三者三様の金融政策
12月の日米欧の金融政策は珍しく、三者三様の結果だった。米国は利下げ、欧州は据え置き、日本は利上げと、それぞれ結果が異なった。
まず、連邦準備制度理事会(FRB)は12月10日、政策金利であるFF金利の誘導目標レンジを0.25%引き下げて3.5~3.75%にすることを決定した。3会合連続の利下げになった一方で、3会合連続で全会一致とはならなかった。今回の会合では、2人が据え置きを支持、1人が0.5%利下げを支持した。
また、連邦公開市場委員会(FOMC)の参加者の経済見通しによると、19人中6人が据え置きとみていた。つまり、投票権を持たない地区連銀総裁の中にも、据え置き支持がいたことになる。さらに、2026年の政策金利の見通しは、中央値では0.25%の利下げ1回であるものの、12月の金利水準から7人が引き下げないと予想した。FOMC内で、景気を熱しも冷やしもしない中立金利の見方が異なっていること、根強い物価上昇率の高止まりに対する見解が異なっていることが、改めて明らかになった。
FOMC参加者の見方が割れていることが、先行き不透明感に拍車をかけている。2026年と2027年にそれぞれ1回の利下げという見通しも、幅広い見通しの中央値に過ぎない。経済・物価動向次第でいかようにも変わることを示唆している。2026年の米国経済は、メインシナリオから上下の振れが大きいということを認識しておく必要がある。
一方、欧州中央銀行(ECB)は12月18日の理事会で政策金利を据え置くことを決定した。据え置きは4会合連続であり、しかも異例の早い時間(グリニッジ標準時午前9時すぎ)で決定したと報じられた。ラガルドECB総裁も、据え置きについて、全員一致の見解だったと述べている。ECBスタッフの経済見通しでは、経済成長率や物価上昇率が小幅に上方修正されたものの、物価上昇率は2027年にかけて2%を小幅に下回った後、2028年に2%に戻ると予想されている。これを踏まえて、18日に発表された声明文では、物価上昇率が中期的に目標の2%で安定することを再確認したことが記載された。
また、ECB高官からは、物価上昇率が小幅に変動しても、金融政策を過度に調整すべきではないという認識も示されている。小幅な変動であれば、容認する構えだ。小幅な変動に対して、政策金利を修正して、かえって経済の変動を大きくする副作用を警戒していると言える。もちろん、域内の中銀総裁からは引き続き上下双方のリスクがあること、地政学的なリスクが大きいことなどから、データ依存で、会合ごとのアプローチを支持することが大勢を占めている
ECB内で意見が一致していることが、ユーロ圏経済の予見可能性の高さを示唆しているようだ。ただし、ユーロ圏経済を見ると、防衛費やインフラ投資などを除くと、目立って成長を押し上げる材料がないようにもみえる。物価上昇率が縮小して、実質購買力の回復とともに、個人消費が成長を下支えすることは、自律的な経済成長という意味で好ましいものの、必ずしも成長ペースを潜在成長率以上に加速させるものではない。ECBの金融政策姿勢から、ユーロ圏経済の低位安定という姿も浮かび上がる。
日本銀行は12月19日の金融政策決定会合で政策金利を0.25%引き上げて0.75%程度にすることを決定した。政策金利は1995年9月以来、約30年ぶりの高水準になった。30年ぶりに0.5%の壁を乗り越えることもあり、金融市場が混乱しないように、日銀は十分織り込ませてきた。そのため、市場は0.75%程度への利上げを当然のこととして、1%程度に向けたヒントが出るのかに注目していた。
また、日銀がこれまで推計してきた中立金利が1~2.5%のレンジとされてきたため、中立金利のレンジの下限が近づいていることも意識された。そのため、利上げ余地が乏しくなるという思惑が広がっていた。それに対して、中立金利の下限が1%から高いところにあるということについて、植田日銀総裁が言及するのではないかという予想もあった。しかし、植田総裁は19日の記者会見で従来通りの発言から逸脱するようなことはなかった。そのため、一旦材料出尽くしとして、円売り・ドル買いが進むことになり、円相場は19日に1ドル=157円台と会合前日から2円ほど円安・ドル高になり、対ユーロや対スイスフランでは最安値を更新することになった。
一方で、長期金利は19日に2%を超えて、上昇傾向にある。追加利上げがありうることを織り込みつつある。日銀の姿勢は従来から変わっていないためだ。経済・物価見通しが実現する確度が高まれば、政策金利を引き上げて、金融緩和の度合いを調整する姿勢を維持している。11月まで44か月連続で2%上回っている物価上昇率、一部に弱さが見られるとはいえ緩やかな回復を続ける経済成長などを踏まえれば、2026年にも引き続き利上げが実施されると考えられる。長らく金利がなかった日本経済において、金利がある世界を知っている人が少なくなっていたり、そこでの振る舞い方を忘れていたりするケースが少なくない。金利がある世界の常識を取り戻すことが、デフレ脱却には欠かせないのだろう。
2025年末の日米欧の金融政策は三者三様だった。現在の見通しに基づくと、2026年も同様の傾向が続きそうだ。しかし、先行き不透明感はいつものことであり、2025年の経験を踏まえれば、さらに強まる恐れもある。そうなったときに、経済・物価情勢が大きく変わり、金融政策も変わり、企業も対応を求められるようになる。そうしたリスクが常にあるということを認識しておくことが重要だ。
以上
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