マテリアリティ

社長コラム

2023年10月11日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
住田 孝之

 

 住友商事も9月末に2023年版の統合報告書を発行しましたが、その作成の過程でも、サステナビリティ経営のコンテクストでも、よく話題になるのが「マテリアリティ」です。そもそもこの言葉が最初に日本でも使われるようになったきっかけが、CSRマテリアリティ、すなわち、CSRのコンテクストでその会社にとって「何がマテリアル(重大)か」ということだったため、いまだにこの言葉は、そのニュアンスをはらんでしまっています。一方で、2013年に作られ、2021年に改訂された統合報告の枠組みにおいては、その企業の価値創造やそれに関する投資家の判断にとって何がマテリアル(重大)か、という意味でマテリアリティという言葉が使われています。これが世界の潮流になって整理されるかと思いきや、EUが打ち出したのが、ダブルマテリアリティという考え方。すなわち、サステナビリティ関連の開示において、社会・環境にマテリアル(重大)なインパクトを与えるすべての事柄と、企業の利益にとってマテリアル(重大)な要素という、2つのマテリアリティを考慮した開示が行われるべきだとの考えです。その考えをベースにEUでは法制化が進み、企業に開示義務を負わせた結果、企業のサステナビリティ関連開示は600~700ページにも及ぶものとなり、その企業にとって何が大事なのか、投資家などからはわからず「使えない」と評価されています。現在、グローバルなサステナビリティ関連標準の策定を進めているISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、こうした状況も踏まえ、企業開示において、投資家がその評価において重視するものということに焦点を当てて、財務マテリアリティに基づく開示を求める方向になってきています。

 

 EUが、企業自身ではなく、企業の外部の視点で重要なことの開示を求め、それゆえ全項目の開示ルールにコンプライせよ、というアプローチであるのに対し、ISSBの方は、中長期的なものも含めた経済的な評価にかかわるもので、企業ごとに異なる重要な要素の開示を求めるというアプローチです。哲学が全く異なると言えるでしょう。もっとも、投資家が企業を評価するときに重視するものの範囲は社会、環境に関連するものに拡大しつつあり、その意味でISSBの財務マテリアリティに基づく開示の範囲と、EUのダブルマテリアリティに基づく開示の範囲の重なり部分が次第に拡大する可能性はあります。それでも、企業が自らの価値(創造)にとって重要なことを、自らの判断として示せることは極めて大事で、それが開示の実質を高め、開示が有効なコミュニケーション手段になることを期待します。

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