英国のEU離脱交渉について

2017年03月30日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ

国際部 シニアアナリスト アントン・ゴロシニコフ(東欧州)
国際部 シニアアナリスト 石野なつみ      (西欧州)

 

1. 背景

 2017年3月29日、英国のメイ首相が欧州理事会にEU離脱を通告。5月末に離脱交渉が開始される見込みだ。EU離脱の条項が書かれているリスボン条約第50条によると、離脱交渉は2年間と定められていることから、理論上、2019年3月末までに英国はEUを離脱することになる。

 

 英国のEU離脱の事の始まりは2013年1月。キャメロン首相(当時)がEU離脱の是非を問う国民投票の実施を表明した時まで遡る。当時、2015年5月の総選挙で保守党単独政権樹立の公算が立たず、どの政党も単独過半数を獲得できない「宙ぶらりんの議会」となるとみられていた。

 

 しかし、予想を裏切って保守党の単独政権が誕生。その背景には、英国で長年くすぶっている移民問題や、EUへの国家権限の委譲に対する懐疑的な声を背景に、保守党が、2017年末までにEU残留・離脱を問う国民投票を実施することを公約としたことも理由の一つと言われている。

 

 2015年11月、キャメロン首相が、経済ガバナンス、競争力、主権、移民等に関するEU改革要求を欧州理事会に提出。2016年2月初めにトゥスク欧州理事会常任議長が合意案を提示し、EUサミットで協議が行われた。だが、英国政府は満足せず、2016年2月22日、キャメロン首相は同年6月23日の国民投票実施を発表した。その結果は離脱が52%、残留が48%。英国国民はEU離脱を選択し、キャメロン首相(当時)が辞任。7月13日には元内務大臣のテリーザ・メイを首相とするメイ新政権が誕生し、EU離脱交渉のためにEU離脱省が新設された。

 

 英国側の離脱交渉の中心は、保守党の重鎮であり、EU懐疑派として有名なデイビット・デイビスEU離脱担当大臣。一方、EU側の交渉担当機関・欧州委員会のEU離脱交渉首席交渉官に、元フランス外相のミシェル・バルニエが就任している。さらに、欧州議会、欧州理事会のBrexit交渉担当にそれぞれヒー・フェルホフスタットとディヴィエ・セーウスも任命されている。

 

 2016年10月、メイ首相が2017年3月末までの離脱通告を表明。国民投票の争点となった移民のコントロールを優先するとしながらも、EU域内の単一市場への何らかのアクセス維持を希望すると発言。その後、2017年1月18日にはランカスター・ハウスで、移民問題を優先事項とし、国家主権を回復し、EU単一市場からの離脱しつつも関税同盟残留を宣言。同年2月2日に発表された白書も同様の内容で、英国政府はハード・ブレクジットの道を選択したことになる。

 

 一方のEUは、4つの自由移動と単一市場アクセスは"切り離せない"と、英国の国民投票前から強硬姿勢を崩さない態度で一貫している。英国が単一市場を離脱しつつも関税同盟にとどまりたい意向を示しているが、移民コントロールを優先している点でEUと英国との間に深い溝がある。さらに、EU加盟国で反EU・ポピュリスト政党の勢力が拡大しており、EU存続のためにも、英国に対し強固な態度で交渉に臨むとされている。

 

 1973年の加盟以来、40年以上に渡り時に反発しながらも、英国はドイツ・フランスと共にEUの政治・経済の中心国の役割を担ってきた。EUは、巨大な貿易市場を形成し、金融サービスも複雑に絡み合っている。英国はユーロ圏でないが、英国のEU離脱がEU経済に与える影響は大きい。さらに、近年は、欧州全体の安全保障リスクが高くなっており、国境を越えた防衛連携が不可欠になっている。離脱通告の手紙には安全保障体制強化に向けた協力の重要性も強調されている。

 

 1985年にグリーンランドが欧州共同体(EUの前身)から離脱した前例があるとはいえ、その当時とは状況が異なる。現在は、加盟国の結束を強化したい理念優先のEUと、国家の主権を取り戻しつつEU市場との経済的つながりを望む実利優先の英国と真っ向から意見が対立している状態。難題も多く、英国のEU離脱交渉の見通しは不透明なままである。

 

 

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