農産物概況(2025年4~5月)①世界市場と貿易戦争2.0

2025年05月22日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

2025年5月15日作成 5月20日加筆修正

概要

 

  • 世界や金融市場が混乱に陥った4月も食料価格のトレンドに大きな変化はみられず
  • 米国農務省による2025/26年度第1回需給予測:大豆・トウモロコシ・小麦の世界需給はあまり緩まない
  • 中国の米国産農産物輸入関税は高水準のまま。米国との通商交渉では農産物も重要な論点
  • ブラジルのトウモロコシ由来エタノール増産、アルゼンチンの為替制度変更や一時減税措置などが輸出に影響くおそれ

 

市況:4月の食料価格指数は小幅高

 

 トランプ米大統領が「解放の日」(と銘打った)4月2日に高率の相互関税導入を発表したことは、世界を大きく揺るがした。しかし世界全体の農産物市況をFAO(国連食料農業機関)食料価格指数でみると、4月平均は128.3pt(前月比+1.0%高、前年同月比+7.6%高)と基調自体に大きな変化はなく、新型コロナウイルスのパンデミック・異常気象・ロシア-ウクライナ戦争などがもたらした2022年までの価格高騰とその反動安からの緩やかな持ち直しが続いている。サブセクターでみると、穀物(前月比+1.2%)、砂糖(同▲3.5%)、食肉(同+3.2%)の指数はおおむね2024年から続くレンジ内での推移。昨年後半から値上がりが顕著だった油脂(植物油)が前月比▲2.3%安。生産規模が最も大きいパーム油は昨年半ば以降、東南アジアの生産不調とインドネシアのバイオディーゼル混合義務率引き上げによる輸出減少観測などから高騰し、一時は大豆油の価格を上回っていたが、高値による大豆油などへの需要シフト、パーム油の供給改善、原油安などにより4月は値下がりした。乳製品指数は昨年からバターの値上がりがけん引しており、4月も前月比+2.4%、前年同月比+22.9%の上昇。国際バター価格は3か月連続で史上最高値を更新している。

 

 

FAO食料価格指数(出所:FAOより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

世界需給:2025/26年度も大幅な需給緩和は見込まれず

 

 米国農務省は5月の「世界農産物需給予測(WASDE:World Agricultural Supply and Demand Estimates)」から新穀年度(2025/26)の需給予測を開始した。南米では2024/25年度収穫高すら確定しておらず、2025/26年度は北半球で冬作物の収穫前・春作物の作付期のため、現時点では暫定予測の位置づけとなる。 主要3品目について現時点の予測をみると、大豆は過去最高の収穫が期待されるが、北米で減産・南米で増産。生産が消費を上回り、世界の期末在庫は前年度より増えるが、在庫率(需要に対する在庫の比率)は若干低下する。トウモロコシは米国・南米ともに高水準の収穫高が予想されているが、飼料用・工業用の需要も旺盛で、消費が生産を上回り、市場の大方の予想より需給はタイトになる想定。小麦は世界生産・需要量が初の8億トンの大台を突破する見通し。小麦は輸出市場の寡占度が相対的に低く、前年度に不作だったEUやロシアが増産となれば競争は激化する。期末在庫は世界全体では比較的高水準だが、中国に全体の半分弱・米国に1割弱が偏在し、残りが多くの国に分散されている形で、各輸出国の在庫はさほど多くない。いずれの商品も、過去推移から見て高めの単収が想定されており、異常気象などの影響を受ければ生産下振れリスクは相応に高い。

 

 

世界需給(2025年5月時点)(出所:米国農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

貿易:貿易協議において農産物は重要な論点

 

 米国と中国の貿易戦争は報復関税の泥仕合となったが、両国は5月12日に90日間、関税率115%引き下げを発表。引き下げの対象は米国が中国に課した24%の「相互関税」上乗せ分とその後の報復措置で、一律関税10%と4月2日以前に有効だった関税は残る。つまり、中国が米国産農産物に3月10日付で発動した米国産農産物に対する追加関税(鶏肉・小麦・トウモロコシ・綿花15%、大豆・ソルガム・豚肉・牛肉など10%)は継続すると思われ、「90日後」に延長など新たな合意がなければ収穫期前に関税率が跳ね上がる可能性はある。中国は過去数年にわたり国内生産拡大・消費抑制・調達先分散を進めてきた一方、米国もバイオディーゼル用などの内需を増やしてきたことで大豆生産に占める輸出の割合は2020/21年度の53.7%から42%程度に下がっている。トランプ1期目に中国と「2年で米国産農産物320億ドル購入」などで合意(第一段階通商合意)した頃とは状況が大きく異なる。

 

 

 米国産トウモロコシの最大輸出先であるメキシコは報復措置を採らなかった。日本を含め、対米貿易黒字を抱える国が交渉材料として米国産農産物の購入を増やす可能性もある。事実、5月8日に米国と英国が合意した通商協定には両国の農産物市場へのアクセス強化が盛り込まれている。英国の米国産農産物輸入は主にエタノール・穀物・飼料・ナッツ類・油糧種子・ワインなど。今回の合意において、英国は米国産エタノールの関税や一部の米国産牛肉に対する関税を撤廃し、両国ともにそれぞれ相手国から最大13,000トンの牛肉輸入に対する免税枠を設けており、トランプ政権は「エタノール輸出7億ドル以上、牛肉など他の農産物輸出2.5億ドルの機会が生まれる」とアピールしている。ただし、これまでは米国畜産業の成長促進剤使用などの問題が欧州市場への米国産牛肉輸入の非関税障壁となっており、英国側が「食品基準は変えない」のであれば、関税引き下げで輸入がどれだけ増えるかは未知数。

 

 

 トウモロコシは、2023年度ブラジル産・2024年度ウクライナ産が減産となり、2024年度南米産はまだ生育/収穫期であるため、2024年度米国産の輸出需要が旺盛。イベリコ豚産地のスペインはウクライナ・ブラジルからの輸出減少と、対ドルでのユーロ高を背景に米国産飼料用トウモロコシ輸入を増やしているようだ。ロシアは新穀収穫期前の2~6月は穀物輸出に数量枠を設けており、今年は前年比大幅減となったが、ドル安で米国産が国際競争力を増すなど、小麦の輸出競争は激しい。米国・ロシアとも、冬小麦産地の天候を巡る懸念はやや後退している。

 

  • ブラジル

 

 天候不順で2024/25年度大豆収穫が遅れたが、収穫高は記録的水準。二期作トウモロコシも面積拡大で増産が期待される。2025/26年度には大豆+トウモロコシ生産量が計3億トンを超える見込みで、物流インフラのボトルネックも指摘される。なお同地では動物飼料用の需要やトウモロコシ由来エタノール生産が急拡大し、輸出量は生産ほど伸びていない。

 

 

ブラジル産トウモロコシ(出所:米国農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

  • アルゼンチン

 2024/25年度産大豆・トウモロコシの収穫期だが、4月は天候不順で農作業の遅れや品質劣化の懸念が浮上。また5月中旬には、ブエノスアイレス州とその周辺の農業地域で豪雨や洪水が発生し、収穫高が現在の予測(ブエノスアイレス穀物取引所予測:大豆5,000万トン、トウモロコシ4,900万トン)から下振れる可能性がある。

 

 

アルゼンチンペソ(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

 急進的な政策で経済安定化に取り組んできたミレイ大統領は4月14日、資本と為替に関する規制の一部解除を発表。通貨ペソはクローリング・ペッグ制から為替バンド制に移行した。ペソ安は輸出には追い風だが、為替変動が大きく、様子見姿勢もある。なおアルゼンチン政府は1月下旬、大豆・トウモロコシ・小麦などの主要作物に対する輸出税を6月30日まで一時的に引き下げ、砂糖・落花生などに対する輸出税は撤廃している。これは短期的には世界的な低価格・生産コスト上昇・農家への税負担や天候不順などに苦しむ農家の支援、中長期的には生産・投資や輸出増加を促すための将来的な輸出税撤廃の布石、と捉えられている。10月の中間選挙に向けて減税延長の期待も高まっているが、政府は財政ニーズと農業競争力のバランスをとる必要がある。5月20日時点の情報では、政府は大豆(33%⇒26%)・トウモロコシ(12%⇒9.5%)・ヒマワリ(7%⇒5.5%)などの軽減措置は終了するが、小麦・大麦は軽減税率(12%⇒9.5%)を2026年3月まで継続する意向が伝えられている。今後段階的に他の作物の輸出税も見直されるようであれば、アルゼンチン産農産物の国際競争力が高まり、世界市場にも影響が及ぶ可能性がある。

 

 

  • 中国

 4月20~21日に農業展望会議が開かれた。展望レポート(2025~34)では、穀物総生産量を2024年の7億0,650万トンから2034年までに7億5,300万トンに拡大する目標や、栽培面積拡大・特に大豆生産を促進、大豆・穀物の単収向上、などについて述べられているという。中国の公式「予測」はそうした政策目標と矛盾しない内容となっており、大豆輸入量は減少、トウモロコシ輸入は横ばいの予想だが、米国政府は2025/26年度はいずれも輸入増加を予想。中国通関統計と輸出国側の数値にズレもあり、輸入削減策の進捗には不透明さが残る。

 

 

中国(政府公式予測)(出所:中国農業農村部より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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