ノルウェー、スウェーデンの利上げ

2020年01月23日

住友商事グローバルリサーチ
鈴木 将之

(2020年1月17日執筆)

概要

 2019年、米国や欧州などをはじめ多くの国・地域の金融政策が緩和方向に舵を切られる中、ノルウェーとスウェーデンは利上げに踏み切った。利上げを実施できるほど、経済が底堅かったことがその理由だった。それと同時に、これまでの低金利の状況の中で、慎重に利上げに取り組んでいた姿勢もうかがえる。世界経済の減速の中で、両国はともに政策金利を今後据え置く見通しに転じたものの、それらの取り組みは今後の日米欧の金融政策の参考になるだろう。

 

 

1. 欧米の金融緩和との対比

 2019年を振り返ると、景気減速を背景に、主要国の金融政策が緩和方向に舵を切られたことが印象的だった。例えば、2018年末まで利上げを実施していた米国の連邦準備理事会(FRB)について、年初の市場では追加利上げが予想されていた。それが一転して、「予防的」という位置づけではあるものの、7月、9月、10月と3会合連続でFRBは利下げに踏み切った。

 

 また、欧州中央銀行(ECB)は9月に、市場の予想を上回る包括的な金融緩和を実施した(マイナス金利の深堀り「預金ファシリティ金利▲0.4%→▲0.5%」、政策金利のフォワードガイダンスの変更「期間から条件へ」、資産買い入れプログラムの再開「11月以降、月額200億ユーロ」、貸出条件付き長期資金供給オペ第3弾「TLTROⅢ」の条件緩和、超過準備の金利階層化の導入)。特に、資産買い入れプログラムの再開を巡っては、ドイツやオランダの中銀総裁が公然と決定を批判するなど、異例の事態に発展した。このような欧米の金融緩和への変化に歩調を合わせて、景気減速に悩んでいた新興国も金融緩和に追随した。

 

 そうした中で、反対に利上げに踏み切った国があった。ノルウェーとスウェーデンで、この北欧2か国は、国内景気が想定通りに底堅く推移しており、利上げを実施できる環境があったからだ。むしろ、これまでの利上げに慎重な姿勢から、利上げ時期が遅れたとの見方があったほどだった。

 

 ところが、世界経済の減速という悪影響は例外なく両国にも波及しており、利上げ局面は2019年末で一旦終了となった。そこで、以下では、両国の経済環境を踏まえて、今後の展開について考えてみる。

 

 

2. 2019年に3回の利上げを実施したノルウェー

 ノルウェー経済は図表①のように2016年以降、おおむねプラス成長が続いており、堅調に推移してきた。これが、2019年に3回の利上げを実施できた理由といえる。今回の利上げ局面は2018年9月から始まり、2019年9月にかけて政策金利は0.50%から1.50%へと累計1%pt引き上げられた。しかし、ノルウェー中銀が2019年12月の会合において、当面金利を据え置く方針を示したことで、今回の利上げ局面は一旦終了した。以下では、ノルウェー中銀の月報(Norges Bank、2019)を参考にして、ノルウェー経済の動向を振り返る。

 

 中銀の推計によると、2019年のGDP成長率は1.0%とプラス成長を維持しているものの、年後半の減速を反映して、2018年(1.5%)から減速している。こうしたことを踏まえて、経済の現状は景気循環の拡張局面のピークに近いと中銀は評価している。

 

 経済が減速した要因として、図表②にみられるように、輸出の鈍化があげられる。この背景には、米中貿易戦争や英国のEU離脱(Brexit)問題などから不確実性が高まり、それが輸出先の需要を鈍らせたことがある。また、世界の自動車販売の減速も、輸出に悪影響も及ぼした。中銀によると、輸出財のうち自動車関連(部品やアルミニウム、フェロアロイなど)が10%近くを占めるという。そのため、世界の自動車販売の減速とともに、米中貿易戦争のノルウェーからの輸出への悪影響が警戒されている。

 

 内需をみると、設備投資に一服感が表れ始めている。2016年以降の原油価格の回復を背景に、エネルギー関連の設備投資はこれまで堅調に推移してきた。その時期に、企業は費用削減に努め、新規開発計画におけるブレークイーブン価格は1バレル=10~35米ドルまで低下していると、中銀は判断している。そのため、企業の投資余力は高まりつつある。しかし、新しい大規模案件が少なくなっていることもあり、エネルギー関連の設備投資はピークアウトしつつあるようだ。

 

 また、小売売上高は緩やかに増加してきた。図表③のように、2019年半ばにかけて失業率は低下しているように、雇用環境の底堅さが個人消費の後押しとなった。しかし、年半ばから、失業率は上昇する動きを見せており、これが今後の個人消費の重石になりつつあるようだ。

 

 11月の消費者物価指数の上昇率は前年同月比+1.5%と、インフレ目標(+2.0%)を下回っている。足元の消費者物価上昇率は横ばい圏で推移しており、さらに減速する兆しはみせていない。

 

 このように、経済成長自体は続いているものの、2019年の経済は景気拡張局面のピークに近い状況にあるため、中銀は追加利上げを当面必要としないと判断している。

 

図表① ノルウェーのGDP成長率 (出所:Eurostatより住友商事グローバルリサーチ(SCGR作)成)

 

図表② ノルウェーの経済指標(出所:Eurostat、ノルウェー統計局よりSCGR作成)

 

 先行きについて、中銀の見通しでは、経済成長率は2020年に2.4%へと加速する姿が描かれている。ただし、依然として不確実性が残っていることに注意が必要だ。

 

 2019年末にはこれまでの不確実性に関して明るい材料が出てきた。1つ目は、12月に米中間で第1段階合意への道筋がついたため、米国が対中制裁関税第4弾の発動を見送ったことだ。2つ目として、12月の英国の総選挙で与党・保守党が下院の過半数を占めたため、2020年1月末のBrexitが確実視されるようになったことがあげられる。これらにより、年末にかけてノルウェー経済の重石は改善に向かった。

 

 しかし、一時的に過度な懸念が後退したにすぎない。なぜなら、トランプ大統領が第2段階の合意を目指すと発言するなど、米中協議はいまだ道半ばである。また、Berxitも移行期間内での通商協定の締結は困難を極めると想定されている。欧州連合(EU)側は短期で貿易協定を結ぶことは困難とみている一方、英国側は2020年末の離脱までに貿易協定の締結を目指している。6月までに2020年末までの移行期間を延長する申請をせず、同年末までに貿易協定が結ばれないと、貿易協定なしの離脱になる恐れもある。

 

 また、図表④のように通貨クローネ安から、輸出競争力が高まることで、輸出の増加から成長が加速するという期待がある。その一方で、クローネ安は、輸入物価を通じて消費者物価を押し上げる可能性がある。実際、中銀は2020年以降にインフレ目標の+2.0%を上回るようになると見込んでいる。

 

 しかし、消費者物価上昇率が加速すると、消費者の購買力の低下を通じて、個人消費に下押し圧力をかける恐れがある。購買力を維持するために、賃金上昇が欠かせないものの、足元では失業率が上昇しはじめるなど、雇用環境に変化がみられることも、個人消費の重石になりうると懸念される。

 

 これまで堅調だった設備投資は、2020年以降弱含む可能性がある。新しい開発計画は進むものの、2019年までに比べて小さな案件が予定されており、原油関連の設備投資計画は減少する見込みになっているためだ。

 

 このように、先行きについて、不確実性とともに実体経済にも下振れリスクがあるため、中銀は政策金利を当面据え置く方針をとっているといえる。

 

図表③ ノルウェーの物価と失業率(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

図表④ 原油価格と為替レート(出所:St.Louis FedよりSCGR作成)

 

 

3. マイナス金利から卒業したスウェーデン

 スウェーデンの中央銀行(リクスバンク)は、マイナス金利を導入した主要国ではじめて、マイナス金利から卒業した。10月の政策決定会合では、中銀の見通し通りに経済が推移すれば、12月に政策金利を▲0.25%からゼロ%に引き上げると予告していた。12月の政策決定会合で、経済がおおむね見通し通りに推移していたと判断し、利上げを決定した。

 

 また、マイナス金利から脱却した背景には、マイナス金利の副作用への懸念もあった。これまでのところ、目立った副作用は出ていないものの、マイナス金利が長期化する中で、企業などが過度にリスクをとってしまうこと、マイナス金利のコストが家計に転嫁されることなど、その悪影響が実体経済に広がるという懸念は払しょくできなかった。

 

 スウェーデン経済の動向について振り返ると、図表⑤のように、2017年以降、経済成長は加速した。また、図表⑥のように、小売売上高や資本財売上高などは堅調に推移してきた。2019年になると、小売売上高は底堅さを保った一方で、資本財売上高は減速基調になるなど、変化がみられるようになった。輸出も年後半にかけて減速し、鉱工業生産の減産基調も強まった。

 

 このように減速感が強まった原因として、米中貿易戦争に関連したリスク、Brexitを巡る不確実性の高まりに加えて、中銀はイタリアの動向をあげている。予算を巡ってイタリアとEUが対立していたことを踏まえて、長期的に、公的債務残高や銀行部門に悪影響を及ぼしかねないことが、金融市場を通じて経済にとっての重石になりうるとの認識があったようだ。

 

図表⑤ スウェーデンのGDP成長率(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

図表⑥ スウェーデンの経済指標(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

 ただし、減速感が漂っているものの、経済成長は継続しており、中銀の想定の範囲内の動きとなった。中銀には、足元にかけての減速は、景気が良い状態から通常の状態に戻る過程であり、景気自体は悪くないという認識がある。

 

 また、図表⑦のように、消費者物価上昇率も2019年半ばにかけて、伸び幅を縮小させたものの、次第に回復し、インフレ目標(+2.0%)に近づいた。そのため、物価見通しも前回会合から大きく変わっていない。

 

 このように、利上げを先送りするほど経済環境が悪いわけではない上、10月の想定から12月時点の経済状況が外れていないため、マイナス金利からの脱却を中銀は決断した。

 

図表⑦ スウェーデンの物価と失業率(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

図表⑧ 政策金利変更のタイミング(出所:BISよりSCGR作成)

 

 一方で、中銀は利上げに慎重になりすぎていたという見方もある。中銀の月報(Sveriges Riksbank、2019)では、2018年までの経済環境を踏まえれば、より早期の利上げが正当化できたとの見方を示している。これまで国債買い入れも実施しており、利上げを実施しても、金融緩和効果が続くと想定したためだ。また、2018年12月の見通しでは、2019~21年にかけて年2回の利上げを見込んでいた。しかし、これまで低金利が長く続いたことから政策変更に慎重な姿勢になり、2019年の年末まで利上げが見送られてきた。

 

 図表⑧のように、米国が2015年末に利上げに転じてから、スウェーデンは長期にわたって低金利を維持してきた。ノルウェーの利上げを見届けてから、ようやく利上げに踏み切ったようにみえる。そして、2019年12月に今回の利上げ局面で2回目の利上げを実施して、マイナス金利から脱却した。しかし、予測期間を通じて、政策金利は据え置きと想定されており、2回で利上げ局面は終了したことになる。利上げに慎重さをみせているのは、景気が良いとはいえ、やや減速傾向がみられる上、住宅価格の上昇が家計の債務負担を高めていることなどがある。

 

 先行きについて、12月の政策会合の議事要旨(Sveriges Riksbank、2020)によると、中銀のイングベス総裁は政策金利を当面据え置く方針を示した。また、想定よりも消費者物価指数の上昇ペースが速かったとしても、利上げは急がないとしており、更なる利上げに慎重な姿勢をみせている。中銀は、次の利上げをいつ実施するのが適切なのか判断が難しいとみていることが、慎重な姿勢につながっているようだ。

 

 

4. 北欧が示す今後の金融政策のヒント

 2019年に、欧米各国で金融緩和が進む中で、ノルウェーとスウェーデンは利上げに踏み切った。景気の底堅さが、その主な理由といえる。一方で、両国の政策判断は今後の日米欧の金融政策を考える上で重要な示唆を与える。

 

 まず、スウェーデンの取り組みから、マイナス金利脱却の判断の難しさが読み取れる。第一にマイナス金利の副作用への対応であり、第二にマイナス金利からの円滑な脱却方法が課題といえる。

 

 マイナス金利をめぐっては、ECBが2019年9月に超過準備の金利に階層化を導入した。日本銀行も導入済みであり、一定の緩和効果が期待される。しかし、いわゆるリバーサルレートのように、マイナス金利が経済を活性化させるのではなく、悪影響を及ぼす恐れも払しょくできない。欧州の一部の金融機関が部分的に預金金利をマイナスにするなど、変化の兆しもみえているためだ。そのため、副作用が大きくなる前に、マイナス金利から脱却することが課題になりつつある。

 

 また、マイナス金利からの脱却を円滑に行うために、スウェーデンは、国債買い入れという緩和効果を残しつつ、金利をマイナスからゼロに引き上げた。低金利が長期化することで、その状態に合わせて企業や家計が行動するようになることで、利上げ時の対応が不十分になり、悪影響が広がる恐れがある。そのため、ゼロからさらにプラスの金利、伝統的な金融政策の範囲に回帰する方法などについて、日米欧の一歩先を行くスウェーデンの動向がますます注目される。

 

 また、ノルウェー中銀で注目されるのは、2018年3月にインフレ目標を2.5%から2.0%に引き下げたことである。ノルウェー経済は2017年に持ち直し、雇用も拡大していた一方で、物価上昇率は低いままだった。そうした状況で、インフレ目標2.5%で金融政策を行うことのマイナスの影響が認識されたようだ。

 

 ノルウェー中銀の月報(Norges Bank、2018)によると、インフレ目標自体はフォワードルッキングであり、柔軟なものであると、中銀は認識している。また、2018年3月のインフレ目標引き下げは、中期目標付近で物価を安定させるため、また、生産と雇用の動向に配慮するためであり、重大な変更ではないと説明している。その理由として、短期のインフレ目標を変更することで、物価上昇率の鈍化を通じて名目金利が低下しても、実体経済に影響を及ぼす長期の実質金利は変わらないことがあげられている。資本が自由に国際間を移動するとき、ノルウェーの長期実質金利は世界の実質金利によって決定されるので、実質金利は変わらない。実質金利が変わらなければ、経済に及ぼす影響にも変化がないとみているためだ。

 

 2020年には、FRBやECBは金融政策の枠組みを見直す方針を示している。金融緩和が進む日銀も、今後見直しを迫られる可能性は否定できない。こうした状況において、2019年に利上げを実施したノルウェーやスウェーデンの政策判断と取り組みが参考になるだろう。

 


参考文献

Norges Bank, (2019), Monetary Policy Report with Financial Stability Assessment, 4/19 December.

Norges Bank, (2018), Monetary Policy Report with Financial Stability Assessment, 1/18 March.

Sveriges Riksbank, (2019), Monetary Policy Report, December 2019.

Sveriges Riksbank, (2020), Monetary Policy Minutes

, December 2019.


以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。