金鉱株急騰と産金企業の動向
2016年第1四半期の金価格高騰は市場を驚かせたが、産金企業の株価上昇率は金を凌駕している。年初来の上昇率は金16%高、S&P500指数0.77%高に対し、主要産金企業30社で構成するフィラデルフィア金鉱株指数(XAU)は53%高にも達する。15年までのパフォーマンス不振からの急転回は金に対するセンチメント変化を象徴するが、現在の産金業界を巡る状況も株価反転に一役買っていると思われる。
◇ 債務・コスト削減とM&A再開の兆し
産金大手は資源ブーム期に設備投資や企業買収に巨額の資金を投じたが、現在は雇用・設備投資削減や非中核資産売却等による債務・コスト削減を余儀なくされている。しかし業績立て直しの目処がついた企業の一部は既に資産買収に動き始めた。14年にはRio AltoがSullidenを、15年にはTahoe ResourcesがそのRio Altoを全額株式交換で買収。16年に入りTahoeは更にLake Shore Goldを獲得、3月にはEndeavour MiningがTrue Gold買収を発表した(いずれもカナダ企業)。米Coeur Mining、加Goldcorp、豪Evolution Miningなどは大手が放出した鉱山資産を買収しており、最近でも南アフリカHarmonyやSibanyeがランド安の追い風による業績改善を理由に買収を模索する意向を表明している。
業績改善には企業努力ももちろんだが通貨安やエネルギー安によるコスト削減が大きく寄与している。調査機関GFMSの推定では15年の総キャッシュコスト(採掘・精錬関連費・副産物利益)は世界平均で金1オンス当たり707ドル、総コスト(キャッシュコスト+減価償却費+債務償還コスト等)955ドルまで低下。特に豪州では15年に約100ドルのコスト圧縮に成功、業績改善を後押ししている。
◇ 新規ヘッジ増加
また、16年に入り、収益確保を目的とする価格ヘッジが活発化しつつある。長期下落相場だった1990年代から2000年代初頭には、Barrick、Newmont、AngloGoldなどの大手が数年先の生産分までヘッジ売りを行い、ピーク時にはヘッジブック残高が年間生産量を上回る3,000トン超にも達したが、相場が反転し想定以上の価格上昇を遂げる過程ではヘッジの評価損が業績を圧迫し、各社は膨大なコストをかけて買い戻す羽目に陥った。この苦い経験から、2000年代半ば以降、鉱山ヘッジは企業・株主に忌避されてきたが、結果的に高値圏でのヘッジ機会を逸することにもなった。ヘッジ残高は買い戻しと満期到来等により減勢が続いたが、15年第3四半期には豪ドル建て金価格高騰を受けて豪州勢が新規ヘッジを行い、15年末時点の産金業界のヘッジ残高は推定171トン(フォワード売り97トン、オプション75トン)。16年2~3月にかけては、露Polyus Gold(向こう4年の生産量のうち18.7トンをヘッジ)、豪Evolution Mining(20年央にかけ4.5トン)、英Acacia Mining(オプション取引を利用し、タンザニアBuzwagi鉱山の生産4.2トンの販売価格を1,150~1,290ドルの幅で固定)、南アHarmony Gold(16年の金販売額の3分の1相当4億ドルにつき1ドル=15.59~18.6ランドで為替ヘッジ)、3月には住友金属鉱山(米ポゴ鉱山の17年1~12月生産のうち3.7トンを1,100~1,410ドルの幅に固定)、加NewGold(Rainy Riverプロジェクトの年末までの生産量の8トンを1,200~1,400ドルの幅に固定)、豪Newcrest(2018年6月までのTelfer鉱山の生産の一部)など多くの企業がヘッジ実施を発表している。今回の一連の取引は比較的短期かつ低コストのものが多く、株主は業績安定に寄与するヘッジ実施を嫌気していない。他方、この売りは足元の金相場の上値を抑えた一因となり、今後も採算との見合いでヘッジ実施の可能性があるため、金相場の一つの手掛かりとしても注目に値する。


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