「パレスチナのアッバース大統領が中国を公式訪問」中東フラッシュレポート(2023年6月前半号)

2023年06月30日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2023年6月27日執筆

 

1.中国/パレスチナ:パレスチナのアッバース大統領が中国を公式訪問

 6月13~16日の4日間、パレスチナ自治政府のアッバース大統領が北京を公式訪問し、習近平国家主席や李強首相など中国政府高官との会談を実施した。同大統領の訪中は5回目。

 習氏は会談の中で3つの提案として、①1967年の境界を基礎として、東エルサレムを首都とする完全な主権を持ったパレスチナ独立国家の樹立、②国際社会によるパレスチナに対する支援強化、③和平交渉再開の環境を整えるための大規模な国際会議の開催、がそれぞれ必要であるとし、中国がパレスチナ内部の和解や和平協議の促進に貢献する準備があることを伝えた。なお、米国・ロシア・国連・EUの4者(中東カルテット)の仲介による中東和平協議は、2014年に中断されて以降実施されていない。

 中国と中東の関係は、これまでビジネスや投資など経済的側面が主だったが、2023年3月に中国がイランとサウジアラビア(以下サウジ)の国交回復合意を仲介したことで、政治面でも中国の存在感が大きくなっていることがうかがえた。しかし、双方が関係改善を望み中国の仲介を快く受け入れたイラン・サウジと違って、極右政党が連立内にいる現イスラエル政府は「2国家解決案」を和平交渉の基礎と考えておらず、また、常にイスラエルの立場を優遇してくれる米国以外が主導するような仲介を受け入れるつもりもないものと思われる。

 

2.サウジアラビア/イラン:両国の外交関係回復は順調に進捗

 6月17日、サウジのファイサル外相がイランを訪問し、ライーシ大統領やアブドラヒヤン外相などとの会談を実施。相互尊重、内政不干渉、国連憲章の順守などの重要性を確認し、海洋安全保障などに関する協力に関しても話し合われた。サウジの外相によるイラン訪問は、2016年に両国が国交を断絶して以降で初めてとなった。ファイサル外相は、サルマン国王からのサウジへの招待状をライーシ大統領に手渡したとされる。両国は7年間の国交断絶期間を経て、2023年3月に中国の仲介で国交回復に合意し、4月に北京で外相会談を実施。6月にはサウジの首都リヤドにイラン大使館が、ジェッダには領事館が再開するなど、両国の関係回復は着々と進んでいる。

 

3.中国/アラブ:アラブ・中国ビジネス会議の開催

 6月11~12日、サウジのリヤドで「アラブ・中国ビジネス会議」が開催され、中国とアラブ諸国20か国以上から3,500人以上の関係者が集まった。サウジ投資省と中国企業Human Horizonsの間での電気自動車の開発・製造・販売に関する56億ドルの覚書への署名や、サウジに製鉄所を建設する5.3億ドルの合意、サウジで銅の採掘を行う5億ドルの合意など、合計で100億ドル以上の合意に署名された。2022年の中国とアラブ諸国の総貿易額は4,300億ドルで、その4分の1が中国とサウジの貿易額(1,060億ドル)である。2022年の中国とサウジの貿易額は、前年比で3割増加している。

 

4.イラン:ライーシ大統領が反米の中南米3か国を訪問

 6月12~15日、イランのライーシ大統領が、イランと同様米国の制裁に苦しむ中南米の3か国(ベネズエラ、ニカラグア、キューバ)を訪問し、それぞれの国でマドゥーロ大統領、オルテガ大統領、ディアス・カネル大統領との会談を実施、合同経済委員会の立ち上げなどについて協議した。世界最大の原油埋蔵量を誇るベネズエラとはOPECの原加盟国同士であり、また現在両国は、BRICSへの加盟を希望している。ライーシ大統領は、ベネズエラでエネルギー関連など25の合意に署名し、二国間貿易額を現在の30億ドルから200億ドルまで拡大する方針を示した。その後訪問したニカラグアとキューバでも、エネルギーや医療関係などの各種協力文書に署名し、キューバではカストロ元国家評議会議長との会談も実施。中南米の反米国家との結束を固めた。

 

5.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 6月12日、イラク議会は2023~25年の3か年の連邦政府予算を承認した。2023年単年の予算規模は1,530億ドルと過去最大規模で(2021年予算の約1.5倍)、488億ドルの赤字予算。インフラ投資に力を入れ、2025年の選挙に向けて国民の支持を固める意向とみられる。予算の前提となる原油輸出量は日量350万バレル(bpd)で、原油価格は70ドル/バレルの想定(財政均衡油価は96ドル/バレル)。イラクは歳入の9割を石油収入に依存しているため、油価が上がれば余裕が出るが、下がればプロジェクトの保留や支払い遅延などのリスクが高まる。
  • クルド自治政府(KRG)へは歳入の12.67%が割り当てられる。KRGは条件として40万bpdの原油をトルコ経由で輸出する想定となっているが、国際商業会議所(ICC)による仲裁裁定の違約金を巡って、3月下旬以降トルコ側がパイプラインを止めている影響で、過去3か月間トルコ経由の原油輸出が止まったことが、クルド自治区の油田操業・原油生産に悪影響を及ぼしている。
  • 政府予算で「人民動員部隊(PMF)」の予算が26%増額となり、3年間で26億ドルが配分されることになった。PMFは、もともと対IS(イスラム国)戦の際に組織化されたシーア派民兵集団で、その後形式上は政府軍の傘下に入ったが、イランとのつながりが強く、完全にイラク軍の指揮系統で動いてはいない。今後3年間で人員の倍増が想定されており、PMFの勢力拡大につながると予想される。
  • 6月14日、PMFの創設9周年の祝賀式典にラシード大統領、スーダーニ首相、ハルブーシ国会議長らが出席。首相はスピーチの中で、PMFのおかげでISを打倒できたこと、イラクの治安を守るために今もPMFが必要不可欠であること、そしてPMFが憲法上でも正当性があることなどを改めて強調した。スーダーニ首相は、PMFとつながりのある政治勢力から推されて首相になった人物。
  • 6月12~13日の2日間、スーダーニ首相はエジプトを訪問し、シシ大統領やマドブーリ―首相、そしてスンニ派の最高権威とされるアズハル大学総長などとの会談を実施した。外相ら複数の大臣や中央銀行総裁、投資局長官、企業関係者なども同行した。経済関係を強化する11の覚書に署名し、イラク復興へのエジプト企業の参画やヨルダンも含めた3か国協力の推進について協議した。首相のエジプト訪問は、2023年3月に続いて2度目。

 

  • 石油・経済
  • 5月度原油輸出速報: 輸出額 73.06億ドル。輸出量 日量330.5万バレル。平均単価 71.30ドル/バレル。
  • 6月10日、イラク国内にあるイラン政府の凍結資金のうち約27億ドルがリリースされ、必需品の購入やイラン人のハッジ(メッカへの大巡礼)のための費用などに充てられた。

 

6.リビア情勢

  • 6月6日、モロッコのブリタ外相は、5月22日からモロッコで行われてきたリビアの「6+6合同委員会」が選挙法の内容で合意に至ったと発表した。しかし、同日ミシュリ国家高等評議会(HCS)議長とサーレハ代表議会(HoR)議長が出席して行われる予定だった最終合意案への署名は、大統領選挙への出馬条件に関する対立が解消せず、結局延期された。

 

  • 6月7日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相が、主要閣僚とともにローマを訪問。イタリアのメローニ首相以下政府幹部との会談を実施し、石油・ガス、電力、移民・国境警備、海底ケーブル、リビア航空の乗り入れなどに関する覚書に署名した。

 

  • 6月8日、IMFは、10年ぶりに実施した4条協議の報告書を公表した。その中で、2023年はリビアの輸出と政府収入の95%を占める石油・ガス分野で+15%の成長が期待されるとする一方で、石油・ガスから脱却して経済を多様化させ、より力強く民間部門の成長を促進させることが重要な課題であると指摘した。またIMFは、リビアの外貨準備高が820億ドルに達し、それとは別に700億ドルに上る凍結資産が国外に存在すると指摘した。

 

  • 6月14日、リビアからイタリアを目指して出航した700人以上の移民・難民を乗せた船がギリシャ沖で沈没した。104人が救出され、78人の死亡が確認されているが、おそらく数百人が水死したものとみられている。欧州を目指して地中海を渡ろうとする移民・難民を載せた船の事故で、過去最大規模の惨事となった。 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)
以上

 

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。