イスラエルの孤立とパレスチナ国家承認の広がり

2025年10月02日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2025年9月29日執筆


1.長期化するガザ紛争とパレスチナ寄りに傾く世論

 イスラエルの国際社会での孤立が顕著になりつつある。その根本的な原因は、同国が2年前から継続しているガザへの攻撃である。イスラエルによる攻撃を受けて流血しながら助けを求める市民、親や子を失い泣き叫ぶ人々、援助物資の搬入が制限されることで飢餓状態に陥った人々の姿が、テレビやSNSを通じて世界に拡散された。こうした映像が国際世論を動かし、パレスチナへの同情とイスラエルへの批判を強めている。

 

 イスラエルの攻撃の直接の契機となったのは、2023年10月7日にガザのイスラム主義組織ハマスなどに所属するパレスチナ人がイスラエルに向けてミサイルを発射し、境界を突破して侵入、約1,200人を殺害し251人をガザへ拉致した事件である。当初はこの事件を受けてイスラエルに同情する声が多かったが、2年間に及ぶイスラエルのガザ攻撃が続いたことで、国際世論は大きくパレスチナ寄りに傾いた。

 

 この2年間でガザにおけるパレスチナ人の死者は66,000人を超え、負傷者は16万8,000人以上に達している。両者を合わせた死傷者数はガザの人口(約220万人)の1割を上回り、さらに数千人が行方不明とされる。米国・カタール・エジプトが仲介するイスラエルとハマスの停戦交渉は進展を見せていない。その一方で、国連人権理事会の独立調査委員会が発表した報告書は、イスラエルのガザ攻撃を「ジェノサイド(集団殺害)」と結論付けた。もちろん、イスラエルはこの報告に強く反発している。

 

 

2.イスラエルによるカタール攻撃と湾岸諸国の安全保障

 イスラエルはガザ攻撃を継続する一方、過去2年間でレバノン、シリア、イエメン、イランなど周辺国にも攻撃を行い、紛争はイスラエルとパレスチナにとどまらず地域全体に拡大していった。

 

 その中で注目されたのが、9月9日に発生したカタール首都ドーハでの空爆である。攻撃対象となったのは、2日前にトランプ政権が提示した停戦案を協議していたハマスの政治指導部だった。ハマスは幹部全員が無事だったと発表したが、幹部の息子や側近・護衛ら5人とカタール治安部隊員1人の計6人が死亡した。イスラエルは事前に米国に通知したと主張しているが、カタールは米国からの連絡を受けたのは「攻撃後」だったと発表。実際には、イスラエルが攻撃直前に米国へ伝えたため、カタールへの通知が事後になったとみられている。この点についてトランプ大統領はイスラエルに不満を表明した。

 

 カタール外務省報道官は、イスラエルの攻撃を「無謀かつ卑怯」であり「国際法の明確な違反」と強く非難。ムハンマド首相も「国家テロに等しい」と批判し、「仲介国を攻撃することは道徳的違反だ」と強調した。サウジアラビア、UAE、トルコに加え、日本やEU、欧州諸国、国連も「主権侵害」としてイスラエルを非難。翌日にはUAE大統領やクウェート、ヨルダンの皇太子らがドーハを訪れ、カタールとの連帯を示した。9月11日には国連安全保障理事会が緊急会合を開き、カタールへの連帯を表明する声明を発したが、イスラエルへの直接的な言及はなかった。さらに9月15日にはアラブ・イスラム諸国の緊急首脳会議がドーハで開催され、共同声明でイスラエルの攻撃を強く非難した。

 

 イスラエルが、米国の「非NATO主要同盟国」で約1万人の米兵が駐留する米軍最大規模の中東拠点を抱えるカタールを攻撃した意味は大きい。イスラエルが米国と関係の深い湾岸産油国を標的としたのは初めてであった。ハマス幹部の存在を口実に、米同盟国であっても攻撃対象となり得ることを示したことで、湾岸諸国のリーダーたちは「自国も同様に攻撃を受ける可能性がある」と認識しただろう。実際、サウジアラビアは9月17日に核保有国のパキスタンと共同戦略防衛協定に署名しており、この攻撃が協定締結を急がせる一因となった可能性がある。

 

 また、カタールはUAEと並んで外資系企業の地域拠点が集中する国である。しかし、6月にはイラン、9月にはイスラエルが攻撃を行ったことで、「湾岸諸国は不安定な中東情勢から距離を置き、安全である」という従来の認識は揺らぎつつある。標的は米軍基地やハマス幹部であり、カタール政府や国民が直接狙われたわけではないが、他国によって領土が侵害された事実は残る。それは今後、外国政府や企業がカタールや湾岸諸国のリスクを評価する際に無視できない要素となるだろう。

 

 

3.パレスチナ国家承認の広がり

 国際世論がパレスチナに同情的に傾く中で開催された第80回国連総会(UNGA 80)では、各国による相次ぐパレスチナ国家承認が大きな焦点となった。9月22日、フランスとサウジアラビアが共催して「パレスチナ問題の平和的解決と二国家解決案に関する国際会議」が国連本部で開催され、会議前日の21日から当日にかけて、英国、フランス、カナダ、オーストラリアなど西側主要国を含む10か国が新たにパレスチナ承認を表明した。これにより、パレスチナを承認した国は国連加盟193か国のうち157か国となり、全体の8割を超えた。

 

 一方、イスラエルとそれを支持する米国は「ハマスへの報酬になる」として強く反対し、この会議をボイコットした。ネタニヤフ首相は従来の立場を繰り返し「パレスチナ国家は誕生しない」と断言。さらに米国は、会議に参加を希望したパレスチナ自治政府のアッバス大統領を含む政府高官に入国ビザを発給せず、アッバス大統領はオンラインでの参加を余儀なくされた。

 

 日本政府はドイツ、イタリアとともに承認を見送り、G7内部で対応が分かれた。承認に踏み切った英国・フランス・カナダと、反対する米国、さらに日本・ドイツ・イタリアの間で立場の違いが浮き彫りとなった。パレスチナの国連加盟には安全保障理事会の承認が不可欠であるが、拒否権を持つ常任理事国のうちロシア、中国、そして今回新たに英国・フランスが承認に加わり、未承認は米国のみとなった。この結果、パレスチナ加盟を阻む最後の障壁として米国の存在が際立つこととなった。現在パレスチナは「非加盟オブザーバー国家」として国連に参加している。

 

 もっとも、各国が承認したからといって現地で直ちにパレスチナ国家が成立するわけではない。ガザは依然として封鎖下にあり、ヨルダン川西岸もイスラエルの軍事占領下で、入植地は拡大を続けている。国境管理を握るのはイスラエルであり、パレスチナには軍隊も独自通貨も空港も存在しない。最終的にイスラエルが承認した上で撤退しない限り、国家は実体化しないのが現実である。今回の承認拡大はイスラエルへの圧力を意図したものであり、ネタニヤフ首相に影響を及ぼせるのはトランプ大統領だけだとの見方が強い。しかし、それでも各国の承認は国際法上パレスチナを国家と認め、イスラエルと同等の立場に置くことを意味する。その象徴的行動の積み重ねが、いずれは大きな変化をもたらす可能性を秘めている。

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