冬季五輪が映し出す、現代のリアル
社長コラム
2026年02月25日
住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
横濱 雅彦

2週間にわたる熱戦が繰り広げられたミラノ・コルティナ冬季オリンピックが閉幕しました。日本選手の応援はもちろんのこと、画面越しに躍動する各国のアスリートの姿、そしてそれを支えるチームや関係者の物語に、今回も多くの感動をもらいました。テレビ中継を眺めながら気づいたこと、少し調べてみたことを、いくつか並べてみたいと思います。
一つ目は、開催地ミラノ・コルティナの舞台設定です。近年、オリンピックは開催費用の膨張や、大会後の施設維持費が問題視されてきました。特に冬季大会では、気候変動による降雪不足も深刻です。今回各競技会場では素晴らしいコンディションが整えられていました。吹雪で競技が中断する場面もありましたが、翌日には見事に雪面が整備されていることに感心しました。これを支えているのは、ホスト国イタリアの企業が保有する、温度や湿度をきめ細かく管理する造雪テクノロジーのようです。結晶構造から設計された、粒径が均質で高密度、耐久性に優れた人工雪が安定したコース条件を保つそうです。GPSと気象センサーを組み合わせた統合制御により、必要な地点に必要な量だけ供給され、さらに競技ごとに結晶構造の違う雪が作られていることを知り、技術の進歩に改めて驚くとともに、これによって各選手に少しでも公平な条件が与えられているのではないかと感じました。また、今大会では巨大な新設施設を乱立させるのではなく、既存のスキー場やリンクを最大限活用する分散型モデルが採用されています。アルプスの村々の自然環境と既存インフラを活かす「ブリコラージュ」のアプローチを体現しているのです。大会後も観光や地域経済に資するレガシーを残す設計思想は、五輪のような巨大イベントを「一過性の消費」から「持続可能な投資」へ転換する試みであり、新しいモデルの範を示しているように思います。
二つ目は、雪山やリンクを滑走する選手たちを捉える臨場感あふれるハイテク映像。時速100キロメートルを超えるダウンヒルに肉薄するカメラ、複雑なエアを空中で追従するFPVドローン、ジャンプの軌道を瞬時に可視化するデータ解析。まるで自分がその場に入り込んだかのような没入感があります。こうした映像技術やクラウド基盤には、IOC最上位スポンサーの一社であるアリババをはじめとする中国のハイテク企業が関わっていると報じられています。経済安全保障やデカップリングが語られる時代にあっても、スポーツの熱狂はグローバルな技術分業に支えられているという現実。それもまた現代の縮図のように感じられます。
三つ目は、国家間の地政学的な緊張とは別の次元で躍動するアスリートたちの姿です。特に象徴的だったのはスノーボード男子スロープスタイルです。中国のスー・イーミン選手が金、日本の長谷川帝勝選手が銀、そして米国のジェイク・カーター選手が銅メダルを獲得し、表彰台に立ち並びました。日常の世界では、米中の対立や日中関係の緊張に関するニュースが毎日飛び交っていますが、その当事国の若いアスリート同士が肩をたたき合い、笑顔で健闘を称え合う姿がありました。彼らにとってそこは「国家の威信を懸けた戦場」ではなく、リスペクトで結ばれたボーダーレスな世界であり、こうした世界が確かに実在していることを見せられた気がします。
その一方、自国の国旗を掲げることを許されず「個人の中立選手」として出場するロシアの選手もいます。オリンピックの舞台は、理想だけで成り立っているわけではなく、国家や政治の影響を完全に切り離すことはできないという現実もあります。気候変動に適応する造雪技術、持続可能性を意識した開催モデル、分断と依存が同時に進むテクノロジー環境、そして国家を越えてつながる選手たち。テレビで観戦しながら、世界の構造に改めて気づかされました。
3月にはパラリンピックも控えています。引き続き、各競技の熱戦を応援したいと思います。
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