中国一帯一路、沿線国との投資とリスク

2017年06月19日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

 中国主導の一帯一路サミットが5月14~15日に初めて北京で開催された。一帯一路構想とは、2013年に習近平主席が提唱した中国と欧州を結ぶ巨大な広域経済圏構想であり沿線国は約70か国に及ぶ。インフラ投資などを通して親中国圏を広めるのが狙いだ。一帯一路サミット、沿線国との投資とリスクに関し主に経済的な視点から以下考察する。

 

◇5月北京開催の一帯一路サミット、日本代表団参加、インド参加拒否

 5月14~15日に北京で開催された一帯一路サミットは、習近平主席により「世紀のプロジェクト」と表現され29か国の国家元首、110か国以上の約1,500人が参加する大規模な会議となった。主にアジア、経済関係が強い国、インフラ関連の資金協力が必要な国々のトップが出席し、日本、米国、タイなどは代表団を派遣した。しかし、G7で国家元首が参加したのはイタリアだけであり、欧米、日本は「様子見」し中国の動向を伺っている状況だ。この会議で、中国は一帯一路構想への拠出予定額を計5,400億元(約8兆8,800億円)とし、そのうちシルクロード基金の増額に1,000億元、一帯一路構想の参加国への新規融資に3,800億元、途上国や国際機関向けに600億元を提言した。また、中露投資基金の設立、カザフスタン国営鉄道向け融資契約、インドネシア高速鉄道向け融資契約など68の国と国際機関が中国側との取り決めに調印をした。

 

 中国は一帯一路サミットで"Strengthening International Cooperation and Co-building the Belt and Road for Win-Win Development"というスローガンを掲げWin-Winの関係を強調している。しかし、中国からサミットに招待されたインドはボイコットし代表派遣すらしなかった。インドはAIIBには加盟しているが一帯一路構想に関しては「覇権主義的」な中国の動きとし、強い警戒心を示している。中国はインド洋周辺国などで陸路や港湾の整備を支援し影響力を拡大しつつあり、中国のインド洋周辺への進出を懸念しているからだ。特にインドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方のパキスタン支配地域とパキスタン南西部グワダル港を結ぶ地域を中パ両国が一帯一路の「合流点」と位置づけ、「中パ経済回廊」として整備を進めている。この「中パ経済回廊」にインドは反発しそれに対抗して、グワダル港に近いイラン南東部のチャバハル港整備への協力を日本と共に進めようとしている。つまり、インド→イラン→アフガニスタン→中央アジア方面への「南北交通回廊」構想を進めているが実際はなかなか進展していない。制裁解除によりイランは原油・ガスの国際市場へのアクセスが可能になりインドにそれほど頼る必要がなくなったからだ。このような状況もありインドは中国のインド洋周辺地域での動きに敏感になっているのだ。しかし、中国側は冷静で政府系シンクタンク・中国社会科学院は「中パ経済回廊」に関し現地などで反対があれば協議し場合によっては計画を中断し、すべての人々の同意を得ながら進めていくことを中国政府に助言している、と言及している。また、中国は次回2019年開催予定の一帯一路サミットでのインド参加を期待・歓迎する姿勢をみせている。

 

 欧米・日本の中国主導の一帯一路への見解はそれぞれだ。英国は一帯一路構想を「真に画期的」と新国際貿易関係を強く要望している一方、ドイツはインドの立場に理解を示している。米国は一帯一路構想に関し透明性と「公正なプロセス」を要求している。日本は6月に入り、条件が整えば構想に協力する意向を示し「洋の東西、そしてその間にある多様な地域を結びつけるポテンシャルを持った構想だ」と安倍首相はポジティブな発言をしている。その安倍首相の発言を受け中国側は歓迎の意を示している。

 

 国家元首が参加した29か国の2016年世界経済に占める割合は約14%、2015年世界貿易に占める割合は約17%で、さほど大きな割合とはいえずほとんどが新興・途上国だ。だからこそ、中国によるインフラ投資マネーが必要だ。よって特に一帯一路沿線国にとって一帯一路サミットは各国が中国からの投資を呼び込む機会となり意義のある会議だっただろう。

 

 

◇中国から一帯一路沿線国への直接投資増加傾向、特に対パキスタン大幅増

 中国から全世界への海外直接投資は2016年秋からの資本流出抑制策により減少傾向にある一方、一帯一路沿線国向け投資は増加傾向にある。中国商務省によると、2017年1~4月の中国からの非金融分野の直接投資は前年比56.1%減の263億7,000万ドルで137か国・2,583社に投資された。中国からの一帯一路沿線国45か国への2017年1~4月の非金融分野の海外直接投資は39億8,000万ドルで中国の対外投資全体の15.1%を占めこの割合は2016年1~4月の8.2%、34億6,000万ドルより増加した。内訳をみると、2017年1~4月の1億ドル以上の投資はシンガポール、ラオス、カンボジアなど12か国だった。2017年1~4月で特にパキスタンが前年比1,674.14%増、スリランカが809%増、ラオスが241.3%増、カンボジアが62.74%増と大幅に増加した。中国からの一帯一路沿線国45か国への2017年1~4月の工事請負契約は1,862件、前年比5.6%増の総額189億5,000万ドルだった。中国商務省は沿線国が中国企業の工事請負業務の重要な市場となっている、と述べている。

 

 2017年1~4月非金融分野の海外直接投資の前年比で最も大幅に増加しているパキスタンに注目すると、一帯一路構想が正式に動き出したのは2015年だがその前の2013年ごろから中国からの投資額が増加している(図表参照)。例を挙げると、上述の「中パ経済回廊」は、一帯一路構想の一環として2015年4月に合意されたが、建設費とその他の関連プロジェクトを含む総額は約460億ドルであり、数年で完成させる予定になっている。この計画には、グワダル港建設とその周辺地域の社会経済開発、石炭・水力・風力・太陽・LNGなどによるエネルギー開発、道路・鉄道・航空インフラ、経済自由区・工業団地への投資と運営などが含まれる。中国交通部、中国開発銀行、中国輸出入銀行、中国工商銀行などがプロジェクトを担当している。

 

中国の対パキスタン投資(出所:パキスタン投資委員会より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

中国パキスタン経済回廊・プロジェクト数と費用(出所:パキスタン投資委員会より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 中国は一帯一路沿線国でのインフラ整備を進めつつあるが、直接現場で携わる中国や他の国の企業が常に商機を期待できるという訳ではない。というのも、沿線国のほとんどが途上国で経済的・政治的に不安定だからだ。もちろん中国は数多くのインフラ整備を実施し例えばイランでは地下鉄を建設し運営も順調のようだが、中国がインフラ整備に携わっている国々、特に南米など政局が不安定かつ対外債務を抱えた国々では中国資本によるインフラ整備が途中で中断しているケースがあるからだ。日本企業向けのアンケート調査では、日本企業は一帯一路関連事業に商機が期待できると思っていないようだ。ロイターは5月、資本金10億円以上の中堅・大企業400社を対象に貿易協定に関する調査を実施し220社から回答を得た。最も商機拡大が期待できる貿易協定は何かとの質問に、一帯一路関連への参加に関し回答はゼロ、つまり参加を希望する企業はなかった。ちなみに、日米自由貿易協定(FTA)32%、米国抜き環太平洋連携協定(TPP)25%、ロシアとの経済協力プラン14%、中国主導のインフラ投資6%の順で高かった。また、中国主導のインフラ投資への参加を希望すると答えた企業はわずか5%、希望しないと答えた企業が95%だった。

 

 

◇国連は途上国の金融・社会・環境リスクを警戒

 国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)は中国の一帯一路プロジェクトに関し、受益国側、特に途上国の金融・社会・環境へのリスクを警戒している。まず金融リスクだが、国連は中国の一帯一路沿線国への投資額が受益国の経済規模と比較し大きすぎると指摘している。例えば2013年末の中国からウズベキスタンへの投資契約は150億ドルとウズベキスタンのGDPの22%だった。2014年末から2015年初めに合意されたカザフスタンとの契約は370億ドルとGDPの28%。2015年4月合意の上記のパキスタンとの「中パ経済回廊」の契約は460億ドルとGDPの16%、2016年10月合意のバングラデシュとの契約は240億ドルとGDPの10%となっている。パキスタンは、中国との契約合意累計額620億ドル、GDPの23%にまで到達している。政府債務残高は対GDPで60%以内とEUは加盟基準で定めているが、この基準をベンチマークとすると上記で挙げている各々の額は中国向けの債務だけで割合がかなり大きいといえる。

 

 金融市場が未成熟で効果的な債務管理ができない途上国にとって中国から巨額なインフラ向けローンを容易に借りられるというのは貿易収支、マクロ環境、国際収支の悪化を招く可能性があると国連は警告している。悪化した例を挙げるとスリランカがある。スリランカ政府は、債務が649億ドルでGDPの75%を占めるため財政が逼迫している。その債務のうち84億ドルが中国からの借り入れで、そのうちのハンバントタ港の債務・約11億ドル分の80%を株式化し、中国がその株式を保有することで合意している。株式保有によりオーナーシップが中国に移行し、政府主導でインフラ整備を実施していくことが困難になってくるかもしれない。

 

 次に国連は受益国である途上国の社会・環境リスクも警戒している。社会的側面だが、インフラ整備を進めるということは、道路や鉄道などが敷かれる場所に住む現地の人々が立ち退きを余儀なくされ従事していた仕事を失う懸念がある。また、インフラ事業を請け負う企業などにより、現地に住む人々への対応が不平等だったり不当だったりするケースも考えられる。インフラ整備により今までの自然環境が壊されてしまう可能性も指摘されている。

 

 一帯一路構想は、協定のように明確な枠組みがなくフレクシブルだが、政治的、経済的、社会的、環境的リスクを意識しつつ中国側も途上国側も進めていくことが重要だ。

 

以上

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