フィリピン経済:高まる貿易赤字拡大への懸念(マンスリーレポート7月号)

2022年07月20日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

経済概況・先行き・注目点:堅調に推移している。2021年第2~4四半期の実質GDP成長率はそれぞれ前年同期比+12.0%、同+7.0%、同+7.8%と回復が続き、2022年第1四半期も引き続き同+8.3%と伸びが前期を上回り回復基調が鮮明となった。COVID-19拡大を抑制するための規制を緩和したことにより、雇用状況と所得が改善し、家計の消費が増え、建設などの民間投資も拡大。さらに国の一大イベントである大統領選でのキャンペーンなどによりサービス支出がGDPを押し上げたとみられる(過去の推移からみると、選挙の年は他の年と比較しGDPが0.5~1%高くなっている)。先行きについては、基調としては労働市場の回復が続き、入国規制の緩和によって観光業が再開、郷里送金も好調であることに加え、主要政策である「ビルド・ビルド・ビルド」によるインフラ投資が後押しし、堅調さを維持するとみられる。ただし、国内外でのインフレや世界経済の成長鈍化への懸念が高まっているため、政府は7月初旬、2022年の実質GDP成長率について+6.5~+7.5%と前回見通し(+7.0~+8.0%)から下方修正している。IMF、世界銀行、ADBの2022年の実質GDP成長率は、それぞれ+6.5%、+5.7%、+6.0%。注目点は、輸入増加により貿易赤字が拡大傾向にあり、ペソ安を加速させる恐れがあることだ。

 

    経済成長率見通し (出所)IMF、世界銀行、ADBよりSCGR作成

 

生産: 堅調に回復している。製造業PMIは、1月にコロナ禍で景気の節目である50だったが、その後5か月連続で50を上回っている。6月は53.8となり前月の54.1をやや下回ったものの堅調を維持。新規受注が拡大し生産が伸びた一方、輸出は4か月連続減少となった。今後、生産者物価指数(PPI)の上昇によりコスト増となり生産鈍化の動きがでる可能性はあるが、回復基調は続くだろう。

 

貿易: 輸出は、2021年3月以降、伸びはプラスを維持。5月は前年同月比+6.2%の64.0億ドルと、伸びに関しては4月(同+6.2%、61.4億ドル)から横ばいだった。輸出全体の約55%を占める電子製品の伸び(同+1.3%)は4月(同+0.8%)を上回ったものの低調だった。主な輸出先である中国でのロックダウンの影響で、物流が滞ったとみられる。今後は、中国での同緩和により輸出増が期待される。輸入は、5月は同+31.4%の119.9億ドル。コモディティ価格高騰とペソ安が輸入額を押し上げていることに加え、内需の増勢により今後しばらく増加し続けるとみられる。貿易収支は赤字が拡大しており、大きな懸念事項になっている。今後も輸入額の増加を背景とし赤字拡大が続くとみられる。

 

    主要経済指標(出所)フィリピン統計機構よりSCGR作成

 

物価:上昇ペースが加速している。6月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比+6.1%と前月の同+5.4%より加速し、インフレ目標である+2~+4%を3か月連続で上回った。ロシアのウクライナ侵攻を受けコモディティ価格が高騰しているほか、ペソ安進行からの輸入物価高騰などがインフレ加速の主な原因になっている。政府は物価上昇を抑えるため公共交通機関やタクシーの運転手に補助金を支給しているものの、食品価格などの上昇から賃上げが実施されており、価格転嫁が相乗的に進むことを懸念している。しかし、今後数か月はインフレが加速するとみられるものの、その後はコモディティ価格の下落を背景にピークアウトする可能性がある。

 

金融政策: 利上げが始まっている。中央銀行は、5月と6月にそれぞれ政策金利を0.25%pt引き上げ、7月には緊急で金融政策決定会合を開き、さらに0.75%ptの大幅引き上げを実施し3.25%とした。インフレが加速しており、米国の利上げで資金流出が進みペソ安が加速していることが利上げの主な背景。今後数か月は追加利上げが実施されるとみられる。

 

財政政策:大幅な赤字が続いている。COVID-19による経済の落ち込みにより税収減となり、またCOVID-19対策のための支出が膨らみ、財政収支のGDP比は2019年の▲3.4%から2020年は▲7.6%、さらに2021年は▲8.6%にまで悪化した。2022年は、政府見通しでは▲7.7%。マルコス新政権は、インフラ支出は削減せず経済成長による税収増に取り組む意向。

 

    物価(出所)フィリピン統計機構よりSCGR作成

 

為替: 下落が続いている。特に6月に入り急落しており、約16年半ぶりのペソ安。年初から7月初旬までの下落率は約9%。同下落率はアジア通貨の中でも大きい。米国による金融引き締め、世界の経済成長の鈍化、経常収支の悪化が懸念され年内はペソ安が続くだろう。

 

株価:下落が続いている。世界的な株安、国内外でのインフレ高進や利上げ、経常収支の悪化、外国人投資家の売り越しなどを背景に続落。年初から7月初旬までで約12%下落している。今後も上記などを背景に下落が続くとみられる。

 

    為替・株価 (出所)BloombergよりSCGR作成

 

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