原油:生産余力の低下に対する懸念

2022年07月11日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

2022年7月6日執筆

 

OPECプラス6月末会合は無風通過

 

 OPEC加盟国とロシアなど非加盟の産油国で構成するOPECプラスが6月30日に開催した月次会合は、新たな決定事項はなく、相場的にも無風通過となった。


 OPECプラスは2020年4月に開始した日量970万バレルの大規模協調減産について、2020年8月から段階的縮小に着手。2021年7月の会合では日量40万バレル(2022年5月からは同43.2万バレル)ずつ毎月減産規模を縮小して2022年9月までに減産を終了することで合意し、原油価格が高騰する中でもこの方針を貫いていた。しかし、需給逼迫感が強まる中で開催された6月2日の会合では7-9月の生産計画を修正し、 9月に増産予定だった分を7-8月に前倒しして生産枠を日量64.8万バレル(既存合意の日量43.2万バレル+9月分の半分21.6万バレル)ずつ拡大することを決定。今回の会合でもこの方針を再確認した。これにより、減産解消は当初予定より1か月早い8月末をもって終了するが、9月以降の方針に関する言及はなかった。

 

 

9月以降に焦点

 

 次回会合は8月3日に予定されている。これより前の7月中にバイデン米大統領がサウジアラビアなど中東を歴訪予定で、産油国に増産を要請する可能性が高いとみられている。OPECプラスの生産協定自体は2022年末まで有効であるため、9月以降に現行水準以上の増産を行う場合には、新たな合意形成が必要になる。各国に実際にどれだけの生産余力が残されているのかも焦点になってくる。

 

 

乏しい生産余力

 

 OPECプラスは生産割当を段階的に増やすことで大規模減産の解消を進めてきたが、実際には計画通りには生産できていない。長年の投資不足などにより、ナイジェリア・アンゴラなどで生産能力自体が低下しているからだ。OPECプラスの5月時点の産油量はIEA推定で日量3,758万バレル(メキシコを除く)と、生産目標の同4,037万バレルを同279万バレルも下回っている。協調減産に参加しているOPEC加盟10か国(イラン・リビア・ベネズエラ除く)だけで見ても、生産目標の日量2,559万バレルに対し、実際の産油量は2,447万バレルにとどまる。サウジアラビアとUAEは統計上の生産能力が現在の産油量を上回るため、増産余地があると考えられているが、8月の生産割当はサウジアラビアが日量1,100.4万バレル、UAEが同317.9万バレルとなり、過去の最大生産量に近づいている。


 6月下旬、UAEのムハンマド・ビン・ザイド大統領はフランスのマクロン大統領に対し、UAEの原油生産量(日量316.8万バレル)はほぼ生産能力いっぱいであり、サウジアラビアは日量15万バレル程度の増産は可能だとしても半年以内の大規模増産は困難だとの見解を伝えたという。

 

 

OPEC10か国:生産割当と実際の産油量の差(出所:IEA、OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

原油生産量(出所:IEA、OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

アンゴラ(出所:IEA、OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

ナイジェリア(出所:IEA、OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

産余力低下の背景

 

 OPECが6月28日に公表した年次報告書(Annual Statistical Bulletin)にも、OPEC加盟国が増産に苦慮している背景を示唆するデータがあり注目されている。米国石油生産では平時から注目される掘削リグ稼働数と油井完成数のデータだ。 これによると、OPEC加盟13か国の2021年時点の石油リグ数は489基と、前年比11%増えたが、世界全体の増加率35%を下回っている。サウジアラビアは6基増の65基だったが、2019年の115基を大きく下回る。油井完成数は前年比15%減少し、2014-19年水準の半分程度だった。2014年の原油価格暴落後、世界の多くの生産企業が資本を温存する姿勢に転じた中でも、低コストの石油資源を持つ中東産油国は投資を続けていたが、2020年以降に急減している。2022年の投資額は大幅な増加が見込まれるが、生産能力が拡大するには時間を要することから、2022年下期~2023年は供給余力の乏しい状況が続くと捉えられている。

 

 

アクティブリグ数(Active Rigs by country)(出所:OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

油井完成数(Wells completed)(出所:OPECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

EIAの推計

 

 米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)は6月15日に世界の原油生産余力をまとめた「Global Surplus Crude Oil Production Capacity」と題したレポートを公表した。この資料で示された暫定的な推定によると、2022年5月現在、OPEC非加盟国の生産余力はわずか日量28万バレルと、2021年比で80%減少したという。EIAの定義では生産余力とは「30日以内に稼働でき、少なくとも90日間維持できる最大既存容量」で、経済制裁を含む計画外停止や混乱のため停止している生産能力を含まない(つまりイラン・リビア・ベネズエラ・ロシアの停止中の設備については除外)。このため、2021年時点で日量140万バレルあった余剰生産能力のうち約6割を占めたロシアがカウントの対象から外れている。ロシア以外の非OPEC加盟国の生産余力も低下したことになる。また、EIAはOPEC加盟国の余剰生産能力については2022年5月時点で日量300万バレルと推定している。

 

 過去のデータをたどると、サウジアラビアがスイング・プロデューサーとしての役割を正式に放棄した後の1985年の日量1,130万バレル、リーマンショック後の同530万バレル、コロナ禍で大規模減産に踏み切った同700万バレルがこれまでのピークだった。EIAは、OPECの産油国は需要低迷期、価格低迷期に原油生産を削減する傾向があり、歴史的に余剰生産能力と原油価格には相関があると指摘している。この資料は今回初めて「暫定値」として公表されており、今後も注目していく必要がありそうだ。

 

 米国政府は6月、ベネズエラでPDVSAと合弁事業を展開するイタリアENIとスペインRepsolが債務返済や配当として原油を受け取ることを暗黙の了解とした。これまで2年間、米国の対ベネズエラ経済制裁により原油での返済が滞っていた。米国は両社に対し、欧州以外でのベネズエラ原油の販売は禁じるという。イラン核合意の再建交渉は難航しているが、フランス政府はイランやベネズエラの原油の市場復帰が望ましいと述べている。こうした状況は、世界の原油市場に余裕がない状況を浮き彫りにしている。

 

 

原油余剰生産能力(EIA推計)(出所:EIAより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

 

 

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