フィリピン新政権誕生、ニッケル市場の転換点となるか

2016年07月13日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 フィリピン政界にも「変革」の波

  5月9日に投開票されたフィリピンの大統領選で、南部ミンダナオ島ダバオ市のロドリゴ・ドゥテルテ市長が選ばれ、6月30日に就任式が行われた。エリート一族が政権を担う寡頭制が定着していたフィリピン政治において、数々の過激発言が物議を醸す「フィリピンのトランプ」、或いは20年超にわたるダバオ市長時代に超法規的な治安対策で実績を挙げた「ダーティハリー」等と例えられる新大統領の誕生は大きな潮流の変化だった。アキノ前政権下ではASEANでも屈指の経済成長率を達成したフィリピンだが、依然として貧困・経済格差は根強く横たわっている。こうした中、既存の政治に不満を持ち変革を求める有権者が、治安回復と汚職撲滅などを掲げ独裁的な政治姿勢をとる「Strong man」を支持したものとみられている。

 

 

◇ 新政権は「責任ある鉱業」を支援

  フィリピンは世界有数の資源に恵まれながら、同国鉱業は1980年代をピークに衰退。2000年代の資源ブーム期には再活性化策が採られ、ニッケル・銅を中心に生産が拡大したが、ゲリラなどによる治安悪化、環境保護NGO・カトリック教会による環境問題・社会問題を巡る抗議運動などが開発阻害要因となり、現在でも鉱業がフィリピンのGDPに占める割合は1%程度に留まる。2012年にはミンダナオ島南コタバト州政府が露天掘り採掘を禁止する州法を施行したことなどで59億ドルを投じた同国最大級のタンパカン銅金鉱山は暗礁に乗り上げ、2015年にGlencoreは地場企業に権益譲渡し撤退を決めた。他方、2009年にインドネシアで鉱石禁輸措置を含む新鉱業法が公布されたのを発端に、フィリピン産ニッケル鉱石の需要が急増し採鉱は急拡大、2015年のニッケル鉱石生産では475,000トンと世界シェア22%を占める。

 

 

2015年ニッケル鉱山生産(千トン)(出所:各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

フィリピンの鉱山生産(出所:各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 こうした中での新政権発足だけに、鉱業政策の行方が注目されている。選挙期間中は治安対策が強調され、経済政策は不明な点が多かったが、ドゥテルテ陣営は選挙直後に閣僚の人選を開始、5月12日には8項目の経済政策指針を発表した。この中で鉱業には直接言及していないが、ドゥテルテ氏の経済顧問で国家経済開発庁(NEDA)長官に指名されたアーネスト・ペルニア氏は5月18日、企業幹部との会合で「当初掲げた8項目に加えて、鉱業・外資規制緩和・人口問題が優先課題である」と発言。鉱業については「責任ある鉱業(Responsible mining)」を支援すると述べ、鉱業収入を増やし、環境被害を最小限にすることで、鉱業が国に恩恵をもたらすことを実証する考えを示した。前政権が2012年に着手した鉱業税制改定(鉱産税に加え5%の新ロイヤリティ税導入⇒制定まで鉱業権を一時凍結)は結論に至らなかったが、新政権下で再検討する意向も示唆している。

 

 

◇ 鉱業セクターに広がる警戒感

  6月初旬、フィリピン鉱山地球科学局(MGB)は、操業中の採掘業者44社のうちおよそ半数の24社が環境規制に違反する行為を繰り返し行い、中には営業停止処分を受けた業者もある実態をまとめ、違反業者をリストアップして新政権に提出する旨を明らかにした。また、ドゥテルテ氏は地元ダバオでの選挙祝勝会で、鉱業による環境劣化に歯止めをかけるため規制強化を推進する意向であるとし、特に北スリガオ州(Surigao del Norte)の採掘事業は停止すべきと発言。鉱山資産の所有権は地元投資家が保有すべきとの考えを示した。

 

 さらに、ドゥテルテ氏は6月20日、閣僚人事の中でも最後まで残っていた環境天然資源省(DENR)大臣のポストにメディア企業ABS-CBNのレジーナ・ロペス会長を任命した。同氏は環境保護支持者で頑強な鉱山批判者として知られることから、この人事が伝わると鉱業界・市場には戦慄が走り、フィリピン鉱山株は大きく売り込まれた。同氏はニッケル採掘で主流の露天掘りの全面禁止を訴えている。鉱山会議所は、DENR大臣には経済成長と環境・原住民コミュニティ保護の必要性とのバランスが取れる資質が必要で、DENRは同国の豊かな資源を管理する的確な政策のとれるリーダーが必要だとの声明を発表。またロペス氏が鉱山会社はISO14001(環境マネジメントシステムの国際規格)認証が必要だと述べ、ドゥテルテ氏が「既に付与されている鉱業契約についても包括的に見直す」「環境破壊に繋がるなら迷わずライセンスをキャンセルする」等と発言していることに対しては、Philex Mining、Nickel Asia等の大手鉱山会社が既に基準を満たしているとしている。

 

 業界の動揺を受けてペルニア氏やドゥテルテ新大統領のスポークスマンEmesto Abella氏は、新政権は反鉱業ではなく、経済成長を促進するため鉱業を含むすべてのセクターの成長が必要で、「責任ある」鉱業という部分が重要であり、政策決定は(ロペス新大臣)個人の考えでなく政府として行う等と発言している。

 

 

◇ ニッケル市場への影響 

 フィリピンにはルソン島サンバレス州、レイテ島、ミンダナオ島及びパラワン島を中心に多くのニッケル鉱山が存在する。前述のようにインドネシアが新鉱業法で2014年1月から未加工鉱石の輸出を禁止し国内付加価値化を義務付けたことにより、現在ではフィリピンはニッケル鉱石生産で世界最大、かつ中国向け最大輸出国となっている。

 

 2014年8月にはフィリピン上下院でインドネシアと同様の未加工鉱石禁輸・国内付加価値化を義務付ける法案が提出され、ニッケル価格が急騰する場面もみられたが、その後は市況が悪化したこと、選挙シーズンを迎えたこと等から、審議の進捗に関するニュースは途絶えている。ただ、フィリピン国内には付加価値化に必要なインフラが不足しており、インドネシアで精錬所が稼働した今になってインドネシア鉱より品位の低いフィリピン産鉱石を禁輸することの意義も乏しいとして、市場はフィリピンの鉱石禁輸の可能性に対する警戒を幾分緩めている。

 

 今回も、新政権下での鉱業政策の不透明感からニッケル価格は上昇したが、フィリピンのニッケル業界は価格低迷を理由に2016年で最大20万トンの減産方針を打ち出しており、実際生産の伸びは既に鈍化していたこと、LME/SHFEだけでも約50万トンもの在庫を抱え供給バッファーはあること、BREXITなど欧州問題で市場のリスク選好が低下していることから、価格上昇のペースは鈍い。だが、2016年以降、需要の極端な落ち込みが無い限り需給バランスは不足に傾くと考えられており、ニッケル価格は当座の底を打ったとの見方が広がる中で、主産国の鉱業政策変更の可能性は価格の上振れ要因になる。7月8日には、BenguetCorp Nickel MinesおよびZambales Diversified Metalsがマニラ近郊サンバレス州で運営する2つのニッケル鉱山に対して環境破壊を理由に操業停止命令を下しているが、BenguetcorpはISO認証を保有しているという。国内全土で行っている違法操業取り締まりの結果も向こう1~2か月中に明らかにされる予定だ。

 

 今後、環境規制や税制、鉱業ライセンスなどについて変更が加えられる可能性は否定できないが、その行方は、ミンダナオ島ダバオ市から国政へと舞台を移したドゥテルテ氏が汚職・治安対策、経済成長・雇用創出、環境問題等の大きな課題に対して政策実行力を発揮できるかが大きな鍵を握ることになる。

 

 

LMEニッケル3カ月先物価格推移(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

以上

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