トランプ政権による中国の為替・貿易への影響

2016年11月30日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

 

 米国でトランプ政権が2017年1月に誕生する。次期大統領のトランプ氏は選挙期間中アジア太平洋地域への政策として、中国がメンバーになっていない環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱及び韓国・日本に駐留する米軍経費の公正な負担、場合によっては駐留米軍の削減や撤収の可能性を示唆している。中国に対する公約の中には、為替操作疑惑で罰則を科したり、高い関税を課したりなど中国経済にとって打撃になりかねない政策も含まれる。本稿では主にトランプ政権による中国の為替・貿易への影響に関し分析する。

 

 

◆為替操作国認定

 トランプ氏は政権発足後100日以内の行動計画を記した「米国有権者との契約(Contract with the American Voter)」の中で、7つの米国労働者を保護する行動の3番目に、財務長官に中国を為替操作国認定するよう指示するとしている。米国財務省は1988年以降年2回、外国為替政策報告書を米国議会に提出しているが、2016年4月から為替監視リストを初めて設け、中国、日本、ドイツ、韓国、台湾の5か国・地域を監視対象として指定した(図表1)。2016年10月の同報告書ではさらにスイスが加えられたが、米国財務省は中国を為替操作国と考えるトランプ氏とは異なり中国を監視対象国に留め、為替操作国認定をしなかった。米国財務省の為替操作国認定には3つの項目があり、それらすべての項目を満たさないと為替操作国認定がされない。その3つの項目とは1年にわたり、①対米貿易黒字が200億ドル以上②経常黒字がGDPの3%以上③為替介入の規模がGDPの2%以上となっており、そのうち2つが該当する場合、監視対象国となる。2016年4月の同報告書では、中国は貿易黒字と経常黒字の2項目に該当し監視対象国に指定されたが、2016年10月の同報告書では貿易黒字の1項目のみに該当するものの監視対象国のままになっている。これは改善が短期的ではなく持続するかを確認するため、一度監視リストに入ると次の審査の際、該当項目がゼロまたは1項目であっても2期連続して監視リストに留めるというルールに基づいたものである。つまり、次回の同報告書において2項目該当しなければ、中国は監視対象国から外れることになる。

 

 米国財務省の為替操作国認定の基準と中国の監視対象国としての状況を鑑みる限り、トランプ氏の行動計画にある中国の為替操作国認定は現状では難しいとみられる。また、中国を為替操作国認定するというのは、中国に対し権威を示すためのトランプ氏の言及にすぎないとの見方もある。

 

 しかし、最近はトランプ氏の経済政策への期待から米ドル高となり人民元が下落傾向にあるため、人民元安が引き続き継続すれば米中間での為替問題で摩擦が生じかねない。

 

図表1 為替操作国認定3項目 (出所)米財務省を基に住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

◆貿易への影響

 トランプ氏は選挙戦で中国製品全てに対し45%の関税を課すと公約してきたが、こちらに関しても実現の可能性が低いとの分析が多い。しかし、もし米国によって45%の関税が課されるならば、中国の輸出額が10%減少するとの試算や、1~3%ほど名目GDP総額を押し下げるとの分析が見受けられる。

 

 トランプ氏のこのような公約の背景には、米国の対中貿易赤字・米国内の製造業における雇用問題がある。図表2をみると、2000年以降中国は対米輸出が著しく拡大した結果、2015年には約2,600億ドルの対米貿易黒字となっており他国と比べて最大になっている。[*1]トランプ氏は高関税を中国に課すことにより米国内の製造業の雇用を取り戻すと公約している。しかし、中国では電子機器類のサプライチェーンがすでに構築され、労働力も豊富で米国より安い賃金であるため高関税を課しても米国の製造業の雇用回復は見込めない。また、中国ですら人件費が高くなっているため、ベトナムなどのさらに人件費が低いアジアの国々へ生産ラインが移行している状況にある。

 

 米国は世界的な価格競争で米国鉄鋼メーカーが経営不振に陥っていたため、中国に対し2016年6月に鉄鋼関連品目に反ダンピング関税・補助金相殺関税を課した。冷延鋼板には両方の関税をあわせて500%以上課している。トランプ氏の公約通り、全ての中国製品に対し高関税を課すというのは、実現は難しいと思われるが、引き続き米国は中国の鉄鋼関連品目などに高い関税を課すとみられる。

 

 現在、米国は中国に対し反ダンピング措置を取りやすくなっている。というのも、中国は現在、WTOで国が為替などを統制する「非市場経済国」として扱われているため、反ダンピング関税が課されやすくなっているからである。2016年12月に「非市場経済国」として扱われている暫定期間が終了するが、米国はEUと同様、中国を市場経済国としての認定を今のところ見送る考えを示唆している。

 

図表2 中国の対米輸出入推移 (出所)UNCOMTRADEを基に住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

◆中国製品への高関税により米国も痛手に

 中国製品への高関税は米国側にとっても痛手になるとの見解を示すエコノミストやシンクタンクが多数見受けられる。第一に、関税は死荷量(デット・ウェイト・ロス)として輸入品に関税分だけ価格が上乗せされ消費者の負担となるケースが多いとされるが、米国政策国家財団「National Foundation for American Policy(NFAP)」[*2]は、米国内において中国、日本、メキシコからの輸入製品への高関税は所得が低い人々ほど影響を受けやすいと分析している。中国・日本からの輸入製品に45%、メキシコからの輸入製品に35%の関税を課けると、平均可処分所得が年間5,348ドルの低所得層の負担が最も大きく、負担額は年間934ドルとNFAPは算出している。

 

 第二に、米国が中国製品に高関税を課すと中国は米国に対し報復措置を行う可能性が高い。そうなると、ボーイング、スターバックス、アップルといった中国とのビジネス関係が強い米国の大企業がまず被害を受けるとみられる。もし報復措置が取られ中国への米国からの輸出が制限されると、例えばボーイングは中国でのシェアをライバルのエアバスに奪われてしまうことが懸念される。ボーイングは2000年以降中国への輸出販売を飛躍的に伸ばしており、2000年の中国からの販売収益シェアは全体の2.1%であったのが2016年には11.7%となっている。

 

 また、ボーイングは中国国内のサプライヤーと年間約10億ドルの長期契約もあるため、中国から米国へ部品が輸出される際、高関税が課されると生産コストも上昇し競争力が低下してしまう。それに加え、中国からの報復措置としてボーイング製品の米国からの中国への輸出が少なくなったりキャンセルされたりする可能性もある。2018~19年の稼働を目指しボーイングにとって海外で初めての最終仕上げ工場を中国国内に設けることを公表しているが、こちらの工場設置の実現も危ぶまれることになる。

 

 現在、中国政府はWTO加盟国としての権利があるとし、米国の措置次第ではWTOへの提訴も辞さない構えを見せている。

 

 


 

 [*1]米国側の統計では2015年は3,672億ドルの対中貿易赤字となっており、1,000億ドルほどの統計上の差異がある。この統計の乖離に関し米中は協議を行っている。

 

 [*2]David G. Tuerck, Paul Bachman and Frank Conte. (2016). The Trump Tariffs: A Bad Deal for Americans. NFAP Policy Brief May, 2016

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