インドネシア:野党指導者の交代と政局の動向

2015年03月17日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

概要

●2015年3月3日、最大野党であるゴルカル党の党裁判所は、アグン・ラクソノ氏を党首と認める判決を下し、同月10日、インドネシア政府もアグン氏を党首として認める決定を行った。これにより、同党党首は、アブリザル・バクリ氏からアグン氏に交代する可能性がある。また、同月1日、有力野党である国民信託党(PAN)は、ズルキフリ・ハサン氏を党首として選出した。これにより、同党党首はハッタ・ラジャサ氏からズルキフリ氏に交代することとなった。

●アグン氏とズルキフリ氏は、いずれもジョコ政権に対し融和的または中立の立場を取る可能性が高い。アグン氏は、党裁判後、メガワティ闘争民主党党首らと会談し、ジョコ政権を支持する旨表明している。ズルキフリ氏は、中立的な立場を取って野党連合から距離を置く可能性が高いとみられている。したがって、これら野党党首の交代は同大統領の国会運営にとって有利に働く可能性がある。

●党内外において政治基盤に不安を抱え、国民の支持も失いつつあるジョコ大統領にとって、有力な野党の指導者と良好な関係を築くことは、政権を安定させ改革を進める上で重要な意義があり、今後の政局の動向が注目される。

 

 

1. 野党指導者の交代

(1) ゴルカル党

 ゴルカル党は、2014年4月の総選挙で91議席(全560議席中16.3%)を獲得し、闘争民主党(PDI-P)(同総選挙で109議席「全議席中19.5%」を獲得)に次ぐ第2党となった。しかし、同党は、同年7月の大統領選において、グリンドラ党のプラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto)党首と国民信託党(PAN)のハッタ・ラジャサ(Hatta Rajasa)党首(当時)を正副大統領候補として推し、ジョコ・ウィドド(Joko Widodo)ジャカルタ州知事(当時)とゴルカル党のユスフ・カラ(Jusuf Kalla)元党首の正副大統領候補に敗北したため、(最大)野党となった。その後、同党は、アブリザル・バクリ(Aburizal Bakrie)党首(当時)派とアグン・ラクソノ(Agung Laksono)派に分裂し、それぞれの派閥が党大会を開催し、2名の党首が選出されるという事態が生じた。

 2015年3月3日、ゴルカル党裁判所(mahkamah)は、バクリ氏を党首に選出した党大会は非民主的な手続によるものであり、アグン氏を党首に選出した党大会が正当であるとして、同氏を党首と認める判決を下した[*1] 。また、同月10日、ヤソナ・ハモナンガン・ラオリ法務人権相は、政府は、アグン氏をゴルカル党の党首として正式に認定することを決定した旨述べた[*2] 。これにより、同党党首は、バクリ氏からアグン氏に交代する可能性がある[*3]

 

(2) 国民信託党(PAN)

 国民信託党(PAN)は、イスラム団体ムハマディヤ[*4]の元会長で民主化運動の指導者の一人アミン・ライス(Amien Rais)氏が創設したイスラム系政党である。

 PANは、2014年4月の総選挙で49議席(全560議席中7.6%)を獲得した。同年7月の大統領選において、同党党首のハッタ・ラジャサ氏は、プラボウォ氏の副大統領候補となったが、ジョコとカラの正副大統領コンビに敗北し、大統領選後、同党は野党連合(紅白連合)に加わった。

 2015年3月1日、PAN党大会は、ズルキフリ・ハサン(Zulkifli Hasan)氏(アミン・ライス氏の女婿、現国民協議会「MPR」議長)を党首として選出した[*5]。これにより、同党首は、ハッタ氏からズルキフリ氏に交代することとなった。

 

(3) 政党の状況

2015年3月17日現在のインドネシア国会ウェブサイトによれば、政党の状況は下表のとおりである。

 

政党名

党首

議席数

保有率

各陣営合計

与党

闘争民主党(PDI-P)

メガワティ・スカルノプトゥリ

108

20%

247(44%)

民族覚醒党(PKB)※

ムハイミン・イスカンダル

47

8%

国民民主党(NasDem)

スルヤ・パロ

36

6%

民衆の真心党(Hanura)

ウィラント

17

3%

開発統一党(PPP)※

ムハンマド・ロマフルムジ

39

7%

野党

(紅白連合)

ゴルカル党

アブリザル・バクリ

→アグン・ラクソノ

91

16%

252(45%)

グリンドラ党

プラボウォ・スビヤント

73

13%

国民信託党(PAN)※

ハッタ・ラジャサ

→ズルキフリ・ハサン

48

9%

福祉正義党(PKS)※

アニス・マッタ

40

7%

中立

民主主義者党(PD)

スシロ・バンバン・ユドヨノ

61

11%

61(11%)

合計

   

560

100

560(100%)

 ※イスラム系政党

 (出所:インドネシア国会ウェブサイトより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 政局の動向

 ゴルカル党のバクリ氏とPAN党のハッタ氏は、2014年の大統領選においてプラボウォ候補を支持したように、プラボウォ氏の強力な協力者であった。

 これに対し、新たに両党の党首となるアグン氏とズルキフリ氏は、いずれもジョコ政権に対し融和的または中立の立場を取る可能性が高い。アグン氏は、現副大統領であるユスフ・カラが党首であった頃にカラ派に属しており、現在もカラ副大統領との関係が深いと考えられ、党裁判後、メガワティ闘争民主党党首やズリキフリ氏と相次いで会談し[*6]、2015年3月11日には、ジョコ政権を支持する旨表明している[*7]。また、ズルキフリ氏は、自身の立場を表明していないものの、中立的な立場を取って野党連合から距離を置く可能性が高いとみられているからである[*8]

 したがって、ゴルカル党とPANの指導者の交代は、ジョコ大統領の国会運営にとって有利に働く可能性がある。現在、与党連合の議席数は全議席数中44%を占めるに過ぎず、野党連合が優勢の状態にある。また、ジョコ大統領が所属する闘争民主党においては、メガワティ党首の影響力が強く、2015年1月の警察長官人事をめぐる問題については、ジョコ大統領の党内における政治基盤の弱さを露呈させた[*9]。闘争民主党の一部議員には、野党と結託し、ジョコ大統領を弾劾する動きがあるとの噂もある[*10]。さらに、ジョコ大統領の支持率は、Indonesian Survey Circle (LSI)の世論調査によれば、2015年1月には42%に低下している。

 党内外において政治基盤に不安を抱え、頼みの綱である国民の支持を失うリスクに直面しているジョコ大統領にとって、有力な野党の指導者と良好な関係を築くことは、政権を安定させ改革を進める上で重要な意義があり、今後の政局の動向が注目される[*11]

以上

 

 

 

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[*1] 2015年3月4日付The Jakarta Post記事「Golkar dispute forum favors Agung」参照。なお、4名の裁判官のうち2名は判断を示さなかった。

[*2] 2015年3月10日付Antara News記事「Government gives recognition to Golkar under Agung Laksono」参照。

[*3] アブリザル・バクリ派は判決に従わない姿勢を見せている。2015年3月6日付The Jakarta Post記事「Golkar infighting continues despite ruling」参照。

[*4] 最大のイスラム団体ナフダトゥル・ウラマー(NU)に次ぐ有力なイスラム団体。

[*5] 2015年3月2日付Antara News記事「Zulkifli Hasan the new PAN chairman」参照。

[*6] 2015年3月16日付CNN Indonesia記事「Agung Laksono Temui Megawati Hari Ini, Kenalkan Pengurus Sah」、同日付CNN Indonesia記事「Temui Megawati, Agung Laksono Bawa Veteran Golkar」参照。

[*7] 2015年3月11日付Republika Online記事「Agung says Golkar to support govt via Parliament」参照。

[*8] 2015年3月9日付 The Economist Intelligence Unit記事「Indonesia Politics: Quick View – Changes in the opposition’s dynamics」参照。

[*9] 住友商事グローバルリサーチ「インドネシア・ジョコ政権の最初の100日」(2015年2月5日付調査レポート)参照。なお、当初次期警察長官に指名されたブディ・グナワン(Budi Gunawan)氏の指名は2月に撤回された。

[*10] 2015年3月11日付The Wall Street Journal記事「The threat from within Indonesia’s new presidency」参照。

[*11] ジョコ大統領が闘争民主党を離れ、野党と連合する可能性があるとの報道もある。2015年3月11日付日経新聞電子版記事「苦悩する庶民派大統領「汚職」長官指名で混迷-インドネシア」参照。

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