九州経済~自立性・アジア目線・集中と分散~

2019年07月04日

住友商事グローバルリサーチ 経済部

概要

 九州経済について、最近実施した関係者ヒアリング等を踏まえて、経済構造を整理する。九州の経済規模(域内総生産)は日本全体の約8%を占めていることから「日本の1割経済」と言われており、タイやトルコなどに匹敵する規模である。自動車や半導体等電子部品に加えて、観光や農産品輸出の拡大、アジアとのさらなる関係の深化など、九州経済の構造は大きく変化しつつある。その中で、この地域の特徴として、自立性、アジア目線、集中と分散の3点があげられる。こうした九州経済の特徴を捉えたビジネス展開という視点がますます重要になっている。

 

 

1. 九州経済の3つの特徴

 九州地域の特徴として、以下の3つがあげられる。まず1つ目は、「高い自立性」である。他の国内地域に牽引されるというよりも、「九州」として1つにまとまっており、地域内で協力して問題解決にあたる傾向が強いようにみえる。言い換えれば、九州の成長に貢献するのであれば、東京(中央政府)など他の地域を有効に活用するという考えが相対的に強いようだ。

 

 例えば、ヒアリングによると、「以前、道州制について議論が盛り上がったときには、他の国内地域に比べて九州が一致団結する傾向があった」という。その後も観光分野に特化した九州観光推進機構など、県を越えた課題について、共に対応しようという傾向がみられる。九州観光推進機構の取り組みは先進的なものであり、せとうち観光推進機構や東北観光推進機構などの他の国内地域のモデルケースの1つになっている。

 

 2つ目は、「アジア目線」である。地理的にも東京とアジアの中間地点に位置しているという立地条件がある。九州を中心に同心円を描くと、500 キロメートル先には大阪とソウルがある。「(時間と料金の面で)公立校の修学旅行で韓国に行ける」距離だ。また、1,000キロメートル先に東京と上海があり、1,500キロメートル先に札幌、北京、台北が位置している。国内と海外の経済の中心地との距離が同程度であるため、他の国内地域に比べて、アジアに目が向きやすい環境にある。

 

 歴史をひもといても、アジアと深いつながりが継続してあったことがわかる。大宰府が万葉集に「遠の朝廷(とおのみかど)」と詠まれるなど、九州は古来よりアジアへの窓口として重要な役割を担ってきた。そうした環境はこれまで連綿と引きつがれてきたようだ。また、九州と関係が深い山口県や沖縄県との連携(九州経済圏)と役割分担も、九州の経済を考える上で重要な視点といえる。

 

 3つ目は、「集中と分散」である。九州において主要都市である福岡県・福岡市に経済機能が集中している。2015年度の九州の域内総生産(国でいうところの国内総生産GDPに相当)45.0兆円のうち、福岡県が18.9兆円と、九州の約4割を占めている(内閣府『県民経済計算』)。

 

 また、九州の人口(1,301.6万人)のうち、福岡県の人口は510.2万人で、九州の約4割が集中している。その一方で、各県庁所在地の人口規模も大きい(総務省『国勢調査』、2015年)。例えば、福岡市153.9万人に対して、佐賀市23.6万人、長崎市43.0万人、熊本市74.1万人、大分市47.8万人、宮崎市40.1万人、鹿児島市54.3万人と、各県の県庁所在地が地域の中核都市として大きな役割を果たしている。このハブとなる都市を結ぶために、九州新幹線や高速道路などの交通網が整備され、ヒト・モノの流れが強化されてきた。

 

 こうした点を踏まえて、以下では、九州経済の現状(景況動向)、九州経済の構造についてまとめる。

 

 

2. 九州経済の現状

 ここでは、九州経済の現在の景気動向についてまとめておく。

 

 まず、日本銀行『地域経済報告』(2019年4月)によると、九州・沖縄地域は、4月判断で「緩やかに拡大している」と、1月の「しっかりとした足取りで、緩やかに拡大している」から下方修正になった。それによると、人手不足もあって、労働需給は着実に引き締まったままで、雇用者所得も緩やかに増加基調にあるという雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費は緩やかに増加しているという。また、企業設備投資は増加基調である。住宅投資や公共事業は高水準で推移している。供給面では、生産が総じて弱めの動きと、需要面に対して鈍い状態になっている。

 

 財務省『管内経済情勢報告』(2019年4月)によると、九州経済は「生産の一部に弱さもみられるが、緩やかに回復している」と、前回(1月)の「緩やかに回復している」から横ばいであった。それによると、人手不足感が高まり、雇用・所得環境が改善しているため、個人消費や住宅投資が回復しつつある。設備投資については2018年度は増加見込みと引き続き底堅い動きとみられ、企業収益は減益の見込みとなっている。生産活動については、回復のテンポが緩やかになっており、供給面の弱含みがみられる。

 

 経済産業省の『地域経済産業調査』(2019年4月)によると、1-3月期調査(4月)の九州地域は「横ばいとなっている」と前回調査の「緩やかに改善している」から下方修正になった。それによると、雇用環境は改善が続いており、個人消費は横ばいとなっている一方で、企業の設備投資は増加している。また、生産活動については横ばい傾向の中で一部で弱い動きという判断がされている。

 

 内閣府『地域経済動向』(2019年5月)によると、九州地域の「景気は緩やかに回復している」と判断されている。着実に改善している雇用情勢を背景に、個人消費が緩やかに持ち直している。それに対して、鉱工業生産は高水準ながらも一部に弱さがみられる状態になっている。

 

 総じて、これまでの景気回復の中で企業の生産活動が活発化してきたことで、労働需要が増加してきた一方で、高齢化などから労働供給が絞られつつある中で、労働市場で需給が逼迫しており、人手不足が続いてきた。完全失業率は緩やかな低下トレンドをたどってきたものの、足もとにかけてやや上昇しており、雇用回復には一服感がみられる(図表1)。しかし、有効求人倍率については、全国では2018年末から横ばいが続くのに対して、九州では2018年末の1.45倍から4月の1.48倍へと緩やかに上昇する動きがみられ、雇用環境が大きく崩れているわけではなさそうだ。

 

 その人手不足と景気回復の中での企業収益の改善を背景に、緩やかに上昇してきた九州の賃金だが、2018年末にかけて鈍化傾向がみられ(図表2)、上昇している全国の賃金とは対照的な動きになっている。

 

図表1 完全失業率 (出所:総務省より住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)図表2 名目賃金 (出所:厚生労働省よりSCGR作成)

 

 こうした雇用・所得環境を反映して、個人消費は横ばい圏の動きとなっている(図表3)。小売統計をみると、引き続き百貨店・スーパーや家電大型専門店の売り上げは前年割れの傾向が続いている。それに対して、コンビニやドラッグストアの売り上げは前年を上回る水準になっている。ドラッグストアでは、全国平均に比べて食料品の取り扱いが多いとされており(九州経済産業局『九州経済の現状』2018年8月)、消費者の節約志向がやや強いのかもしれない。また、全国のトレンドと比べると、百貨店・スーパーや家電大型専門店の売り上げが弱めの動きとなっており、これらが消費の伸び悩みを反映していると考えられる。

 

 また、企業業績の改善と人手不足による省力化投資などによって、企業の設備投資も堅調に推移している(図表4)。2018年度の計画は高めの水準であったものの、先行き不透明感の高まりや資材などの価格上昇などから、計画通りに設備投資が実施されたわけではないので、一部の設備投資は後ズレしている可能性がある。その後ズレした設備投資が足もとで出ているとみられる。

 

図表3 地域別消費総合指数 (出所:内閣府よりSCGR作成)図表4 地域別民間企業設備投資総合指数 (出所:内閣府よりSCGR作成)

 

 また、注目されるのは、都市部の再開発事業である。その1つが、天神地区の再開発事業(「天神ビッグバン」)であり、天神交差点から半径500メートルを中心に、2024年までに30棟の民間ビルを建て替えることを目指している。建設投資額は2,900億円、経済波及効果は年8,500億円と、福岡市は説明している。

 

 もう1つはJR博多駅地区の再開発(「博多コネクティッド」)であり、2029年までに20棟を建て替える計画である(経済波及効果は年5,000億円と試算されている)。福岡空港が近い上、地下鉄やバスなど交通の利便性が高い一方で、航空法によって博多駅周辺で57メートル、天神地区で67メートルという高さ制限があった。天神ビッグバンでは最大115メートルまで高さ制限を引き上げ、さらにデザイン性などの優れた新型ビルには容積率を最大1,400%まで緩和している。

 

 政府の補正予算などもあって、公共事業も高水準で推移している。これについても、人手不足などが制約となり、当初計画に比べて進捗ペースがゆっくりとしたものになりつつある。

 

 また、観光客の増加は小売店などの売り上げを増やしている。これは統計上、サービスの輸出となり、九州経済の成長に貢献している。2019年6月には、G20財務相・中央銀行総裁会議が開催され、同年秋にはラグビーワールドカップなどスポーツイベントも控えている。海外の目が九州に集まりやすい環境にあるといえる。

 

 このように内需が比較的堅調な中で、米中貿易戦争や2018年半ばからの世界的な景気減速感の高まりなどを受けて、2018年後半から輸出の動きが鈍りつつある(図表5)。2016年末からの局面では、全国に比べて九州からの輸出は堅調に推移していた。その後横ばい圏の動きになっており、米中貿易戦争の悪影響や輸出先の景気減速などへの懸念が高まっている。

 

 九州の輸出品目(総額6兆8,410億円)をみると、2017年時点で、自動車1兆7,006億円(構成比24.9%)、半導体等電子部品8,360億円(12.2%)、船舶4,771億円(74.0%)、半導体等製造装置4,611億円(6.1%)と、自動車、電子部品関連が多い。実際、自動車や船舶などの輸送用機器や半導体等電子部品を含む電気機器の輸出は堅調に推移しており、九州の輸出をけん引してきた。

 

図表5 輸出額 (出所:財務省よりSCGR作成)図表5 輸出額  <電気機器> (出所:財務省よりSCGR作成)図表5 輸出額  <輸送用機器> (出所:財務省よりSCGR作成)

 

 また、これまで堅調に推移してきた生産活動は、足もとで一部に弱さがみられるようになっている(図表6)。輸送機械は引き続き底堅い動きをしている一方で、電子部品・デバイスでは世界的な半導体サイクルの影響や世界経済の景気減速感の高まりの中で、2018年半ばから減産傾向がみられた。2018年のピークから減産になっているものの、生産水準が低いとは言いにくい状態にある。これらより、必ずしも景気を冷やす段階ではないため、景気自体は緩やかな回復という基調から大きく外れるものにはなっていない。

 

図表6 鉱工業生産指数 (出所:経済産業省、九州経済産業局よりSCGR作成)図表6 鉱工業生産指数  <電子部品・デバイス>(出所:経済産業省、九州経済産業局よりSCGR作成)図表6 鉱工業生産指数  <輸送機械>(出所:経済産業省、九州経済産業局よりSCGR作成)

 

 

3. 九州経済の構造

 次に、注目すべき九州経済の構造についてまとめておく。

 

 図表7のように、九州の経済構造(2015年度)を概観すると、原材料などの中間投入39兆円を用いて84兆円の産出額を生み出す活動を行っている。その生産活動によって、45兆円の付加価値(域内総生産)が九州地域にもたらされている。

 

 この経済規模は、タイやトルコなどに匹敵する大きさである。成長ペースには相違があるとはいえ、マーケットの規模として、新興国1国レベルの存在感がある点が重要だ。また、消費者という視点では、1人あたりの購買力が高いため、消費者ニーズを的確につかめれば、さらなる消費を引き出せる可能性がある。ビジネスという視点では、同じ日本円を使用しているため為替リスクが低い上、新興国に比べれば、ビジネス慣行や法制度などの障壁も低く、急に制度が変更されるといった不透明感もそれほどない。また、アジア目線が強いことから、九州からその先のアジア市場につなげられる可能性もある。このように、市場の大きさとその先の可能性を踏まえれば、この九州市場の需要を取り込むことの重要性はきわめて高い。

 

 域内総生産を産業別にみると、第1次産業1.1兆円、第2次産業10.2兆円、第3次産業33.4兆円となっている。自動車や半導体等電子部品の生産や輸出が有名であるため、製造業のシェアが大きいように思われがちであるものの、相対的に第1次産業と第3次産業の割合が高い構造になっている。

 

 第2次産業では、建設業(2.5兆円)、食料品製造業(1.8兆円)、電子部品・デバイス(0.9兆円)、輸送用機械(0.7兆円)などの付加価値が大きい。輸送用機械や電子部品・デバイスなどは輸出産業として存在感を示す一方で、域内人口1,300万人を支える食料品製造業など内需型の製造業の規模も大きい。

 

 第3次産業では、全国よりもシェアが高い産業に、電気・ガス・水道・廃棄物処理(1.4兆円)、運輸・郵便業(2.6兆円)、宿泊・飲食サービス業(1.3兆円)、公務(2.5兆円)、教育(2.2兆円)、保健衛生・社会事業(4.7兆円)などがある。電力やガスなどの主要なエネルギー産業があったり、国内外の観光客を対象にした観光産業が盛んであったりと、九州経済・社会を反映した産業構造に変化してきた。特に観光については、後述するように、九州全体として成長産業に位置付け、さらなる拡大を目指している。

 

 こうして生産された付加価値が分配される。分配先として、県民雇用者報酬(22.5兆円)が最も大きい。例えば、九州に住む人が山口県の企業に就職していたり、山口県に住む人が九州の企業で働いていたりすることで、生じる九州内外の所得のやり取りを勘案した、県内雇用者報酬と大きな相違はない。企業所得(8.9兆円)などもあって、県民可処分所得は41.5兆円である。

 

 この所得が、民間消費(26.7兆円)、政府消費(11.2兆円)、民間投資(7.8兆円)、公的投資(2.6兆円)などの支出に回ることで、九州経済が循環している。

 

 

図表7 九州地域の生産・分配・支出(2015年度)

図表7 九州地域の生産・分配・支出(2015年度) (出所:内閣府よりSCGR作成)

(出所:内閣府よりSCGR作成)

 

 再び生産に注目して、域内総生産の成長率(2010年度と2015年度の2時点を比較)を縦軸に、その構成比を横軸にとったものが図表8である。第3次産業の構成比が大きいものの、その成長率は低い傾向がある。その中でも、高齢化を受けて、保健衛生・社会事業が成長している一方で、専門・科学技術、業務支援サービスなどの対事業所サービスも拡大している。こうしたサービス業は製造業のサプライチェーンの中に組み込まれているものが少なくないため、製造業と非製造業が連動しやすい一面をもっている。その他には、訪日外国人客の増加を受けて、宿泊・飲食サービス業の成長も目立っている。

 

 その一方で、構成比は小さいものの、成長率が高いのが製造業である。輸送用機械は輸出で存在感を示している一方で、域内総生産という点では縮小している。それとは対照的に、半導体等電子部品を含む電子部品・デバイスが成長している様子がみられる。

 

 このように、製造業が成長の牽引役、サービス業などが成長の下支え役として、九州の成長に貢献しているといえる。

 

図表8 域内総生産(名目)の成長率(2010年度→2015年度)と構成比 (出所:内閣府よりSCGR作成)

 

 

 次に、ヒトの動きについてみると、図表9のように関東(1,160万人)と中国(817万人)との行き来が多い傾向がある。それに、近畿(745万人)や中部(211万人)が続いている。関東は人口規模が多い上、企業の本社機能が集約していることもあって、観光に加えてビジネスの往来も多い。

 

 また、中国・九州間のヒトの移動は817万人と、四国・九州間(55万人)を大きく上回っている。中国の人口は約744万人(総務省『国勢調査』2015年)であり、四国(385万人)の約2倍であるものの、ヒトの往来は人口規模以上に多い。この背景には、四国に比べて、中国と九州の間が、交通の便がよいこともあって、経済圏として、また歴史においても、山口県と福岡県などの九州が一体化していることのあらわれといえる。

図表9 ヒトの移動(2017年度・万人)

図表9 ヒトの移動(2017年度・万人)  (出所:国土交通省よりSCGR作成)

(出所:国土交通省よりSCGR作成)

 

図表10 モノの移動(2017年度・万トン、全機関・総貨物)

図表10 モノの移動(2017年度・万トン、全機関・総貨物)  (出所:国土交通省よりSCGR作成)

(出所:国土交通省よりSCGR作成)

 

 モノ(貨物)の移動については、産業が集積している関東、中部、近畿、中国などの間で多い傾向がある(図表10)。九州が自動車、半導体等電子部品(集積回路)、鉄鋼などの生産拠点であるため、九州から他の国内地域にモノが移出される傾向が強い。例えば、九州から中国に対して3,554万トンが輸送されている一方で、中国から九州には2,270万トンのモノが運ばれている。差し引きで、1,300万トン近くの純移出になる計算だ。

 

 そのうち機械については、図表11のように、中部、近畿、中国に対して九州は純移出(九州から他の国内地域に輸送されるモノが多い)の一方で、関東に対しては反対に九州に入っているモノの方が多い傾向があるなど、産業によってサプライチェーンは異なっている。

 

図表11 モノの移動(2017年度・万トン、全機関・機械)

図表11 モノの移動(2017年度・万トン、全機関・機械) (出所:国土交通省よりSCGR作成)

(出所:国土交通省よりSCGR作成)

 

 地域・産業間のサプライチェーンを捉えるために、九州における最終需要(電子部品、乗用車)の直接的・間接的な生産プロセス(生産誘発効果)を計算したのが、図表12である。

 

 ここで、例えば、輸出用の電子部品を九州で生産するケースを考えてみる。直接的な生産プロセスとは、電子部品を生産するために必要な原材料(モノ、サービス)である。部材などのモノに加えて、輸送コストや電気代、保険代などのサービスまで含めた原材料を対象にしている。また、間接的な生産プロセスとは、直接的な生産プロセスに投入される原材料の生産プロセス、その原材料の生産プロセスに投入される原材料、さらにその原材料と、サプライチェーンが国外で途切れる輸入品を除いて、国内の川上までサプライチェーンをたどっていった原材料(モノ、サービス)を集計したものである。

 

 九州の電子部品の生産プロセスをたどると、九州の加工組立型製造からの原材料調達が最も大きい。また、関東や中部、近畿などからの原材料調達も多く、加工組立型から素材型の製造業まで幅広い。また、関東には本社機能やサービス業などが集積していることもあって、対事業所サービスも原材料として多く投入されている。このように、九州の電子部品の生産プロセスの川上には、関東や中部、近畿、中国などの素材型・加工組立型製造業と、関東のサービス業が存在しているといえる。

 

 同様に、九州の乗用車の生産プロセスをみると、自動車産業がエンジンなどの部品から組立工場まで集積していることもあって、九州の加工組立型製造からの原材料調達が大きい。同じく自動車産業が集積している関東や中部からの部品調達も多くみられる。また、電子部品に比べて、中部や中国の加工組立型製造からの調達も多い傾向にある。このように、乗用車は電子部品に比べて地域を越えたサプライチェーンが張り巡らされているといえる。

 

図表12 地域・産業別の生産誘発効果

図表12 地域・産業別の生産誘発効果  (出所:経済産業省よりSCGR作成)(注)2005年

 

 別の視点から生産プロセスを捉えてみる。ここでは、最終消費者までの距離を「上流度指数」によって捉えてみる(上流度指数の計算・分析については菅沼(2016)で紹介されている方法を用いている)。

 

 この上流度指数とは、ある生産物自体を1段階目、その生産プロセスにおいて、直接的に必要な原材料を2段階目、その原材料の生産プロセスで必要な間接的な原材料を3段階目と、サプライチェーンをたどりながら番号付けを行い、生産プロセスにおける投入比率と最終需要・国内生産比をウェイトにした加重平均を計算したものである。例えば、自動車という最終需要自体は1段階目、その生産で必要なタイヤは2段階目、タイヤの生産プロセスで必要な樹脂は3段階目となる。このため、この上流度指数は数値が小さいほど最終消費者に近く、サプライチェーンの川下に位置していると解釈される。ただし、ここでは、国内地域における生産プロセス(サプライチェーン)を対象にしている。

 

 図表13のように、この上流度指数を横軸、付加価値率(粗付加価値額÷国内生産額)を縦軸とすることで、一種の「スマイルカーブ」を描くことができる(これについてはIto and Vezina(2015)の分析方法を用いている)。主要な九州の産業を比べると、電子部品や自動車部品、一般機械の上流度指数は小さく、相対的に最終消費者に近いところに位置していると解釈できる。すなわち、原材料の原材料や、部品の部品というよりも、最終製品の原材料や部品という性格が強いようだ。それに対して、鉄鋼は各地域の真ん中あたりに位置している。そのため、九州の鉄鋼は他の国内地域の生産プロセスにおいて原材料として活用されている傾向が強いと考えられる。

 

 また、付加価値率をみると、電子部品では九州は高いものの、鉄鋼や自動車部品、一般機械では相対的に低いところに位置している。いわゆるスマイルカーブにおいて、付加価値の高い地位を確保できていないことになる。国内で比較的廉価な労働力を活用しようと生産拠点が他の国内地域から九州に移ってきたことの裏返しともいえる。こうした状況が、1人当たり雇用者報酬が相対的に低かったり、賃金が伸び悩んだりしていることに関係していると考えられる。これを踏まえると、輸出の増加を通じた生産活動の活発化の恩恵が実感しにくい環境にあるのかもしれない。

 

 

図表13 上流度指数と付加価値率

図表13 上流度指数と付加価値率 (出所:経済産業省よりSCGR作成)

 

(1)「日本の1割経済」

 九州経済の特徴として、「日本の1割経済」があげられる。図表14のように、九州の域内総生産(国でいうところの国内総生産GDPに相当)は2015年度で約45兆円と、日本全体の約8%を占めていた(内閣府『県民経済計算』)。当時のタイやトルコなどと同じくらいの経済規模といえる。そのほか、総人口、総面積、事業所数、就業者数などの全国シェアが約1割であることから、九州は「日本の1割経済」ともいわれている。

 

 それに対して、自動車生産台数や鋼船建造実績、半導体生産額、訪日観光客数、農業産出額、海面漁業漁獲量、外国人入国者数などのシェアは1割を超えており、これらの関連産業分野で、九州が強みをもっている。実際、自動車については、大手国内メーカー(トヨタやダイハツ、日産など)が九州を生産拠点にしており、車両組み立て工場やエンジン・部品工場に加えて、開発等拠点施設などもある。

 

 また、半導体等電子部品などエレクトロニクス分野についても生産拠点を集約しており、「シリコンアイランド」とも呼ばれるようになって久しい。現在も、半導体等電子部品は、輸出の大きな柱となって九州経済の競争力になっている。

 

図表14 九州7県シェア

図表14 九州7県シェア (出所:総務省、内閣府、九州経済調査協会よりSCGR作成)

(出所:総務省、内閣府、九州経済調査協会よりSCGR作成)

(注)*鋼船建造量は山口県を含む。入国外国人数#は沖縄県を含む

 

 

(2)外部経済の影響を受けやすい

 東京にいるよりも、自然とアジアを強く意識する九州は、経済面でのアジアとの関係が深い。それは、裏を返せば、アジア経済の影響を良くも悪くも受けやすい構造にあるともいえる。

 

 関係の強さは貿易に表れている。財務省『貿易統計』によると、2018年の九州地域の輸出額は6兆9,506億円、日本全体の8.5%を占めていた。日本全体と同じように、九州の主要輸出先としては、中国(1兆5,359億円)や米国(9,405億円)、韓国(8,324億円)、EU(5,160億円)などが大きな割合を占めている(図表15)。九州のアジア向け輸出は4兆2,595億円と、輸出全体の61.3%を占めている。日本全体のアジア向け輸出は44兆7,356億円であり、54.9%だったことを踏まえれば、九州地域のアジア向け輸出の存在感の大きさが確認できる。

 

 ただし、ASEAN向け輸出に限ってみると、九州は9,401億円(13.5%)と、日本全体の12兆6,345億円(15.5%)に比べてシェアが低い。すなわち、アジア向けが多いといっても、九州は直接的には、中国や韓国など東アジアと関係が深いといえる。

 

 また、輸出品をみると、自動車や船舶など輸送用機器、半導体等電子部品を含む電気機器の割合が大きい。例えば、アジアのサプライチェーンの中に組み込まれている電子部品でいえば、日本で生産した半導体がアジアに輸出されて、そこで組み立てられて、最終財として第三国に輸出されていく。こうしたサプライチェーンにおいて、アジアの影響を強く受けることになる。

 

図表15 輸出額の輸出先構成比(%) (出所:財務省よりSCGR作成)図表16 九州への訪日観光客の構成比(%) (出所:日本政府観光局、九州運輸局よりSCGR作成)

 

 

 アジアとの関係の強さでもう1つ重要なのは、人の動きだ。九州の外国人住民は12.7万人と前年から9.3%増加した(総務省『住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数』2018年1月1日現在)。日本全体の外国人住民(約250万人)の増加ペース(+7.5%)よりも速い傾向がある。都道府県別の外国人住民の増減率では、トップ10のうち4県がランクインしている。全国1位は熊本県(+16.6%)、2位鹿児島県(+15.2%)、3位宮崎県(+14.2%)と上位を独占している。10位にも福岡県(+10.6%)が入っており、人口規模は小さいものの、海外から九州への人の流入が進んでいる。また、人の動きとして欠かせないのが以下でみる訪日観光客である。

 

 

(3)観光産業の成長

 アベノミクスの成果の1つとされる訪日観光客数の増加については、九州も例外なく観光客数が増加している。2018年の日本全体の訪日観光客は3,119万人で、ここ10年で3.7倍に増加した。それに対して九州・沖縄への入国者数は512万人と、ここ10年で5.9倍に増加しており、観光という面で九州が脚光を浴びていたといえる(九州運輸局「九州への外国人入国者数の推移」)。

 

 ただし、日本全体と比べて、いくつかの特徴がある。観光客の出身国・地域に偏りが大きい(図表16)。日本全体では中国からの観光客が全体の26.9%、韓国からが24.2%を占めており、合わせて51.0%だった。それに対して、九州では韓国からの観光客が47.1%と圧倒的に多い。中国からの観光客も33.4%で、双方を合わせて80.5%と大半を占める計算だ。韓国と中国は地理的に近いので、移動距離・時間が短く、旅費も安いため、中国や韓国から九州に気軽に足を運べるという長所がある。実際、韓国の釜山から福岡は250キロメートルしか離れておらず、高速船を利用すれば約3時間、飛行機ならば約1時間の距離である。

 

 また、近年増えているものとして、クルーズ船の寄港があげられる。日本全体では、2010年の929回から2018年の2,928回へと増加が著しい(国土交通省『2018年の訪日クルーズ旅客数とクルーズ船の寄港回数』図表17)。このうち、2018年の上位10位の港をみると、1位博多(279回)、3位長崎(220回)、8位佐世保(108回)、10位鹿児島(100回)と九州の4港がランクインしている(図表18)。また、2位那覇(243回)、5位平良(143回)、9位石垣(107回)と沖縄県の3港も上位に位置している。クルーズ船は国内移動というよりも、アジア各国と日本の間を航行するために利用され、アジアに比較的近い九州が選択されやすく、また、クルーズ船が入港できる港があるという点も、九州の強みになっているのだろう。

 

図表17 クルーズ船の寄港回数 (出所:国土交通省よりSCGR作成)図表18 港別クルーズ船寄港回数(2018年) (出所:国土交通省よりSCGR作成)

 

 

 観光が拡大する中で課題もみえている。アジアから近いということは日帰りも可能であり、宿泊日数が短くなりがちだ。そのため、消費単価が低い傾向がある。

 

 2018年の観光・レジャー目的の訪日観光客の平均泊数は5.9泊なのに対し、九州への訪問が多い韓国からの観光客は3.2泊と、中国(6.0泊)や平均よりも短い(観光庁『訪日外国人消費動向調査』2018年)。韓国からの観光客で福岡空港から入国した人は2.8泊、博多港から入国した人は2.2泊とさらに宿泊日数が短い傾向があった。

 

 また、クルーズ客の旅行消費額も少ない傾向がある。宿泊が船上である上、観光地にいる滞在時間も短く、結果として消費額も少なくなりやすい。実際、訪日観光客人1人当たりの旅行消費額(一般客)は15.3万円で、クルーズ客1人当たりの旅行消費額は4.4万円だった。クルーズ客を4人連れてくれば、訪日観光客1人分の旅行消費額を確保できる計算だ。

 

 訪問地別の消費額をみると、九州(6.6万円)は、関東(10.0万円)、北海道(9.1万円)、近畿(7.9万円)、沖縄(7.1万円)に次ぐ金額となっている。47都道府県別では、5位福岡県(5.5万円)、7位鹿児島県(4.7万円)に位置している一方で、22位宮崎県(2.5万円)、34位長崎県(1.9万円)、35位佐賀県(1.8万円)、39位大分県(1.5万円)、40位熊本県(1.5万円)と他県は下位に沈んでいる。これは、福岡や鹿児島が宿泊地としてハブになっていることを示唆している。福岡や鹿児島から九州の他県に足を運ぶ構造にあるようだ。そのため、九州全体として、いかに訪日観光客の消費額を増やすのかが課題になっている。

 

 実際、九州として観光に力を入れている。2005年に、「九州はひとつ」の理念の下、観光を九州の基幹産業にすることを目標に、「九州観光推進機構」(九州7県と民間企業など191団体)が設立された。これは、九州地方知事会、九州経済連合会、九州商工会議所連合会、九州経済同友会、九州経営者協会からなる九州地域戦略会議で策定された『九州観光戦略』を実施するための組織である。2018年3月には観光庁から「日本版DMO法人」(DMO:Destination Management/Marketing Organization)に認定されている。また、2014~23年を対象に『第二期九州観光戦略』を立案して、観光産業の成長をさらに加速させる取り組みも続いている。

 

 

(4)農産品等の輸出拡大の可能性

 福岡産のいちご「あまおう」が有名なように、九州では、農林水産業が活発だ。日本全体で、輸出額1兆円を目指して活動しているように、九州の農産品等輸出も拡大しつつある。

 

 図表19のように、福岡県のいちご、みかん、大分県のなしや養殖ぶり、宮崎県の甘藷(かんしょ)や牛肉、佐賀県のみかんや牛肉、長崎県の鶏卵や活魚、熊本県のみかんや水産物、鹿児島県のさつまいもや緑茶などをはじめとする多く農産品等が輸出されている。それぞれの農産品等は、冷蔵や冷凍技術の進歩によって、輸送できる距離が長くなっているとはいえ、アジアへ、特に香港、韓国、中国、台湾などへの輸出が多くなっている。

 

 また、冷蔵の場合、時間をあまりかけられないことから、空輸になる。そのため、高く売れる農産品等でないと、海外に輸出しにくい。また、港まで運べたとしても、港から実際に販売される店舗まで、どのように輸送するのかも重要だ。例えば、冷蔵機能付きのトラックを確保できるか、トラックを走らせる道路や倉庫などのインフラが整っているのかなど、こうした点がアジア輸出の課題になっている。

 

図表19 九州の農産品等輸出

図表19 九州の農産品等輸出 (出所)九州農政局よりSCGR作成

(出所)九州農政局よりSCGR作成

 

図表20 九州の農産品等輸出

図表20 九州の農産品等輸出 (出所)九州経済産業局よりSCGR作成

(出所)九州経済産業局よりSCGR作成

 

 難しい問題があるものの、農産品等輸出は拡大している(図表20)。農産品に加えて、焼酎や日本酒などのアルコール類、丸太や加工材などの林産物、ぶり、あじ、まぐろなどの水産物の輸出もある。農林水産物については、アジア経済が成長する中で、消費需要が拡大しており、それにあったものを日本から輸出する機会が今後もますます増えていくと考えられる。

 

 

(5)人が戻ってくる、人口が増える福岡

 九州、特に福岡県の1つの特徴として、人が出ても戻ってきている傾向があげられる。例えば、図表21のように、2018年の『住民基本台帳人口移動報告』をみると、人口が増えた都道府県は埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、福岡県の6都府県だった。人口流入が多いのは15~19歳、20~24歳であり、それぞれ高校卒業、大学進学、就職時期に符合している。

 

 このうち、30歳代人口が明確に増えていたのは、埼玉県、千葉県、福岡県だった。福岡県は20歳代では流出超になっている一方、30歳代以降になると流入超に転じている点が、特徴的だ。これは、一旦福岡を離れても、再び福岡に戻ってくる人たちがいることを示唆している。ヒアリングによると、「福岡での子育てのしやすさ」や「福岡のコンパクトさ」が影響しているようだ。

 

図表21 転入超過数(2018年) (出所:総務省よりSCGR作成)図表22 将来推計人口(県) (出所:国立社会保障・人口問題研究所よりSCGR作成)

 

 人が戻ってくる福岡県では、九州の他の県からの人の移動もあって、人口減少は緩やかなペースで進むと予測されている(図表22)。国立社会保障・人口問題研究所の『日本の地域別将来推計人口(2018年推計)』によると、福岡県の人口は2015年の510.2万人から30年後の2045年には455.4万人となり、約11%減少する。2015年から2045年にかけて、約20%(佐賀県)から約30%(長崎県)人口が減少する他の県と、福岡県はやや異なった姿になっている。

 

 この理由として、福岡市の人口が2035年まで増加すると見込まれていることが大きい(図表23)。福岡市は2035年の167.7万人のピークまで増加しつづけると予測されている。広島市や札幌市などの人口100万人以上の他地域の主要都市と比べて、福岡市の人口減少への転換点が後ズレする可能性があることを示している(図表24)。

 

 つまり、人口問題への対応策において、他に比べて時間に余裕があること、今後数年間は人口が増加することなどが、福岡市の強みといえる。そのため、これを前提とした産業構造やビジネスを考えることも、九州経済では重要な視点と考えられる。

 

図表23 将来推計人口(県庁所在地)(出所:国立社会保障・人口問題研究所よりSCGR作成)図表24 将来推計人口 (出所:国立社会保障・人口問題研究所よりSCGR作成)

 

 

(6)コンパクトでサービスが盛んな福岡

 福岡市の特徴として、コンパクトな都市であることがあげられる。福岡市企業誘致課(福岡クリエイティブキャンプ事務局)(http://fcc.city.fukuoka.lg.jp/)によると、福岡空港から天神駅まで約11分、5.8キロメートルしか離れていない。東京駅-羽田空港間が26分かかることに比べると、その近さが分かりやすい。また、地下鉄やバスなど公共交通機関も整備されている。

 

 生活面では、通勤・通学時間が34分5秒と、七大都市圏(関東、近畿、中京、札幌、広島、仙台、福岡・北九州)のうち最も短く、食料品の物価や家賃も安い傾向があるという。また、救急車による病院までの搬送時間も27分2秒と全国平均よりも11分以上早いなど、いざというときの安心感もあるといわれている。大手百貨店・デパートなどもあり、買い物にも不自由しないこともあって、コンパクトな都市としての魅力を生み出している。それが、結果的に子育て世代のUターンをもたらす一因になっているようだ。

 

 こうした環境を産業構造という視点からみると、福岡市の市内総生産に占める第3次産業の割合が90.3%(2015年度)と、サービス業に大きく偏った産業構造になっている(福岡市経済観光文化局『福岡市経済の概況』)。市内総生産7.7兆円のうち、農林水産業は62億円、製造業は3,280億円、建設業は3,450億円と少額だった。第3次産業の中では、卸売・小売業1.8兆円が最も大きく、それに専門・科学技術、業務支援サービス業9,570億円、不動産業8,450億円、情報通信業5,790億円、運輸・郵便業5,120億円、保健衛生・社会事業4,880億円などが続いている。

 

 福岡市は県庁所在地として、また九州の主要都市としての機能を果たしていることもあり、サービス業の割合が多く、製造業は福岡県の他の市町村や他県に展開している構図といえる。商業施設も多く、訪日観光客が街に溢れていることもあり、米中貿易戦争などによって製造業を中心に高まっている先行き不透明感を感じにくくなっている。

 

 

4. 九州経済界について

 九州地域の政治・経済情勢を理解する上で、九州経済界の関係を把握しておくことが重要だ(図表25)。

 

 九州に本社を置く有力企業の団体である互友会(通称七社会/九州電力、福岡銀行、西部ガス、西日本シティー銀行、九電工、西日本鉄道、JR九州)が、九州経済界の中心になっている。構成する7社は、それぞれの企業規模、歴史、ビジネスインフラ整備への関与などで共通点をもっているといえる。例えば、西日本鉄道やJR九州の2018年の営業利益をセグメント別にみると、運輸業(運輸サービス)の割合は半分以下であり、建設や不動産などビジネスインフラを整備することなどで、複合的に稼いでいる様子がみられる(図表26)。

 

 経済団体としては企業としての組織である九州経済連合会、経営者層の組織である九州経済同友会などがある。九州経済連合会は、本部のある福岡県での会合が多い傾向を課題として認識し、各県単位で委員会を設定して、九州全体の情報共有を進めるとともに、各県企業のニーズを収集している。福岡集中という側面はあるものの、そうした中でも九州全体、すなわち分散という視点も考慮している。

 

 こうした構図の中で、第二次大戦後、福岡県知事、日本銀行福岡支店長、九州大学教授が発起人となり、旧満鉄や旧満鉄調査部の役職員も加わって発足した「九州経済調査協会」が、九州のシンクタンクとして情報収集にあたることに加えて、実質的な調整機能も果たしていることが注目される。ヒアリングによると、企業や自治体などが情報を欲したときや相談したいときに、九州経済調査協会を利用しているようだ。また、九州経済同友会の事務局を担っていることもあり、結果的に九州の情報が蓄積されている。その情報・知識を九州企業・自治体に提供したり、ビジネスで求める相手企業を紹介したりすることで、実質的な調整機能を果たしている。また、そうした活動の成果で公表できるものは、多数のセミナーや詳細な報告書として会員企業に提供している。

 

図表25 九州経済の一面

図表25 九州経済の一面 (出所)SCGR作成

(出所)SCGR作成

 

 また、九州経済調査協会は、ビジネスマッチングなど「九州における知の集積・交流・創造拠点」として、会員制ライブラリーである「BIZCOLI(ビズコリ Biz communication library)」を設置し、7周年を前にした2019年3月には累計来館者数が10万人を超えた。企業にとっては会費を支払ってでも会員となるメリットが多い組織になっている。例えば、中部圏社会経済研究所など他の国内地域の組織が視察に来るほど、地域のシンクタンクモデルのひとつになっている。

 

 また、九州経済連合会や九州経済同友会、九州経済調査協会、九州観光推進機構などが電気ビル共創館という1つの建物に集約していることも重要な点だろう。情報交換や人的交流が行われやすい素地があるといえる。

 

 そのほか、九州の人材が九州経済を支えていることも重要である。同郷であることが、人のネットワークを強化し、結果的にビジネスにも結び付いている。高校までは地元で、首都圏など他の地域の大学に進学、地元以外で就職したとしても、その後、九州に戻ってくる人材が少なくない。また、戻ってきた人は地元・九州への貢献意識も高く、そうした人材が九州経済を支える一翼を担っていることが、九州経済の強みになっている。

 

 さらに、福岡県と政令指定都市・福岡市の関係も注目される。ヒアリングによると、福岡市は市長の個性もあって、中央政府の動向への注目度が高い。また、スタートアップ企業の育成・支援なども独自に進めており、国の政策が市の政策に合うならば、国を積極的に活用していくという姿勢をとっている。福岡市は独自の動きをとっているため、地方創生などにおいて、福岡県の動きは、他の国内地域にとって参考になると考えられる。

 

図表26 セグメント別業績

図表26 セグメント別業績 (出所:西日本鉄道、JR九州ホームページよりSCGR作成)

 

 

 

5. 今後の九州経済

 産出額にして約91兆円、域内総生産は約49兆円で、タイやトルコといった新興国と同じくらいのマーケットが広がっている九州経済には、さらなる成長の可能性が広がっている。為替リスクやビジネス慣行・法制度などの障壁も、新興国に比べて低く、ビジネス環境が整っていることも強みである。

 

 特徴としては、九州としてまとまり自立性を生かしながら、観光産業の拡大、農産品の拡大など新たな成長源を育てている。訪日観光客の増加に加えて、在留外国人人口も増えており、ますますアジア目線が強まると考えられる。アジアについては、今後も日本より高い成長率で成長する可能性が高い一方で、ビジネスの難しさがあることも事実だ。そのため、アジアと他の海外地域、日本国内とのバランスをとっていく視点もまた必要になるだろう。

 

 また、地方創生などにおいても、九州域内の県はそれぞれ競争力を持ちうる。自動車や半導体等電子部品の工場が集積していること、農産品などの生産が活発であること、温泉などを始めとした観光産業が拡大する素地があることなど、経済成長の余地が多く残されている。

 

 もちろん、九州と一口にいっても、人口動態には大きな相違がある。福岡県では県全体の人口が減少する一方で、福岡市の人口は当面増加すると予測されている。福岡市の人口が減少に転じるのは2035年頃になるなど、他の地方主要都市とは異なる傾向がみられる。それに対して、九州の福岡県以外の県も、県全体の人口は減少傾向にあるものの、各県の県庁所在地に人口が集約すると予想されている。そのため、各県の県庁所在地には、都市機能を保持できる人口が今後も存在することになり、福岡市と各県の県庁所在地の関係という「集中と分散」を考慮することも、ビジネスの成長には欠かせない視点だ。

 

 これら諸点を踏まえれば、それぞれの長所を生かして成長する経路を描くこと、それに貢献するビジネスを探求することがますます重要になり、それらを通じて九州経済はさらに成長していくことになるだろう。

 

 

<参考文献>

九州経済産業局(2018)『九州経済の現状』

公益財団法人九州経済調査協会(2019)『図説九州経済2019』

福岡市経済観光文化局(2019)『福岡市経済の概況』

菅沼健司(2016)「グローバル・バリュー・チェーンの長さ指標:製造業とサービス業」『金融研究』第35巻第3号pp.1-34.

Ito,Tadashi and Pierre-Louis Vezina, (2015), "Production Fragmentation, Upstreamness, and Value-Added: Evidence from Factory Asia 1990-2005," IDE Discussion paper, No.535.

 

以上

 

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。