増加という強みとともに、知識の集積や技術進歩という経済成長のけん引力が失われかねない懸念がある。

 

政治面でも、世界の警察という立ち位置から降りて、内向きになっている。過去を振り返ると、もともと欧州から距離をとっていたこと、国際連盟を提案しても議会の反対などから加盟しなかったことなどもあり、必ずしも国際協調という視点が重視されていたわけではない。現在の貿易摩擦や関税措置などを合わせて考えてみると、国際協調や自由貿易という旗を降ろして、本来の姿に戻ったとも言える。

 

もちろん、メリットがあったからこそ、国際協調や自由貿易などの旗振り役を担っていたと考えられる。シェール革命によってエネルギー生産国という性格を強め、エネルギー確保の必要性が相対的に低下したため、世界の警察としてのコスト負担が重くなっていた。自由貿易を推進してきたものの、製造業の空洞化、ラストベルトを生じさせ、むしろ痛みやデメリットが目立つようになった。そうした中で、コロナ禍とその後の物価高騰が、これまで痛みが相対的に大きかった労働者層や低所得者層などにさらなる痛みをもたらした。それまでの政権が必ずしも有効な対策をとれなかったこともあり、米国社会は分断したままであり、国際協調や自由貿易よりも、まずは国内を優先という思いを募らせたのだろう。

 

こうした変化を踏まえると、米国市場は依然として大きいものの、成長の鈍化に加えて、米国内企業にとっての地産地消の普通の市場の1つになっていく可能性がある。その前提で、米国経済の現状と先行きを捉え直す視点も重要だと考えられる。

 

以上

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