「トランプ米大統領が湾岸3か国を歴訪」 中東フラッシュレポート(2025年5月号)
調査レポート
2025年06月12日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2025年6月6日執筆
1.米国/湾岸3か国:トランプ大統領が湾岸3か国を歴訪
5月13~16日の4日間、トランプ米大統領は初めての本格的な外国訪問として、サウジアラビア、カタール、UAEを訪問した。注目されたのは、米国と湾岸3か国との間で合意された投資合意/コミットメントの額の大きさと、特にサウジアラビア/UAEと米国のAIに関する協力、そして米国とシリアの関係正常化に向けた制裁解除の発表である。
投資に関しては、米国とサウジアラビアとの間では6,000億ドルの投資がコミットされ(1,420億ドルの米兵器購入を含む)、カタールとの間では1.2兆ドルの経済交流に合意(カタール航空がボーイング社から飛行機210機を購入する960億ドルの契約含む)、UAEは米国への10年間で1.4兆ドルの投資枠組みにコミットした。
AI協力に関しては、サウジアラビアに新設されたAI企業HUMAINに対して米国が最先端半導体を提供することや、UAEに対してNVIDIAが最先端半導体を年間50万個販売し、米AI企業も協力してUAEに世界最大規模のAIデータセンターを建設することなどが決まった。サウジアラビアやUAEは、特にAI分野の開発に力を入れている。
シリアとの関係正常化に関しては、トランプ氏がリヤドでの演説で米国の対シリア制裁解除を突然発表。サウジアラビアのムハンマド皇太子兼首相とトルコのエルドアン大統領(オンライン)の立会いの下で、トランプ氏はシリアのシャラア暫定大統領との会談を実施し、イスラエルとの国交正常化を促した(米・シリア大統領会談は実に25年ぶり)。会談後にシャラア氏の印象を聞かれたトランプ氏は「若くて魅力的なタフガイ」と評した。
2.イスラエル/パレスチナ:ガザ攻撃開始から600日経過で高まる対イスラエル圧力
2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲をきっかけに始まったイスラエルによるガザ攻撃が、5月28日で600日目を迎えた。イスラエル最大都市テルアビブの広場では、ガザでの即時停戦と、まだガザに捕らえられている58人の人質の解放を求めて、数千人がデモを行った。一部デモ隊はネタニヤフ首相の政党リクードの本部へ侵入し、約1時間にわたって同事務所を占拠した。イスラエルでは、任務を拒否する予備役兵も増えており、世論調査では人質解放と引き換えに戦争の終結を望む声が増加している。
イスラエルによる攻撃および封鎖によるガザの惨状は世界中に伝わっており、イスラエルの外交的孤立も深まっている。英国はイスラエルとのFTA交渉を中断、EUはイスラエルとの協力協定見直しを開始、フランスは6月にサウジアラビアと共催する国連会議でパレスチナ国家を承認する予定、アイルランドはヨルダン川西岸のユダヤ人入植地で生産された物品の輸入禁止法案をまとめるなど、各国がイスラエルへの圧力を強めている。
3.トルコ:PKKが解散を発表
5月12日、トルコの非合法武装勢力「クルド労働者党(PKK)」は、トルコ政府との武力闘争を止めて解散することを発表した。過去40年間で4万人以上の犠牲者を出した武装闘争に、いったんの区切りがつくことになる。PKKは現在獄中にいる指導者オジャラン氏によって1978年に創設された組織。現在の本拠地はイラク北部となっている。当初はトルコからの独立を求めていたが、その後独立ではなくクルド人による自治や権利拡大を求めて活動するようになった。今後PKKの武装解除などのプロセスが始まることになるとみられるが、どのように展開するかについては依然多くの不確実性が残っている。
4.米国/シリア:米国による対シリア制裁の解除手続きが開始
5月23日、米政府は対シリア制裁解除の具体的な手続きを開始。米財務省は、シリア暫定政府、中央銀行、国有企業との取引を許可することを発表し、米国務省は、2019年に発効した「シーザー・シリア民間人保護法(シーザー法)」を180日間停止する制裁免除措置(ウェイバー)を発表した。このウェイバーにより、「水、電力、エネルギーなどの提供が促進され、より効果的な人道支援が可能になる」とのこと。「シーザー法」は議会で制定されており、撤回には議会での可決が必要となるため、トランプ政権はウェイバーを出すことによって制裁を一時的に免除した。なおEUも、「シリアの再建を支援するため」として、5月20日のEU外相理事会で対シリア制裁の全面解除を発表した。
5.シリア:カタール、トルコ、米企業がシリアでの大規模発電プロジェクトに参画
5月29日、シリア政府は内戦で破壊された電力部門の復興を目指し、カタール、トルコ、米国の企業連合と70億ドル相当の投資を伴う大規模発電プロジェクトの覚書に署名した。同企業連合はカタールのUCCコンセッション・インベストメンツが主導し、トルコのエネルギー企業2社と米企業1社(カタール企業の米国子会社)が参加している。署名式は首都ダマスカスの大統領官邸で、シリアのシャラア暫定大統領とバラック駐トルコ米国大使兼シリア担当特使の立ち合いのもと、シリアのバシール・エネルギー相と各企業トップとの間で執り行われた。
同プロジェクトは計5,000メガワット(MW)の発電を目指しており、4か所のガス火力発電所(総発電容量4,000MW)と、1,000MWの太陽光発電所を建設する計画。ガス発電所は建設開始後3年以内、太陽光発電所は2年以内で完成予定。シリアは14年間の内戦で電力インフラが破壊され、市民は最大1日20時間の停電に見舞われている。同プロジェクトで、シリア国内電力需要の50%以上を賄うことができると期待されている。
トルコとカタールは、シャラア氏や同氏が率いていた反体制派組織「シャーム解放機構(HTS)」などの反体制派を長年支援し続けてきたため、シャラア氏が率いるシリアの新体制に大きな影響力を保持しており、今後のシリア復興に大きな役割を果たしていくことになるとみられている。
6.イラク情勢
- 5月8日、イラクのスーダーニ首相はトルコでエルドアン大統領と会談。「イラク開発道路プロジェクト」を中心に政治・経済・安全保障面での協力について協議し、10件の覚書に署名した。イラク北部を拠点とするPKKが解散を発表したことで、うまく進めば、トルコとイラクの二国間関係における懸案事項が一つ消えることになる。
- 5月17日、バグダッドでアラブ連盟サミットが開催された。イラクでの開催は2012年以来13年ぶりだったが、トランプ米大統領の湾岸諸国歴訪と重なり注目度は低かった。ガザの問題やシリア制裁の解除などが協議されたが、参加が注目されていたシリアのシャラア暫定大統領は来ず、代わりにシャイバニ外相が参加した(シャラア氏は過去にイラクでイスラム過激派組織アルカイダに所属していた過去があるため、イラク国内で同氏のイラク訪問に対して反対の声が上がっていた)。
- 5月18日、クルド自治政府(KRG)のネチルバン・バルザニ大統領はイランを訪問し、ペゼシュキアン大統領やアラグチ外相、ガリバフ国会議長などとの会談を実施した。
- 5月19日、KRGのマスルール・バルザニ首相の米国訪問中に、KRG天然資源省は米国企業と二つのエネルギー協定に署名したが、それに対してイラク中央政府の石油省が「イラクの法律に対する明らかな違反」としてKRGを提訴した。クルド地域の資源開発に関しては、KRGは独自で外国企業と契約を結ぶ権利があると主張しているが、 イラク政府はこれを違法だと主張しており、政府とKRGの間での最も厄介な問題の一つとなっている。
- 4月の原油輸出詳細:輸出額 67億ドル、輸出量 日量5万バレル、平均単価 66.75ドル/バレル。
- 2025年第1四半期のイラクでの自動車販売数は、前年同期比1%増加と好調。電気自動車(EV)の販売は全体の3%。ブランド別販売数は、1位Kia、2位トヨタ、3位MG、4位日産、5位スズキという結果になった。
7.リビア情勢
- 5月12日、大統領評議会の監督下にある民兵組織「安定支援機構(SSA)」のキクリ指導者が、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相に忠誠を誓う民兵組織「第444部隊」の基地での会合中に殺害された(影響力の大きい同氏の殺害に首相が関与していたとの報道もある)。その後GNUの国防相は、SSAが支配していたアブ・サリム地区を掌握したと発表した。対立する勢力間での銃撃戦は市街戦に発展し民間人も犠牲になっており、比較的平穏だった首都トリポリ周辺における治安情勢の不安定化リスクが高まっている。
- 5月15日、トリポリでドゥベイバ首相の辞任とGNUの退陣を求める大規模な民衆デモが発生。経済貿易大臣を含む3人のGNU閣僚は、民衆デモを支持して辞任した。抗議行動は数日間にわたって続いた。
- 2025年1~4月のリビアの原油生産量は、日量123万バレル(bpd)。年末までに生産量を160万bpdまで増産するという国営石油会社(NOC)の目標到達は難しいとみられる。
以上
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