「イスラエルとハマスがガザでの停戦に合意」 中東フラッシュレポート(2025年10月号)
調査レポート
2025年12月10日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2025年11月30日執筆
1.米国/イスラエル/パレスチナ:イスラエルとハマスがガザでの停戦に合意
10月10日にイスラエルとハマスがガザでの停戦・人質交換に合意したことを受け、10月13日、ハマスはガザで拘束していた生存する人質20人をイスラエル側に引き渡した。これに対しイスラエルは、終身刑・長期刑のパレスチナ人受刑者250人と、紛争開始以降に拘束してきたガザ住民約1,700人を釈放した。釈放された受刑者のうち154人は国外追放処分となり、エジプトへ移送された後、第三国に送られる予定である。
合意では、人質の遺体28体についても10月13日に返還することとされていた。しかしハマスは、「一部の遺体はがれきや地下トンネルの下に埋もれており、発見と掘り出しには時間が必要」と主張し、この日に返還されたのは4体のみだった。その後徐々に遺体の返還作業は進んでおり、レポート執筆時点では28体中26体の引き渡しが完了し、残る遺体は2体となっている。
現時点で、停戦の第一段階はおおむね順調に進んでいるように見える。しかし、イスラエルはガザからの完全撤退に応じておらず(今もガザ全体の53%以上のエリアに駐留を続けている)、ハマスも武装解除に前向きな姿勢を示していない。ガザへの国際部隊の派遣や統治機構の設立などを含む停戦の第二段階に移行できるかどうか、引き続き注視する必要がある。
2.パレスチナ:世論調査で過半数のパレスチナ人は「ハマスは正しいことをした」と回答
パレスチナ政策調査研究センター(PCPSR)は、10月22~25日にガザおよびヨルダン川西岸のパレスチナ人1,200人を対象に世論調査を実施した。同調査によると、過半数のパレスチナ人が、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃について、「ハマスは正しい判断をした」と考えていることが明らかになった。また、パレスチナ人の70%(ヨルダン川西岸では80%)がハマスの武装解除に反対していることも分かった。さらに、回答者の過半数(53%)が「二国家解決案」に反対しており、その主な理由として、イスラエルの入植地拡大と和平案実現への期待の低さが挙げられている。パレスチナ自治政府のアッバス大統領の辞任を求める声は80%に達しており、同氏への支持はわずか13%にとどまった。地域アクターでは、イエメンのフーシ派への支持が74%と最も高く、国際アクターの行動に対する評価では、中国が最も高い満足度(34%)を獲得した。
また、パレスチナ自治政府が取り組むべき課題として、「ハマスを含む大統領・議会選挙の実施」や「ハマスを含む国民統一政府の樹立」などがあげられており、パレスチナ社会では将来の国家形成においてハマスを含めた包括的な統治体制を重視する傾向がみられる。しかし、これはイスラエルや国際社会の方針とは相容れず、今後のパレスチナの政治的な行方は依然として不透明で、多難な道のりが予想される。
3.カタール:米国がカタールの安全保障を保証
9月29日、トランプ米大統領は、米国がカタールの安全と領土保全を保証する大統領令を発令した。同大統領令は、「カタールの領土、主権、または重要インフラに対するいかなる武力攻撃も、米国の平和と安全に対する脅威とみなす」と規定し、「そのような攻撃が発生した場合、米国は必要に応じて軍事的手段を含む、あらゆる合法的かつ適切な措置を講じる」と明記している。この決定は、9月9日にイスラエルがカタールの首都ドーハでハマス幹部を標的とした攻撃を実施したことを受けた対応である。カタールはこの攻撃を「主権侵害」「国際法違反」と強く非難し、トランプも強い不満を表明していた。
米国が単一の国に対し安全保障を直接保証するのは極めて異例である。ただし、今回の約束はあくまで「大統領令」という形式で示されたもので、法的拘束力のある「条約」(上院承認が必要)ではない点には留意が必要である。
4.シリア:アサド政権崩壊後初の議会選挙を実施
10月5日、2024年12月のアサド政権崩壊後初めての議会選挙が実施された。議席は210議席で、シャラア暫定大統領が3分の1の70議席を任命し、残りの140議席を11人の最高委員会が監督する小委員会が選出する間接選挙という方式を取る。小委員会は約6,000人の選挙人で構成される。最高委員会が承認した立候補者は1,570人。議員の任期は2年半である。当局は、クルド人支配地域や南部スワイダ県など一部地域での投票を諸事情で延期したため、140議席のうち18議席は空席となっている。選出された議員のうち女性は6人、少数派は10人で、約9割がスンニ派の男性となった。なお、大統領が任命するとされている70人は未だ発表されていない。
5.シリア:シャラア大統領がモスクワを初訪問
10月15日、シリアのシャラア大統領がモスクワを訪れ、プーチン大統領と約2時間にわたり会談した。シャラア大統領はこれまでに湾岸諸国やトルコ、米国、フランスなどを歴訪してきたが、ロシア訪問は今回が初めてとなる。シャラア氏は事前に「ロシアとの関係を再定義したい」と述べており、会談後には、シリア国内に残る2か所のロシア軍基地を今後も存続させる方針を示した。また、現在モスクワで亡命生活を送っているとされるアサド前大統領について、シリアで裁判にかけるためロシア側に引き渡しを求めたとされるが、ロシアがこれに応じる可能性は低いとみられている。
6.イエメン:フーシ派が国連職員を拘束
10月19日、イエメンのフーシ派(正式名称:アンサール・アッラー)は、首都サナアにある国連施設を襲撃し、約20人の国連職員を拘束した。拘束されたのは、複数の国連機関に所属するイエメン人職員少なくとも5人と、国際職員15人である。フーシ派は施設内の通信機器、コンピューター、電話、サーバーなどもすべて押収した。フーシ派は、国連職員を「米国・イスラエルのスパイ」と主張しているが、国連はこれを全面否定している。同勢力はこれまでも50人以上の国連職員を恣意的に拘束してきたとされる。なお、フーシ派は8月末にイスラエルによる空爆で複数の幹部を失っており、今回の強硬措置はその報復行動の一環ともみられている。
7.イラク情勢
- 10月10日、米財務省外国資産管理局(OFAC)は、イランによる米制裁回避、武器密輸、汚職関与を支援したとして、イラクの巨大コングロマリット「ムハンディス総合会社」を制裁対象に指定した。同社は、親イラン民兵集団(PMU)が設立に関わって2022年に設立され、イラン革命防衛隊(IRGC)などとも関係を持つ大規模複合企業である。「ムハンディス」という名称は、2020年にバグダッドの空港でIRGCクッズ部隊のソレイマーニー司令官とともに米軍の攻撃によって殺害されたムハンディスPMU副長の名前から取られた。
- 10月19日、トランプ大統領は、実業家のマーク・サバヤ氏(40歳)をイラク担当特使に任命した。サバヤ氏はイラク生まれで16歳の頃に家族とともに米国へ移住。ミシガン州のイスラム系有権者の組織化に関わり、2024年のトランプ大統領の再選に貢献した人物として知られる。米大統領がイラク担当特使を任命するのは約20年ぶり。駐イラク大使は1年以上空席となっているが、大使の任命には上院による承認が必要であるため、大統領が自身の裁量で任命できる特使として同氏を任命したとみられている。
- 9月の原油輸出詳細: 輸出額 69.6億ドル、輸出量 日量340.5万バレル、平均単価 68.18ドル/バレル。
- 9月27日に約2年半ぶりに再開したクルド自治区からのトルコ経由パイプラインによる原油輸出は、日量約19万バレル(BD)まで回復し、徐々に増加している。輸出停止前の水準は約40万BD。
8.リビア情勢
- 国民統一政府(GNU)の代表団が、10月13~18日にかけてワシントンで開催されたIMF・世界銀行年次総会に参加した。IMFは2025年のリビアにおけるGDP成長率が+16.1%に達すると予測しており、これは主に石油生産と輸出の増加によるものである。これは2022年に記録した▲8.3%のマイナス成長から大幅な回復を示す。
- リビア・ディナール(LD)の公式為替レートは現在1ドル=5.44LD。闇市場レートは下落傾向が続き、現在は1ドル=約7.2LDとなっている。これは中央銀行がさらなる調整を迫られる可能性を示唆している。
- 2025年第1~第3四半期における財政収入946億リビア・ディナール(174億米ドル)のうち、炭化水素関連収入が98%を占めた。また、公共部門における給与支出は、総支出の59%を占めた。
以上

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