輸出と貿易摩擦問題

2018年05月08日

住友商事グローバルリサーチ経済部
鈴木 将之

概要

 日本経済は、世界同時好況の恩恵もあって、輸出を主要な原動力として成長してきた。円高が注目されるものの、輸出にとって世界経済の成長の方が重要であることを踏まえると、足もとには2つの懸念材料がある。一つ目は2018年第1四半期の世界経済の成長が鈍化したことだ。二つ目は貿易摩擦問題で、マクロ経済の視点からは世界同時好況の土台を揺るがしかねないこと、企業の視点からは国内外のビジネスの見直しや再構築を迫られかねないことなど、悪影響は大きい。その一方で、包括的及び先進的なTPP (CPTPP)など自由貿易を推進する動きもある。選択した事業戦略によっては今後の成長経路が大きく変わってしまいかねないため、日本企業は難しい局面に置かれているといえる。

 

 

1. スロートレード脱却という追い風

 日本経済は、2017年第4四半期まで8四半期連続のプラス成長を続いてきた。1986年第2四半期から1989年第1四半期までの12四半期連続以来、28年ぶりの長期間の成長となった。

 

 図表①のように、この成長の原動力の一つは輸出だった。特に、2016年半ばから輸出による成長の押し上げが目立っている。世界同時好況の中で、リーマンショック後のスロートレードからの脱却という追い風が、日本経済にも恩恵をもたらした。

 

 リーマンショック以前には、輸出の伸びが生産やGDPの伸びを上回っていた。図表②のように、リーマンショック後になると、輸出の伸びが低下して、生産と歩調を合わせるようになった。しかし、2017年の世界同時好況では、そのスロートレードから世界経済が脱却した。景気回復やIoTなど第4次産業革命の世界的な動き、省力化投資が進む中で、設備投資が動きだし、資本財の輸出が拡大したことが、貿易を拡大させた一因とみられている。

 

 ところが、足もとでは、保護主義的な政策などが台頭しており、貿易摩擦などが懸念されるようになってしまった。これまで世界同時好況ともいえる状況を作り出してきた貿易拡大という構図が崩れて、その悪影響が日本経済にも及ぶことが懸念される。そこで、以下では、日本の輸出が伸びてきた背景を探りながら、今後の動向について考える。

 

図表① 経済成長率の要因分解 (出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

図表② 世界の生産と輸出 (出所:CPBより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 為替よりも世界需要

 図表③のように、ドル円レートは年初から円高方向に進んできた。名目のドル円レートが円高になった一方で、米国の為替報告書でも指摘されたように、実質実効為替レートではそれほど円高が進んでいない。

 

 この実質実効為替レートとは、貿易相手国との為替レートについて、相対的な物価の変化を加味しつつ、その貿易額をウェイトにして加重平均したものである。そのため、実質実効為替レートには、貿易相手国との相対価格や貿易シェア、為替レートを通じて、競争力を反映させた輸出の価格指数という一面がある。

 

 実質実効為替レートをみると、ドル円とは異なった印象がある。例えば、ドル円レートが2018年初の1ドル110.74円から3月時点で106.01円と4.3%円高ドル安になった一方で、実質実効為替レートは73.22から76.08へと3.9%の円高にとどまっている。また、2017年初と比べると、ドル円は7.6%(114.69円→106.01円)の円高ドル安に対し、実質実効為替レートはむしろ0.1%の円安(76.14→76.08)になっており、動きが異なっている。

 

 もちろん、企業が重視する名目のドル円レートが円高に振れているため、海外で稼いだ利益を国内に還流させる際の円建て評価額を通じた企業業績への下押し圧力が懸念されることは事実である。しかし、円高の輸出への実質的な影響は、それほど大きくない可能性がある。

 

 むしろ影響力が大きいとみられるのは、世界景気の方だ。図表④のように、日本の輸出先別に、輸出額をウェイトにして、経済成長率(実質GDP成長率)を平均した「輸出加重平均GDP成長率」を算出してみた。これは、日本の輸出先国・地域における個人消費や設備投資などの最終需要や、生産過程で投入される原材料などの中間需要などについて、GDPを代理変数としてとらえたものである。輸出需要との対比でみれば、輸出加重平均GDP成長率は、日本の輸出先の所得や市場規模などの成長率と想定できる。

 

 また、輸出額をウェイトとしているため、その輸出相手の需要拡大とともに、輸出拡大の影響を捉えることができる。例えば、中国の経済成長率が鈍化してきた一方で、WTO加盟以降、貿易額は拡大しており、結果として日本経済が中国の影響をより強く受けるようになったという関係を把握できる。

 

図表③ 為替レート (出所:日本銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 これをみると、1990年代の日本の輸出は、米国への依存度が高かった。しかし、2010年代になると、世界2位の経済大国となった中国の影響の方が大きくなった。また、日本企業がアジアを中心にサプライチェーンを張り巡らせるようになると、東アジアの経済成長の影響も依然として大きいままになっている。つまり、先進国経済の成長はもちろんのこと、アジア経済の成長が日本の輸出を加速させる要因になっていることがわかる。実際、2000年代前半には、世界GDPの成長率よりも、日本の輸出加重平均GDP成長率の方が高く、日本の輸出環境は世界経済の平均的な成長ペースよりも速いスピードで拡大しており、その恩恵を受けてきたことがうかがわれる。

 

図表④ 輸出加重平均GDP成長率 (出所:財務省、CEIC、IMF、OECD、St.Loius Fed、各国・地域統計局等から住友商事グローバルリサーチ作成)

 

注 ①世界GDP成長率(四半期)の推計:世界GDP成長率(年次)を、日本の輸出額上位10か国・地域の名目GDP加重平均GDP成長率(四半期)を用いてDenton-Choletteの方法で四半期分割。Denton-Choletteの分割方法については、Rのtempdisagg packageを用いた。詳細はC. Sax and P. Steiner (2013),"Temporal Disaggregation of Time Series", The R Journal, Vol.5/2, pp.80-87を参照。

②ROWのGDP成長率(四半期):①の世界GDP成長率と、日本の輸出上位10か国・地域の名目GDP加重平均GDP成長率(四半期)から逆算。

③輸出加重平均GDP成長率:日本の輸出上位10か国・地域とROWのGDP成長率を日本の輸出先別の構成比を用いて加重平均した。

 

 

3. 懸念強まる貿易摩擦問題

 日本の輸出が為替レートという価格要因と、輸出加重平均GDP成長率で表される所得要因のいずれに影響を受けているか確かめるために、それらを説明変数とする輸出関数を推計してみた。

 

 図表⑤のように、実質実効為替レートよりも輸出加重平均GDP成長率の影響を強く受けていることがわかる。アベノミクスの初期局面で、為替レートが円高から円安に振れたことで、輸出が押し上げられたものの、その影響よりも世界経済の成長の寄与度の方が大きかった。もちろん、それ以前の円高トレンドの中で、円高耐性を強めるために、企業が生産プロセスを見直してきた結果、輸出が為替レートに反応しにくくなっている一面もあると考えられる。

 

 こうした中で、足もとでは、2つの懸念材料がある。一つ目は、2018年第1四半期の世界経済が減速したことだ。2018年第1四半期の米国経済の成長率は前期比年率2.3%と、前期(2.9%)から減速した。ドイツを中心に欧州経済も、景気後退はしていないものの、経済成長が鈍化したことは明らかだ。中国経済は、第1四半期に前年同期比6.8%成長を維持したものの、国家統計局の製造業PMIが1月から4月にかけて51.3、50.3、51.5、51.4とほぼ横ばいで推移するなど、成長トレンドはそれほど強いものではなかった。欧米では、天候不順など一時的な要因が影響したとされている一方で、以下にみるような貿易摩擦問題を懸念して、企業マインドが悪化し、設備投資を控えはじめれば、景気を冷やしてしまう恐れがある。

 

 二つ目は、貿易摩擦問題だ。3月23日に米国が鉄鋼やアルミニウムに追加輸入関税を課し、その後中国も対抗措置をとるなど、貿易摩擦への懸念が大きくなっている。貿易摩擦問題は、当事者国・地域に加えて、第三国も無関係ではいられない。

 

 まず、マクロ経済の視点からは、貿易摩擦問題によって、2017年の世界経済の成長を支えた貿易拡大という原動力が損なわれる恐れがある。そうなれば、必然的に、世界経済の成長が減速し、日本経済の成長も鈍化するだろう。

 

 また、日本企業の視点からは、例えば、日本企業は国内外にサプライチェーンを築いており、米中間の対立激化によって、全体が機能しなくなる恐れがある。そうなれば、国内のビジネスの見直しや再構築に迫られることになりかねず、貿易摩擦の激化は日本企業にとって対岸の火事では済まされない。

 

 その一方で、包括的及び先進的なTPP(CPTPP)や日EU・EPAなど、自由貿易を推進する動きがあることも事実だ。新たな自由貿易圏の創設・拡大は、企業にとって新たな成長の機会になりうる。このように、選択した事業戦略によっては今後の成長経路が大きく変わってしまいかねないため、日本企業は難しい局面に置かれているといえる。

 

図表⑤ 実質輸出の要因分解 (出所:日本銀行、図表④の出所などより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

注 被説明変数は実質輸出(日本銀行)の前年同期比、説明変数は実質実効為替レート(前年同期比に-1をかけたもの)、輸出加重平均GDP成長率は図表④で計算したもの、部分調整項は被説明変数の1期ラグ。実質実効為替レートのラグについてOLSによって推計し、AICによって3次のラグまで含めることにした。Kalman filterによって推計し、Smoothing parametersによって要因分解を行った。計算にはdlm packageを用いた。詳細は、Petris, G., (2010), “An R Package for Dynamic Liner Models,” Journal of Statistical Software, Vol.36, Issues 12を参照。

 

以上

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