タイの政治経済情勢:ペートンタン政権の苦境
2025年07月15日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也
2025年7月14日執筆
概要
- タイでは2023年5月に総選挙が実施され、タイ貢献党のセター氏を首相とする11党による連立政権が発足した。しかし、2024年8月に憲法裁判所は保守派の上院議員によって提起されたセター首相の倫理規定違反の訴えを認め、同氏の解職を命じた。これによりセター首相は失職し、上下両院はタクシン元首相の次女であり、タイ貢献党党首であるペートンタン氏を新首相に選出した。連立枠組みはおおむね維持され、下院の過半数も確保されたが、連立政党間の結束はぜい弱であり、特にタイ貢献党と与党第2党であるタイ誇り党との政策の不一致が深刻化した。
- 2025年5月には、タイとカンボジアの国境地帯において両軍が衝突し、カンボジア軍兵士1名が死亡した。その後、ペートンタン首相とカンボジアのフン・セン前首相との電話会談がリークされ、ペートンタン首相は国内で批判を浴びた。この事件を受け、タイ誇り党は連立から離脱し、ペートンタン首相の支持率は急落した。7月1日には、憲法裁判所が保守派の上院議員によるペートンタン首相の倫理規定違反の訴えを受理し、判決が下されるまでの間、同氏の職務停止を命じた。7月3日には内閣改造が行われ、プームタム副首相が首相代行に就任し、ペートンタン氏は文化相として内閣に残留した。
- 憲法裁判所は最終的にペートンタン首相の解職を命じる可能性があり、その場合には下院が新首相を選出することになる。ただし、候補者は2023年5月の総選挙において各党(25議席以上)が首相候補として指名した者に限られる。このため、タイ貢献党のチャイカセム元司法相、UTN(統一タイ国家党)のピラパン党首およびプラユット元首相、民主党のジュリン前党首、タイ誇り党のアヌティン党首が候補に絞られてくるが、いずれも複雑な事情を抱えており、見通しは不透明である。プームタム首相代行が議会を解散し、総選挙に踏み切る可能性もあるが、タイ貢献党は早期総選挙の実施には消極的とみられる。
- 政権が苦境に陥る中、米国との関税交渉は喫緊の課題となっている。トランプ米政権はタイに対して36%の「相互関税」を課す方針を表明した。タイの対米輸出はGDPの12%を占めており、これほど高い関税が課されることは経済に大きな打撃となる。タイは交渉に出遅れており、7月3日にようやく初の閣僚級協議が開催された。7日にはトランプ大統領が関税率を36%に据え置く旨の書簡を公表した。2026年度予算案の審議や中銀総裁の後任人事も現在の重要課題であり、政情不安がこれらに与える影響が懸念されている。
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