市場概観:政治と経済の交差点
2024年06月20日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行
2024年6月18日執筆
世界経済の成長見通しは引き上げられ、戦争をきっかけに大きく変動した物価の状況も徐々に安定に向かっている。失業率はおおむね低水準で推移しており、物価上昇率に劣後していた賃金上昇率もようやくそれに追いついてきた。また、株価や不動産といった資産価格は、高値警戒感が燻るものの、安定した状態が続いている。
本来であれば、こうした「ゴルディロックス経済」は心地良いはずなのだが、各地の選挙を通じて見てみると、ぬるま湯経済に対する市場の前向きな評価と社会の受け止めには大きなギャップが生じている。欧州議会選挙、インドや南アフリカでの総選挙では、これまでの政治を否定するような動きが確認された。特にインドに関しては、経済好調でモディ政権には強い追い風との評価だったこともあって、選挙結果は意外感を持って迎えられた。
7月初旬に投票される英国やフランスの総選挙は既に現政権の敗北が決定的な状況だ。日本でも岸田政権の支持率低下が鮮明となっており、春先に話題に上った夏以降の解散・総選挙へ向けての機運は、報道されている限りでは、大きく後退している。
そして、いまの世界経済をけん引しているほど好調な米国でも、バイデン政権への支持が高まってこない。「世界最強」ともいわれる米国では株価は高値で安定し、ドル高により購買力も安定しており、債券高(短期金利よりも低金利)で政府や企業の資金調達コストは安定している。しかし、こうした恩恵は米国民にあまねくもたらされているということではないようだ。むしろ、値上がり益を吹き飛ばしてしまうほどの住宅保有コストやサービス価格といった物価水準の高さに対する不満が、毎日のように内外メディアで取り上げられている。
政権支持率の低下や政権交代まで行かなくても、政権与党が支持を失うことでこれまでの政策からの変化が見込まれる。近年稀に見るほど重要選挙が多い年であることを踏まえると、政策を通じて、経済成長やその構造に大きな変化をもたらすことになる可能性もあるだろう。例えば、移民制限や減税などはようやく落ち着いたインフレを再加速させるリスクもあるだろうし、環境政策にも影響が及ぶことになるかもしれない。政策において「Leads and Lags」が生じることで原材料から最終製品に至るまで需給状況の変化、価格変動が見込まれる点には留意を要することになる。
銅は熱伝導や電導などの効率を高める性質から脱炭素社会の構築に向けて主役となる金属ということもあって再び投資人気が集まり、1万ドルを大きく超えて最高値を更新し、LME3か月先物で11,104ドル/トンまで急騰した。その後反落したものの9,000ドル台後半という比較的高い価格帯での取引が続いている。今回の上昇は、銅市場としては、規模の小さなCOMEXが主導していることや、市場のタイト感がまだ強まっていないタイミングで上昇したことには注意したい。いまのところ、換金需要が促されて市場の余剰玉を取引所に引き寄せてしまっているようだ。本来は需要期で景気がよければタイト感が強まっていく時期だが、価格上昇だけが先行したことで逆に弱さを露呈してしまっている。アルミは、ロシア産が西側市場から排除された後の市場形成について、引き続き観察が必要だ。ロシア産があったからこそ低位安定していた市場で、基本的には地金を輸入している、つまり「ショート」している国での輸入禁止措置であることから選択の余地は限られてくる。そのことから、地金もプレミアムもその振幅は大きくなってくるとみられる。
貴金属では金の価格上昇に合わせて銀に注目が集まっている。金銀比価は依然として80倍もあることから、銀に割安感はあるものの、比重は2倍ほど違いがある(同じ体積で金の重量が倍)ことから、価値保蔵を目的とすれば銀は置き場に困るので、手頃な金へ実物投資は集まりやすいとも言えそうだ。
原油では減産を巡る見通しが交錯している。一義的には当面不足することはないものの、やや引き締まったコンディションが続くだろう。財政均衡油価や経常収支均衡油価が注目されることで産油国が求めている油価が高いことから、減産による価格目標値は高いとの指摘があるが、財政支出が拡大傾向を受けた水準であることには留意が必要だ。財政均衡を実現するためには、財政支出を減らすことでも可能だ。実際にサウジアラビアのNEOM事業の一部変更は財政の調整といえるだろう。他方で、国内事情からはそうした対応が困難な産油国は生産量を追求することもあるため、先行きの原油価格は産油国間の駆け引きも踏まえると、見通すことは非常に難しい状況が続くことになる。
以上
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