インドネシア:ジョコ政権の最初の100日

2015年02月05日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

概要

●ジョコ・ウィドド政権が2014年10月20日に発足してから100日が経過した。

●ジョコ新大統領は、インドネシアで初めての「庶民派」大統領(非軍人・非統治エリート出身)であり、そのクリーンさと実務手腕に対して、国民から大きな期待が寄せられている。

●ジョコ政権にとって重要な課題は、経済成長の鈍化、インフラ不足、経済格差、汚職への対応であるが、同政権は、経済改革において、燃料補助金の廃止を進めるなど、強いリーダーシップを発揮している。

●一方で、汚職容疑が指摘された人物の警察長官指名を撤回せず、その任命を延期した決定は、汚職の撲滅に対する政権の姿勢に不安を抱かせるものだった。この決定は、同大統領の党内における政治力の弱さを露呈させた。議会においても野党が優勢であるところ、同大統領は、党内外において安定した政治基盤を欠く状況にある。したがって、今後、改革を進める上で困難が予想される。

 

 

1. 経済改革-燃料補助金の廃止

 燃料補助金は、燃料価格を低く抑えることで国民の歓心を得るため、スハルト時代から長きにわたり利用されてきた政策であり、その廃止は、歴代政権にとって困難な課題であった。スハルト政権とメガワティ政権は、一度は補助金の廃止を決定しながら、国民の猛反発を受けて撤回している(スハルト政権では、燃料引き上げを契機に激しい暴動が発生し、政権崩壊の引き金になった)。前政権であるユドヨノ政権は、反対デモを押し切って一部廃止を実現した。しかし、全面廃止はいまだ課題として残っていた。

 このような困難な課題について、ジョコ大統領は、就任直後の2014年11月に燃料価格を引き上げる決定を行った。そして、本年1月には、補助金を撤廃し、同時に、原油安という有利な状況を生かして燃料価格を引き下げる決定を行った。これにより、国民からの大きな反発を回避しつつ補助金の廃止を進めることに成功した。1月に国会に提出した本年度補正予算案では、燃料補助金が7割削減され、その分がインフラ投資に充てられている。

 また、投資認可の権限を投資調整庁に集約し、ワンストップ・サービスを実施することで、投資環境の改善を図るといった改革を実現した。

 

 

2. 汚職の撲滅-警察長官の汚職疑惑

 一方で、汚職の撲滅に対する政権の姿勢に不安を抱かせる事件が発生している。

 本年1月13日、汚職撲滅委員会(KPK)は、ジョコ大統領が警察長官に指名したBudi Gunawan氏を汚職犯罪の容疑者とした。これに対し、ジョコ大統領は、指名を撤回せず、任命を延期するという対応をとった。その背景には、Budi氏がジョコ大統領の所属政党である闘争民主党の党首であるメガワティ氏に近い関係にあったことが指摘されている。

 さらに、1月23日、今度は、警察がKPK副委員長であるBambang Widjojanto氏を偽証の容疑で逮捕した。Budi氏の汚職容疑公表からわずか10日後に行われたKPK副委員長の逮捕は、他の委員に対する捜査が進められていることもあり、KPKの活動を阻害する意図によるものと推測されている。

 なお、KPKは、汚職の撲滅を任務とする独立機関として、2003年に設置された組織である。KPKは、汚職の摘発において目覚ましい活躍を見せ、国民の支持を得るが、その捜査は司法機関にも及んだところ、2009年には、KPK委員長が殺人の容疑で警察に逮捕され、有罪判決を受けるなど、警察と検察の反撃を招くことになった。今回のKPKと警察との間の摘発の応酬も、このような長年にわたる確執を背景としている。

 

 

3. その他(社会保障、外交)

 経済格差是正については、健康カード、教育支援カード、福祉カードの支給により、低所得者に対する社会保障の充実を図った。

 ジョコ大統領が重要な政権公約として掲げた「海洋政策」については、領海で密漁を行う外国船を多数拿捕し、ベトナムなどの密漁船を爆破して沈めるという強硬措置に踏み切った。

 また、外国人5人を含む麻薬犯6人の死刑を執行した。これに対しては死刑囚の出身国であるオランダとブラジルが抗議し、両国の駐インドネシア大使が召還された。

 

 

4. 評価

 経済改革におけるリーダーシップの発揮は、多くのメディアや有識者から好意的な評価がされている。特に燃料補助金の廃止は、従来多くの経済専門家から、経済効率の改善のため必要性が強調されてきたものであり、その決断は高く評価されている。

 原油安という有利な状況を生かしつつ、補助金の廃止によって浮いた予算をインフラ整備に回し、投資環境の改善などにより外資導入を図る政策は、今後着実に実施されれば、経済改革を進展させることが期待できる。

 一方で、警察長官の汚職疑惑をめぐる対応は、汚職の撲滅に対する政権の姿勢に不安を抱かせるものだった。警察長官の任命を延期する決定は、メガワティ党首に対する政治的配慮によるものと推測されるが、ジョコ大統領の党内における政治力の弱さを露呈させたともいえる。議会においても野党が優勢であり、同大統領は、党内外において安定した政治基盤を欠く状況にある。このため、今後、閣僚の任命やインフラ整備のプログラム実施などにおいて譲歩を迫られる事態も予想される。なお、本年1月30日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、ジョコ大統領は、大統領選の対立候補であったプラボウォ・グリンドラ党党首との間で協力関係を築くことを模索しており、1月29日、同党首は政権への支持を表明した[*1]

 ジョコ大統領の支持率は、Indonesian Survey Circle (LSI)の世論調査によれば、2014年8月時点で72%に上ったが、本年1月には42%に低下した。麻薬犯処罰や密漁船対策における毅然とした措置は国民から評価されているが(前掲ウォール・ストリート・ジャーナル紙)、燃料値上げとBudi氏の警察長官指名が支持率低下の主な要因となっている(前掲LSIの世論調査)。

 ジョコ政権の最初の100日は、経済改革において一定の成果を挙げ、社会保障、外交においても独自のリーダーシップを発揮したものといえる。しかし、党内外における政治基盤の弱さは不安材料であり、今後、改革を進める上で困難が予想される。

以上

 

 

 

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[*1] 2015年1月30日付The Wall Street Journal記事「Indonesia President Builds Ties With Subianto」参照。

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