「イスラエルによる突然の対イラン先制攻撃から始まった“12日間戦争”」 中東フラッシュレポート(2025年6月号)

2025年07月18日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2025年7月9日執筆


1.イスラエル/イラン:イスラエルによる突然の対イラン先制攻撃から始まった“12日間戦争”

 イランの現地時間6月13日の早朝3時頃に、イスラエルがイランに対する攻撃を開始した。イスラエルは戦闘機による空からの攻撃に加え、イラン国内の工作員によって操作されたドローンによる要人暗殺も行い、バーゲリ国軍参謀総長、サラーミ革命防衛隊(IRGC)司令官などの軍・IRGC指導層や、元原子力庁長官を含む多くの著名な核科学者が殺害された。イラン側も報復として、イスラエルに向けてドローンやミサイルなどを発射。ドローンはほとんど迎撃されたものの、ミサイルの約1割はイスラエルの迎撃システムをすり抜けて着弾しており、イスラエル側にも被害を出した。攻撃の応酬は6月24日まで12日間続き(トランプ米国大統領が自身のSNSで突然両者の停戦を発表)、イラン側で約1,000人、イスラエル側で29人の死者を出した。

 

 米軍は6月22日、イランの3か所(フォルドゥ、ナタンツ、イスファハン)の核施設に対し、バンカーバスター(地下貫通弾)や巡航ミサイルによる攻撃を実施。それに対する報復として、翌23日、イランはカタールにあるアル・ウデイド空軍基地(米兵約1万人が駐留する中東最大の米空軍基地)をミサイルで攻撃した。カタール軍幹部によると、イランから発射されたミサイルは19発で、うち18発は迎撃に成功、1発は基地内に着弾したが被害はなかったとのこと。イランは、米・カタールに対して攻撃の事前通告をしており、計算された限定的な報復攻撃だったとみられる(トランプ氏は自身のSNSで、事前通告をしてくれたイランに感謝している)。

 

 今回の米・イスラエルによる攻撃の前にイランが備蓄していた400キログラム以上の60%高濃縮ウランの所在や地下核施設の損傷レベルは、現時点では不明。今回の攻撃をきっかけに10ドルほど跳ね上がった原油価格は、停戦後に攻撃開始前の価格に戻った。



2.イラン:議会がIAEAとの協力一時停止法案を可決し、大統領が署名して発効

 6月25日、イラン議会は核不拡散条約(NPT)のもとで求められている国際原子力機関(IAEA)との協力を一時停止する法案を圧倒的多数で可決し、7月2日にはペゼシュキアン大統領が同法律に署名し発効した。IAEAが米国とイスラエルによるイランの核施設への爆撃を非難しなかったことや、6月12日のIAEAによるイラン非難決議がイスラエルの対イラン攻撃に口実を与えたことなどから、IAEAとの協力の一時停止を決めた。同法律により、今後IAEA査察官のイラン入国には国家安全保障最高評議会(SNSC)の事前承認が必要となり、核施設への監視カメラの設置も認めず、IAEAへの報告書提出も一時的に停止する。この決定を受けて、イラン国内にいたIAEA査察官は7月4日までに出国した。保守派が多数を占める議会ではNPTからの脱退議論も出てきているが、アラグチ外相は「イランは依然としてNPTにコミットしている」と自身のSNSに投稿している。



3.OPEC
+:協調減産の緩和を加速

 OPEC+に参加する8か国は、原油価格を下支えすべく、2024年から全体での協調減産とは別に、日量220万バレル(bpd)の自主的な減産を実施してきたが、2025年4月以降、減産の緩和を進めている。当初、1年半かけて毎月13.7万bpdずつ緩和幅を増やしていく予定だったが、5月以降はその3倍となる41.1万bpdの緩和を実施し、さらに8月には54.8万bpd(当初予定の4倍)の減産緩和をすることを決めた。これは、OPEC+を主導するサウジが減産を守らない国に対して不満を持っていることや、「価格下支えのための減産」から「増産してシェアを取りに行く」方針に転換したことなどによるものと考えられている。減産緩和の方向性は、米国内のガソリン価格を安くしたいトランプ大統領の思惑とも合致する。



4.米国/シリア:トランプ大統領がさらなる対シリア制裁の解除を発表

 6月30日、トランプ米国大統領は大統領令により、518のシリアの個人・団体を制裁対象リストから削除したことを発表した。シリア政府は、1979年にテロ支援国家に指定されて以降米国の制裁対象であり続けてきたため、米・シリア関係にとって大きな転換点となる。シリアでは、2024年12月に、シリア北西部を拠点としていた反政府勢力「シャーム解放戦線(HTS)」によってアサド政権が倒されて政権交代が起きた。2025年1月には、HTSのリーダーだったシャラア氏がシリア新政権の暫定大統領に就任した。

 

 2025年5月に、訪問中のサウジアラビアのリヤドで、トランプ大統領は対シリア制裁を解除することを突然発表し、シャラア暫定大統領と会って握手したことで世界を驚かせた。5月末に制裁解除の第1弾を発表したが、今回の発表はそれに続くもの。複雑に絡み合う多くの制裁を一気に解除することが難しいため、制裁解除は段階を経て徐々に進んでいく。シリアのシャイバニ外相は、「シリアに課せられた制裁措置の大部分が解除されたことを歓迎する」と述べた。なお、ロシアに亡命中のアサド前大統領や彼の協力者、イスラム国(IS)やイランの代理組織などに対する制裁は、解除の対象ではない。

 

 また、トランプ大統領は、シャラア氏の国際テロリスト指定、HTSの外国テロ組織指定、シリアのテロ支援国家指定、そして対シリア制裁法「シーザー法」などに関しても、ルビオ国務長官に必要な措置(解除や撤廃含め)を検討するよう指示しており、そのうちHTSの外国テロ組織指定に関しては、7月8日付官報にて解除が発表された。



5.シリア:シリア駐留米軍のプレゼンス縮小の動き

 6月2日、バラック駐トルコ米国大使兼シリア担当特使は、シリア国内にあった8か所の米軍基地のうち7か所から撤退し、1か所に統合する、とトルコメディアとのインタビューで述べた。発言によると、米軍は装備と人員の移動を既に開始しており、すでに5か所の基地からは撤退を完了し、最終的にはシリア北東部のハサカにある基地に集約する見通し。また、約2,000人のシリア駐留米兵のうち約500人はここ数週間で既にシリアから撤退したことも確認されており、人員に関しても再調整が進んでいる。米軍は、クルド人主導の「シリア民主軍(SDF)」とともに対「イスラム国(IS)」軍事作戦を行っており、現在も同地への駐留を続けている。なお、SDFは2025年3月にシリア新政府の国軍に統合することで合意した。



6.イラク情勢

  • 6月13日、イラク政府は、イスラエルがイランに対して行った軍事侵略は国際法と国連憲章の明白な違反であり強く非難する、またイラン国民との連帯、そしてルール違反ではなくルール尊重、弱肉強食ではなく法の支配に基づく公正な国際秩序を信じるすべての国民と国家との連帯を表明する、との声明を発表した。
  • 6月19日、イラク連邦最高裁判所の判事9人(常任判事6人と予備判事3人)が辞表を提出したが(重要な裁判の判決を巡るアミーリ最高裁長官からの政治的圧力に対する抗議とみられている)、6月29日になって最高司法評議会が、「健康上の理由」によるアミーリ氏の退任を発表したため、9人の判事は翌30日には復職した。
  • 6月24日、イラク国内のタージおよびイマーム・アリ両空軍基地に対するドローン攻撃が発生し、レーダーシステムに被害が出た。また、アイン・アル・アサド空軍基地の近くでは、無人機1機が撃墜されたとのこと。これらの攻撃に関する犯行声明は出ておらず、イラク国内の親イラン勢力によって実行されたとみられている。
  • イラク政府は、夏季に増加する電力需要に対応するため、トルコのカルパワーシップ社の発電船の配備を通じて650MWを調達する。並行して、LNG輸入のための浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(FSRU)も導入する。  また、イラク・トルコ間の送電線の容量を、現行の300MWから600MWに倍増する契約にも調印した。
  • 5月の原油輸出詳細: 輸出額6億ドル、輸出量 日量327.8万バレル、平均単価 62.56ドル/バレル。



7.リビア情勢

  • 6月4日、トランプ米国大統領は、リビアを含む12か国からの入国を原則禁止とする布告に署名した。
  • 6月26日、欧州委員会は、EUリビア統合国境支援ミッション(EUBAMリビア)の任期を2027年6月30日まで2年間延長することを決定した。EUBAMリビアは、人身売買や不法移民を管理するリビア当局の能力強化を目的に、2013年5月に発足したもの。
  • スーダン政府は、リビア東部を支配するハフタル将軍率いる勢力が、スーダン国内でスーダン政府軍と2年以上にわたって戦闘を続ける「即応支援部隊(RSF)」に協力していると非難している。ハフタル将軍もRSFもUAEによる支援を受けているとされており、2025年5月にスーダン政府はUAEとの断交を宣言している。
  • 5月のリビアの産油量は日量126万バレル(bpd)で、4月の生産量(124万bpd)から微増した。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

 

 

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