タイ経済:高まるインフレ圧力のさなか政府は経済回復に注力(マンスリーレポート6月号)

2022年06月13日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

経済概況・先行き・注目点:回復に向かっている。2021年の実質GDP成長率は+1.6%と、COVID-19感染拡大の影響で落ち込んだ2020年の▲6.2%から持ち直したものの回復ペースは遅く、COVID-19以前の水準に達していない。特にGDPの約2割を占める観光業の低迷により打撃を受けている。一方、プラスに大きく寄与しているのは輸出。先行きについては、海外からの入国制限の緩和によって観光客が戻ることが期待でき回復が続く。中国ではロックダウンが緩和され、COVID-19以前の観光客のうち約3割を占めた同国からの訪問客の増加とサプライチェーンの分断の緩和が期待される。ただし引き続きウクライナ情勢の影響でインフレ圧力が高まり家計・企業への重石となる。IMF、世界銀行による2022年の実質GDP成長率の見通しはそれぞれ+3.3%(1月時点)、+2.9%(6月時点)、ADBは+3.0%(1月時点)。注目点は、観光業の促進、企業や農家へのローン条件の緩和、減税などの景気刺激策によりどこまで回復が進むかだ。

 

経済成長率見通し (出所)IMF、世界銀行、ADBよりSCGR作成

 

個人消費:回復しつつある。3月の小売売上高は前年同月比+3.35%と2月の同+7.73%より伸びは縮小した。ただ、前年3月の伸びがその前年同月比で+16.5%と大きく増加していたため、伸びの縮小はベース効果が影響している。先行きは、緩やかな回復が続くとみられるが、引き続き家計債務の拡大、インフレ高進が消費者の購買意欲を抑制する可能性がある。

 

生産:持ち直しの動きがみられる。4月の鉱工業生産は前年同月比+0.6%と3月の同+0.4%を上回った。ただし4月はソンクラーン(旧正月の水かけ祭り)の祝日により多くの工場が一時的に稼働していなかったため前月比では▲16.5%と落ち込んだ。先行きは、中国でのロックダウン解除により原材料や中間財の輸入が回復し持ち直しの動きが続くとみられる。

 

貿易:堅調に推移している。4月の輸出額は前年同月比+9.9%の235.2億ドルと14か月連続で前年同月を上回った。ウクライナ情勢の影響による小麦不足の代替としてコメの輸出が大幅に増加した(同+44.0%)。今後は、主要工業製品のほか、同影響を受け食料の確保を図る国・地域への農産物の輸出が増加すると見込まれる。4月の輸入額は同+21.5%の254.3億ドル。輸出増加に伴う原料調達、内需拡大により輸入は拡大しており、4月の貿易収支は19.0億ドルの赤字に転じた(3月は14.6億ドルの黒字)。資源価格の高騰により輸入物価上昇圧力が強まり赤字が継続する可能性がある。

    主要経済指標(出所)タイ国家経済開発審議会、タイ関税局よりSCGR作成

 

物価:上昇ペースが加速している。5月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比+7.1%と4月の同+4.65%を大幅に上回り2008年9月の同+9.1%に次ぐ高水準となった。肉などの生鮮食品やエネルギー価格の上昇に起因している。先行きもCOVID-19沈静化に伴う世界的な需要拡大、サプライチェーンの混乱、ロシアのウクライナ侵攻に対する禁輸などの制裁措置により上昇基調が続くとみられる。

 

金融政策:緩和を維持している。2020年5月以降政策金利は過去最低水準である0.5%を維持。政府は政策金利の早急な引き上げに否定的な見方を示しているが、CPIがインフレ目標である+1~3%を大幅に上回っているため、近々利上げ実施の可能性がある。

 

財政政策:景気刺激策を続けている。2021年の財政収支はGDP比▲4.9%。2022年はさらに悪化し▲6%近くに達するとみられる。ただし、公的債務はGDP比51.1%(2021年9月末時点)と政府が設定している上限である70%を超えてない。

 

    物価(出所)タイ商務省よりSCGR作成

 

為替: 下落基調が続いている。ただし、5月は中国でのロックダウンの緩和を受け同国観光客増への期待からやや上昇する場面もあった。先行きは、米国との金利格差などで下落圧力がかかっているものの、観光業復興への期待から緩やかな下落にとどまると予想する。

 

株価:やや下落している。ウクライナ情勢や米国の金融引き締めに対する懸念が高まり下落。2021年は世界的に大幅な資金余剰であったため株高が進行し、タイでも上昇していた。今後は、世界的な景気減速とインフレ高進からスタグフレーションのリスクが高まっているものの、タイでの食料不足による影響は限定的でありバーツ安の恩恵からの輸出拡大、観光業復興への期待から上昇基調に転じる可能性がある。

 

    為替・株価 (出所)BloombergよりSCGR作成

 

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