「エルドアン大統領がアサド大統領との会談の可能性に言及」中東フラッシュレポート(2022年12月後半/23年1月前半号)

2023年01月25日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2023年1月18日執筆

 

1.トルコ/シリア:エルドアン大統領がアサド大統領との会談の可能性に言及

 1月5日、トルコのエルドアン大統領は、シリアのアサド大統領と会談を行う可能性について言及した。トルコは2011年の"アラブの春"をきっかけに勃発したシリア内戦において、アサド政権の打倒を目指す反体制派を一貫して支持しアサド政権と対立してきたため、両国政府高官による会談は過去10年以上行われてこなかった。しかし、昨年末の12月28日にモスクワでトルコ、シリア、ロシアの3か国の国防相による会談が行われ(シリア難民とクルド民兵の問題が話し合われた)、流れが変わった。トルコが、シリア北部を拠点とするクルド勢力に対する軍事攻撃を計画していることと関係していると思われる。1月後半には同3か国の外相会談が調整されており、その後に3か国の首脳会談という流れになる可能性がある。

 

 シリア北部のクルド地域に対するトルコの軍事攻撃に関しては、「シリアの領土に対する主権侵害」という理由からシリアもアサド政権を支援するロシアも反対しているが、アサド政権も同国北部でのクルド勢力の拡大をあまり好ましくは思っていない。また米国も、これまで対IS(イスラム国)戦で同地のクルド勢力を軍事・財政的に支援し共闘してきたこともあり、トルコによる軍事攻撃には反対している。2023年5月にトルコで実施される大統領・議会選挙への影響を考えるエルドアン大統領と、12年越しで国際社会への復帰をにらむアサド大統領に加え、クルド勢力への支援以外にもトルコとの問題が山積する米国や、ウクライナ侵攻以降国際社会での立場を弱めるプーチン大統領らによる本件を巡る駆け引きが今後注目される。

 

2.イスラエル:ネタニヤフ首相再選とこれまでで最も右寄りの政権の誕生

 12月29日、イスラエル国会の承認を経てネタニヤフ首相による第6次内閣が発足した。今回の連立政権には極右政治家が複数入閣していることが注目されており、彼らはパレスチナ国家の樹立を目指す「二国家解決案」を否定し、ヨルダン川西岸地区のイスラエルへの併合を訴えているため、今後アラブ系イスラエル人やパレスチナとの緊張が高まることは必至とみられる。極右政治家の1人であるベン・グビール国家治安相は、1月3日に早速エルサレム旧市街にあるイスラム教第3の聖地であるハラム・アッシャリーフ(ユダヤ教徒は神殿の丘と呼ぶ)に足を踏み入れ、欧米諸国やアラブ・イスラム諸国はこの行為に対して強い懸念を示した。

 

3.トルコ:2023年1月から最低賃金をさらに55%引き上げ

 12月22日、エルドアン大統領は2023年1月から月額最低賃金を55%上げて8,500リラ(約6万円)にすると発表した。2021年後半からの急激なリラ安とインフレが労働者の生活に与える悪影響を和らげるために、2022年1月に50%、7月にも30%の最低賃金の引き上げがあった。トルコの労働者の約4割が最低賃金で働いているため、影響は大きい。また、このような労働者層はエルドアンの支持層と重なるため、低収入世帯のための50万戸の住宅建設プロジェクトの発表などと同様、2023年5月に実施される選挙に向けたエルドアンおよび与党による支持固めともみられている。

 

4.第2回「協力とパートナーシップのためのバグダッド会議」がアンマンで開催

 12月20日、ヨルダンの首都アンマンで第2回「協力とパートナーシップのためのバグダッド会議」が開催され、中東諸国のリーダーやフランスのマクロン大統領、EUのボレル外務・安全保障政策上級代表らが参加し、中東地域の緊張緩和について話し合った。第1回会議は2021年8月にイラクのバグダッドで、マクロン大統領の呼びかけで開催された。初回と同様今回もライバル関係にあるサウジアラビアとイランの両外相が出席し、別枠で会談を行ったとのこと。ボレル氏はイランの外相との会談を行い、イラン国内でのデモ隊に対する厳しい弾圧を止めるよう要求すると同時に、一時停止中のイラン核合意(JCPOA)再建協議についても意見交換がされたもよう。

 

5.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 1月5日、イラク計画省傘下の中央統計局は、イラクの人口が42,248,883人に達したことを発表した(前年比2.5%増)。年齢別にみると、15歳未満が人口の40.5%、15~64歳が56.5%で、65歳以上はわずか3.1%(日本は65歳以上が人口の29.1%で世界最高)。平均寿命は74.5歳。
  • 1月10~13日、ヨルダンのサファディ下院議長がバグダッドを訪問し、イラクの大統領、首相、国会議長などと会談を実施。会談後の記者会見で、バスラ-アカバ石油パイプライン建設プロジェクトに関する言及があった。
  • 1月12日、スーダーニ首相はドイツのベルリンを初訪問。13日にはショルツ首相などドイツ政府高官と会談を実施し、今後5年間で6GWの発電所建設などに関する覚書を独シーメンス社と締結した。なお、スーダーニ首相は1月後半にフランス訪問、2月には米国訪問を調整中とのこと。
  • スーダーニ首相は、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、米軍のイラク駐留を容認する発言を行った。米軍の戦闘部隊は2021年末にイラクから引き揚げたが、イラク軍への支援や助言を目的とする米兵(約2,000人)は今も駐留を続けており、特にイランに近いシーア派勢力は米軍の完全撤退を強く求めてきたため、同勢力の支持を受けて首相に擁立されたスーダーニ首相の今回の発言は、少なからず驚きを持って受け止められている。

 

  • 治安・その他
  • 1月6~19日に、イラク南部の都市バスラにおいて、第25回アラビアン・ガルフ・カップが開催された。同大会は湾岸周辺のアラブ諸国8か国(湾岸協力会議GCC加盟6か国+イエメン+イラク)の代表が参加するサッカーの国際大会で、イラクでの開催は実に44年ぶりである。ただ、隣国イランの外務省は、大会の名称が"ペルシャ湾"ではなく"アラビア湾"という呼称を使用している事に関して、「事実を歪める」としてイラク大使を呼び出して警告。イラン・サッカー協会はFIFAに苦情を提出するとしている。

 

  • 石油・経済
  • 12月度原油輸出速報:輸出額 76.06億ドル。輸出量 日量333.2万バレル(bpd)。平均単価 1バレル73.64ドル。
  • アブドゥルガニ石油相は、2022年のイラクの原油輸出量が年間平均で332万bpdであり、年間で1,150億ドルの石油販売収入を上げたことを発表した。
  • 1月10日、イラク・ディナール(IQD)は市場で取引される非公式レートで、過去最低レベル1ドル=1,601IQDを付けた(公式レートは1ドル=1,450IQD)。IQDの下落は、スーダーニ政権が米財務省から求められた国際金融取引報告基準の順守を始めた2022年11月以降に顕著になっている。

 

6.リビア情勢

  • 1月10日、エジプトの首都カイロでリビアのメンフィー大統領評議会(PC)議長とハフタル・リビア国民軍(LNA)司令官が会談を行い、メンフィー議長は、代表議会(HoR)と国家高等評議会(HCS)による選挙実施に向けた調整が失敗に終わった場合には、プランBとして同議長が緊急事態を宣言し、HoRとHCS、東西両政府を解散し、PCが選挙までのプロセスを主導するという提案をしたとのこと。

 

  • 1月16日、市民活動家はPCに対し、HoRとHCSの機能停止と選挙日程の確定を求める65万人の署名を提出した。リビアでは2021年12月に予定されていた選挙が延期になったが、その後もHoRとHCSによる話し合いが進まず選挙が無期限に延期されている。

 

 

  • 12月11日、1988年のパンナム機爆破事件(270人が死亡)に関し、爆発物製造に関与した疑いで起訴されていたリビアの元情報機関員が米国で拘束された。ドゥベイバ国民統一政府(GNU)首相は、同容疑者を米国に引き渡したことを認めているが、米国とリビアの間では犯罪人引渡条約が締結されていないため、国内では同首相に対する批判も出ている。1月12日にはバーンズ米CIA長官がリビアを訪問し同首相らと会談。

 

  • リビアの2022年の原油生産量は99万bpdだった。4~7月の減産が響き、生産量は前年より15%低下した。

 

  • 1月2日、国際エネルギー・フォーラム(IEF)はリビアを72か国目のメンバー国として承認したことを発表した。

 

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。