「トルコ大統領・議会選挙の結果と新政権の発足」中東フラッシュレポート(2023年5月後半号)

2023年06月20日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2023年6月14日執筆

 

1.トルコ:大統領・議会選挙の結果と新政権の発足

 5月14日、トルコで大統領・議会選挙が実施された。議会選挙の結果は、エルドアン大統領が党首を務める与党「公正発展党(AKP)」主導の「人民連合」が過半数議席(600議席中323議席)を獲得し、議会での優勢を維持した。選挙前の世論調査では、エルドアン大統領およびAKP打倒で共闘した野党6党による「国民連合」が優勢との予想が多かったが、与党連合の優勢は揺るがなかった。

 

 大統領選挙には、最終的に3人が立候補し、再選を目指すエルドアン大統領の得票率が49.52%、対抗馬となった「国民連合」の統一候補クルチダルオール氏は44.88%と、得票率50%を超える候補者がいなかったため、結果は2週間後のトップ2人による決選投票に持ち越された。5月28日に実施された決選投票では、エルドアン大統領が52.18%、クルチダルオール氏が47.82%の得票率で、過半数を取ったエルドアン大統領の再選が決まった。

 

 6月2日には新議会の初会合が招集され、翌3日にはエルドアン大統領が議会での大統領就任式に出席。その後、新政権の閣僚名簿が発表されたが、注目されたのはシムシェキ元副首相/財務相が新たに財務相に任命されたことである。同氏は金融市場からの信任が厚いエコノミストで、エルドアン大統領が進めてきた高インフレ下での低金利政策に反対してきた人物。政策転換による経済立て直しがどこまで進むかに注目が集まる。

 

2.湾岸諸国:2023年はGDP成長率が鈍化

 2022年は原油価格が比較的高値で推移したことと、2020年4月に発表されたOPECプラスの大規模協調減産がほぼ終了し原油生産量が増加したことで、湾岸産油国の収益は各国で過去最高レベルを記録した。しかし2023年は、2022年に比べ原油価格が軟調なことと、新たな減産が始まったことで生産量が減少するため、GDP成長率は鈍化する見通し。世界銀行によると、サウジアラビアは2022年には+8.7%の高成長を記録したが、今年は+2.2%となる予想。サウジアラビアの2023年第1四半期の成長率は、前期比で▲1.3%と減速している。その他の湾岸諸国も、今年の成長率は+1.3~3.3%と、各国昨年よりも鈍化する見通し。

 

3.アラブ連盟サミットにアサド大統領とゼレンスキ―大統領が出席

 5月19日にサウジアラビアのジェッダで開催されたアラブ連盟首脳会議に、シリアのアサド大統領とウクライナのゼレンスキー大統領が出席した。当初、今回のサミットの目玉は、12年ぶりにアラブ連盟サミットに出席するアサド大統領だったはずだが、ゼレンスキー大統領が急きょ出席したことで、アサド大統領復帰の印象が薄れた。

 

 ゼレンスキー大統領をサミットに招待したのは議長国のサウジアラビアだったとのことだが、シリアのアラブ連盟への復帰には欧米諸国のみならずアラブ連盟の内部にも異論があるため、アサド大統領ではなくゼレンスキー大統領に注目が集まったことは、サウジアラビアとしては望ましかったと思われる。また、サウジアラビアはOPECプラスの枠組みでロシアと協調減産を行っており、欧米から「ロシア寄り」と批判されることも多く、そういった批判をかわす目的もあったものと思われる。

 

 ゼレンスキー大統領は議場の演説で、クリミア半島のタタール人イスラム教徒がロシアの占領によって虐げられているとして、ウクライナへの支援と協力をアラブ諸国のリーダーたちに訴えかけた。ゼレンスキー大統領は、その後ジェッダから日本へ移動し、こちらもサプライズでG7広島サミットに出席した。

 

4.オマーン:ハイサム国王がエジプトとイランを訪問

 5月28~29日、オマーンのハイサム国王がイランを訪問した。オマーンの国王がイランを訪問するのは約10年ぶり。オマーンは全方位/善隣外交を外交政策の主軸としており、敵を作らず、互いに対立する国同士の仲介に積極的で、2015年のイラン核合意(JCPOA)につながる米国とイランの協議を仲介したことや、2022年3月のイランとサウジアラビアの国交回復に貢献したことも記憶に新しい。5月初旬には米政府高官がオマーンを訪問しており、またイラン訪問の1週間前(5月21~22日)には同国王がエジプトを訪問しているので、今回のイラン訪問目的も、米政府からのメッセージをイラン側に伝えるためとも、イランとエジプトの外交関係改善のためとも言われている。イランとエジプトの外交関係改善に関しては、イランのハメネイ最高指導者は、「エジプトとの外交関係改善を歓迎する」と発言している。

 

5.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 5月19日、イラクのスーダーニ首相は、サウジアラビアのジェッダで開催されたアラブ連盟首脳会議に出席した。
  • 5月22日、イラク北部クルド自治区(KRI)の議会は、議会選挙を2023年11月18日に実施すべく選挙委員会の立ち上げに関して協議したが、少数民族に割り当てられる議席配分などを巡って議論が紛糾し、議会を主導するクルディスタン民主党(KDP)と対立するクルディスタン愛国同盟(PUK)の議員の間で殴り合いの乱闘に発展した。
  • 5月26日、イラクのフセイン外相はオマーンのバドル外相との電話会談を実施し、イラク国内にあるイラン政府の凍結資金についての協議を行った。

 

  • 石油・経済
  • 5月度原油輸出速報: 輸出額 73.06億ドル。輸出量 日量330.5万バレル。平均単価 71.30ドル/バレル。
  • 5月14日、イラク内務省は変動する闇市場の為替レートを管理するため、人々の米ドル取引を禁止した。公式レートと闇市場の為替レートの差を縮めようとする試みで、違反した者には罰金100万ディナール(約770ドル)が科される。
  • 5月16日、イラク石油省は2018年に実施された第5次石油・ガス田国際入札で落札されなかった鉱区に新たな鉱区を付け加えた"第5+次"の入札を発表し、国際エネルギー企業に応札を呼びかけた。入札に出されたのは13の油・ガス田の探鉱・開発案件で、うち4か所が第5次入札で落札されなかった鉱区。原油の輸出はOPECプラスの減産調整や不十分な輸送インフラなどであまり増加が見込めないため、国内生産が追い付いておらずイランからの輸入に頼っているガスの増産への投資が求められている。
  • 5月25日、第5回イラク・サウジ調整評議会が開催され、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコがイラク西部のアッカス・ガス田に投資することで合意。また、サウジの公共投資基金(PIF)による30億ドルの投資を実施するための「サウジ・ イラク投資会社」の設立や、イラクとサウジを繋ぐ容量1,000MWの電力網建設に向けた協力でも合意した。
  • 3月下旬から止められているKRIからトルコへの送油パイプラインは、いまだトルコ側によって止められており、KRIの油田操業に影響を与えている。トルコ側は、国際商業会議所(ICC)が命じたイラクへの15億ドルの違約金支払いと、イラク側がICCに仲裁を要請している別件に関して、イラク側との交渉を希望しているとみられる。

 

  • 治安・その他
  • 5月16日および23日に、イラク北部シンジャールのクルディスタン労働者党(PKK)の拠点に対して、トルコ軍によるドローン攻撃があった。
  • イラクの水問題が深刻化している。イラクを流れるチグリス・ユーフラテス川の上流に位置するトルコやシリアにおけるダム建設で、河川の水量が減少。国内でもKRIを含む北部におけるダム建設や気候変動による降雨量の減少で水位が低下している。同国南部の農業地帯での水不足や水質汚染の問題が深刻化しており、デモや地域紛争の原因となっている。

 

6.リビア情勢

  • 5月23日、選挙に関する法的根拠を協議する「6+6合同委員会」はモロッコで会議を開催し、これまで対立してきたすべての争点において意見が完全に一致したと発表した。しかしその後、サーレハ代表議会(HoR)議長は、「選挙は現在トリポリにある政府(国民統一政府:GNU)ではなく、別の中立な政府の下で行われるべき」と発言。報道内容によると、上下両院の議会選挙には二重国籍者は立候補できないとのこと。

 

  • 5月28日、トリポリ市内で2つの武装勢力間での衝突が発生したが、別の武装勢力の仲介で収まったもよう。

 

  • 5月30日、リビア外務省は、スーダンの首都ハルツームのリビア大使館に対する武装集団の襲撃を、「外交関係に関するウィーン条約」違反であるとして非難した。ハルツームにある複数の外交施設が武装集団の襲撃に遭っている。

 

  • モロッコのブリタ外相は、6月にトリポリとベンガジの領事館を再開することを発表した。大使館の再開については言及せず。モロッコの大使館は、2015年4月以降治安懸念を理由に閉鎖されている。

 

  • フウェイジ経済相は、省内部局に2030年に向けた経済多角化戦略の作成を呼びかけ、燃料補助金を現金支給に切り替える政府計画実施のための仕組み(技術委員会の設立)について協議した。

 

  • 9月11~14日の期間に、モロッコのタンジェで「リビアーモロッコ貿易ビジネスフォーラム」が開催される予定。モロッコの政府関係者やビジネス関係者の参加と、リビアからも100人を超えるビジネス関係者の参加が見込まれている。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。