「コーラン焼却デモに対するイスラム諸国からの強い反応」中東フラッシュレポート(2023年6月後半号)

2023年07月27日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2023年7月21日執筆

 

1.中国/カタール:2件目の27年間LNG売買契約締結

 6月20日、カタールのドーハで、カタール・エナジー(QE)と中国の国有企業・中国石油天然気集団公司(CNPC)による、27年間という超長期のLNG売買契約締結の署名式典が行われた。同契約でカタールは中国に、LNG年間400万トンを供給する。2022年11月には、同じく中国国有企業のシノペックがQEと27年間のLNG売買契約(年間400万トン)を交わして話題になっており、1年足らずの期間のうちに中国とカタールの間で2件目の超長期LNG供給契約締結となった。なお、今回の契約にはカタールのNFE(North Field East)ガス田の権益一部譲渡も含まれる。中国は、米国やオーストラリアとの関係悪化から、LNGの供給先としてカタールを戦略的に重要視しているものと思われる。カタールとしても長期契約の締結は安定収入につながるため喜ばしい状況とみられる。

 

2.トルコ:中央銀行は政策金利を15%に利上げ

 6月22日、トルコ中央銀行はエルカン新総裁を迎えてから初めての金融政策委員会を開催し、それまで8.5%だった政策金利を15%まで引き上げた。新総裁は、エルドアン大統領が続けてきた低金利政策を終わらせ6.5%ポイントの利上げを実施したが(過去2年間で初の利上げ)、5月のインフレ率が約40%で、市場のコンセンサスは20%への利上げだったため、エルドアン大統領の意向を気にした中途半端な利上げとみなされ、1ドル=26リラ台の過去最安値を更新した。

 

3.フランス/サウジアラビア:ムハンマド皇太子がフランスを公式訪問

 サウジアラビア(以下、サウジ)のムハンマド皇太子兼首相が、6月14日から約10日間にわたる日程でフランスを公式訪問した。6月16日にはマクロン仏大統領との会談・昼食会を実施。6月19日には、2030年万博のリヤド誘致に関するレセプションに出席し、6月22~23日には、マクロン大統領主催の新グローバル金融協定サミットにサウジ代表団の代表として出席した。フランスのメディアは、ムハンマド氏の長期間に渡る滞在について、今訪問が万博の開催地を決める博覧会国際事務局(BIE)のあるパリでの誘致活動が大きな目的であると紹介している。2030年は同氏が進める経済社会改革「Vision 2030」の締めくくりの重要な年であり、万博誘致を一つの目玉にしたいと考えているとみられる。

 

4.UAE/カタール:外交関係の正常化に合意

 6月19日、UAE、カタール両政府は両国に6年ぶりに大使館・領事館を再開し、外交関係を正常化することを発表した。両国外相は電話会談を行い、外交施設の再開を歓迎した。両国関係は、2017年6月にUAEやサウジなどがカタールに対するさまざまな不満を表明し、突如カタールに断交を宣言する形で国交を断絶した。その後2021年1月に、サウジのアル・ウラーでの湾岸協力会議(GCC)サミットにおいて断交解消の発表があり、サウジとエジプトは比較的速やかにカタールとの関係改善を進めたが、UAE・カタール間では関係改善に時間がかかり、このたびようやく外交関係の正常化に至った。

 

5.スウェーデン:コーラン焼却デモに対するイスラム諸国からの強い反応

 6月28日(イスラム教の犠牲祭初日)にスウェーデンの首都ストックホルムのモスクの前で、イラク人移民男性がイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを実行したことに対し、イスラム諸国から激しい非難が起きている。トルコのフィダン外相は、「非常に不快で卑劣極まりない。表現の自由という名目で反イスラムデモの実施を許可することは容認できない」と強く非難。イラクの首都バグダッドでは、デモ隊がスウェーデン大使館になだれ込む騒ぎが発生。モロッコ政府は在スウェーデン・モロッコ大使を召還し、UAEやイラン、ヨルダンなどはスウェーデン大使を呼び出して抗議した。7月2日にはイスラム協力機構(OIC)が緊急会合を開き、宗教的な憎悪をあおる行為を明確に禁止する国際法制定などの再発防止策が必要であると呼びかけた。

 

6.イラン:5月の原油輸出が日量150万バレルを超える

 データ分析会社Kplerによると、5月のイランからの原油輸出量が2018年以来初めて日量150万バレル(bpd)を超えたとのこと。5月のイランの原油生産量は268万bpd。中国やベネズエラ、シリアなどが、制裁下にあるイラン原油をディスカウントで購入している。

 

7.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 6月15日、カタールのタミーム首長がイラクを訪問し、スーダーニ首相やハルブーシ国会議長、クルディスタン地域政府(KRG)のバルザーニ大統領などと会談した。タミーム首長のイラク訪問は過去2年間で2回目。 2か所の発電所建設や2つの新都市開発など、合計95億ドル相当の覚書へ署名がなされた。カタールからイラクへのLNG供給に関する合意などもあったもよう。タミーム首長は今後数年間にイラクに50億ドルを投資すると約束した。
  • 6月20日、イラク内閣は、2023年12月18日を地方議会選挙の正式な日程として決定したことを発表した。2022年に政界を退いたムクタダ・サドル師が、今回の地方議会選挙での政界復帰を考えているとのこと。
  • 6月20日、KRGのバルザーニ首相がトルコを訪問し、エルドアン大統領やフィダン外相などと会談した。KRGからトルコへの原油パイプラインは、トルコ側に止められたままの状態である。

 

  • 石油・経済
  • 6月度原油輸出速報: 輸出額 71.15億ドル。輸出量 日量333.5万バレル。平均単価 71.11ドル/バレル。
  • 6月16日、イラクの電力相は、イランからのガス輸入代金を完済したと発表した。現在イラクの電力需要は34,000MWだが国内の発電量は24,000MWで、足りない電力や燃料ガスを隣国のイランから輸入している。イランは現在米国の厳しい経済制裁下にあり、米ドルでの送金が制限されるため、支払うことができないガス輸入代金がイラク国内の銀行に凍結されていた。
  • 6月19日、イラクの石油相は第6次入札(アンバール/ニナワ/ナジャフ県の11か所のガス鉱区)を発表した。
  • UAEとイラクの港を結ぶ初の直接貨物輸送サービスが開始された。ドバイのジュベル・アリ港とバスラのウンム・カスル港を結ぶ36時間の航路により、これまで両国間の陸上輸送に14日間かかっていた輸送時間が大幅に短縮される。

 

  • 治安・その他
  • スウェーデンでのコーラン焼却デモを受け(記事5.参照)、翌6月29日、バグダッドのスウェーデン大使館にデモ隊が乱入した。デモ隊はムクタダ・サドル師の支持者で、同師はスウェーデン大使の国外退去を求めて支持者にデモを呼びかけた。イラク外務省は大使を呼び出し「コーランを燃やすのは表現の自由ではない」と抗議し、コーランを燃やしたイラク人の引き渡しを求めた。このイラク人は37歳のキリスト教徒の男性で、数年前に難民としてスウェーデンに移住。コーランの発禁処分を求めており、次回のデモではコーランとともにイラク国旗も燃やすと宣言している。

 

8.リビア情勢

  • 6月17日、リビア東部の実力者でリビア国民軍(LNA)司令官であるハフタル将軍が、選挙を実施するための統一実務家政府の樹立を呼びかけた。リビア東部勢力は、現在のトリポリにいる国民統一政府(GNU)ではなく、新たな政府の下で選挙を実施することを主張している。

 

  • 6月24日、リビア東部政府(GNS)のハマード首相は、GNUが石油収入を浪費していると非難し、東部政府支配下にある油田・ガス田からの生産を停止すると脅した。GNUのアウン石油・ガス相は、「石油・ガスの輸出が止まれば困るのはリビア国民だ」として、油・ガス田の閉鎖を脅しの材料に使うGNSをけん制した。石油輸出はリビアの輸出の95%を占める死活的に重要な産業であるため、東西の分裂が続く限り今後も政争の具として使われ続け、それがリビアの経済発展に悪影響を与えている。

 

  • 6月30日、リビア東部ベンガジ近郊の空軍基地に対してドローン攻撃があった(負傷者は無し)。同基地にはロシアの民間軍事会社ワグネルが駐留している。GNUの軍参謀総長は「我々は東部の基地を攻撃していない。リビアの東西勢力の対立をあおろうとしている」として関与を否定。2020年に東西勢力の間で和平協定が結ばれたが、それ以降もワグネルはリビア東部や南部地域での駐留を続けている。

 

  • 6月のリビアの産油量は日量112万バレル(bpd)。5月の115万bpdから微減。

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上 

 

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