AIは仕事を奪うのか、それとも変えるのか

2026年01月22日

住友商事グローバルリサーチ 戦略調査部 シニアアナリスト
川端 健稔

 

 本稿では、前回(昨年8月)のコラムに続けてAIの雇用への影響について考察したい。

 

 生成AIの急速な進化とともに「AIが仕事を奪う」という言説が再び勢いを増している。実際、米国では大規模なレイオフの理由として「AIによる代替」を公に挙げる企業も現れ、2025年にはAIに関連して約5万5,000人の雇用が失われたとの報告もある。また、先週、世界経済フォーラムがダボス会議のタイミングに合わせて公開したホワイトペーパーを見ると、世界の経営幹部を対象とした年次調査で回答者の約54%が「AIが多くの既存の雇用に取って代わる」と予想している。「AIが新たな雇用創出を生み出す」と答えたのはその半分以下の約24%だった。労働市場にはかつてない緊張感が漂っているように感じられる。

 

 一方で、AIは確実に「使える道具」になりつつあるが、それが直ちに企業全体の生産性向上や雇用削減に直結しているかと言うと、答えは単純ではないようだ。実際、AIによる生産性の向上は、現時点ではマクロ統計には明確に表れていない。最近のMITの調査でも、生成AIへの多額の投資にもかかわらず、95%の組織が未だROIを得られていないといった報告もされている。

 

 その理由の一つは「生産性のパラドックス」だ。生産性向上のために新技術を導入しても、最初は業務プロセスの再設計や人材教育、データ整備などに時間とコストが必要となり、むしろ生産性が下がることがあるといった現象で、それらを乗り越えた後に、飛躍的なリターンを生み出すのだが、今はその「Jカーブ」の初期段階にあると解釈してよいだろう。また、生成AIの性能は飛躍的に向上しているが、いまだハルシネーションによる誤りも散見され、文脈理解の限界もある。個別のタスクが迅速に処理できたとしても、後続の確認や修正作業を増やし、システム全体としてはかえって負担が増大するといったことも起きているようで、生成AI特有のパラドックスもある。

 

 雇用の代替はどうだろうか。テック企業のレイオフの中には「AIウォッシング」と呼ぶべき側面もあるようだ。事業環境の変化への対応やコスト削減、あるいは海外への外注化といった事情を、AI導入による効率化を理由に説明している可能性は否定できない。また、米国のビッグテックの従業員数を見るとパンデミック期に過剰に採用した人員を適正化するためなどに大規模なレイオフをする一方で、生成AIやクラウドインフラなど優先分野の技術職の採用が活発化していて今のところ減少していないようだ。実際に起きている変化は、雇用の崩壊というよりも、ダイナミックな人材の構成の入れ替えであったり、外部委託の消失やギグワーカーへの影響であったり、より静かで見えにくいものかもしれない。

 

 では、どの仕事が影響を受けやすいのか。AIが代替しているのは、仕事そのものではなく、仕事の中の「タスク」だ。業務内容が明確に定義され、プロセスが整理されている職種ほど代替されやすい。そのため、秘書業務よりも高度なスキルが必要とされるプログラマーの仕事の方が先に影響を受け始めている。国際比較では、日本はAIの普及が遅れているとされる。日本型のワークスタイルは、役割の範囲がフレキシブルで、全体を俯瞰して臨機応変に対応するマルチタスクであることが多く、言語化しにくい暗黙知や、人間的な調整業務が重層的に組み込まれていて、現場力の発揮にも繋がっているのだが、それがAIを実装する上での障壁となっているのかもしれない。

 

 歴史を振り返れば、効率化が必ずしも雇用の減少を招くわけではない。いわゆる「ジェボンズのパラドックス」が示すように、技術革新によるコスト低下は、それまで潜在的だった需要を顕在化し、総使用量(雇用)を押し上げる場合がある。例えば、米国ではATMが広く普及した1990年代に銀行の窓口係は直ぐに消えると言われたが、実際には支店の運営コストが下がったことでより多くの店舗が開設され、窓口係の総数は30年近くにわたって増加し続けた。また、2016年にAIのゴッドファーザーと呼ばれるジェフリー・ヒントン教授が「放射線科医の育成は今すぐやめるべきだ。5~10年以内にAIが放射線科医の能力を上回る。」と言及したが、実際にはAIによる読影補助が進む一方で医師の多面的な判断の重要性は高まり、画像診断の件数が急増して北米や英国では放射線科医の数も増え、給与も他の専門分野よりも大きく伸びている。弁護士も同様で、生成AIが米国の司法試験に合格するレベルとなり、「若手弁護士の仕事はAIに代替される」と言われたが、今も求人や給与は安定しているようだ。これらのケースでは、AIが人間を排除するのではなく、人間をより高度な役割へと押し上げていると言える。AIの能力は(人間の能力を基準とすれば)非常に凸凹している。AIの進化に合わせて、AIが得意なタスクは任せ、人間の役割も変化・進化させていくことが必要なのだろう。

 

 もちろん、こうした共生関係が永遠に続く保証はなく、銀行の窓口係のケースでは、インターネットバンキングの普及に伴って雇用が減少している。人間の脳の進化には生物学的な制約があるが、AIは指数関数的に進化を続ける。今はAIを「アシスタント」として活用している職種でも、AIがより自律的な「エージェント」へと進化して、その能力がある閾値を超えたときに人間に取って代わるといったことも起きてはくるだろう。

 

 イーロン・マスク氏は「(AIとロボットの進化・普及で)10~20年後に仕事はオプショナル(任意)となる」と予見している。これは時間軸的に現実的ではないと思うものの、ケインズが予測した週15時間労働の「余暇社会」が到来する可能性はあるかもしれない。一方で、NVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏は「AIによって、これまで検討対象外だった多くの問題が解決可能なリストに上がり、人間の意思決定がクリティカルパスになるため、人間はこれまで以上に忙しくなる」といった異なる予測をしているが、このシナリオも同時に起きるのではないだろうか。AIの力を使って何かを成し遂げたいと思う人が増えて、今は想像もしていない、社会の様々な課題を解決する新しい製品・サービスが次々と登場するような世界が到来すると期待したい。

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