「サウジのムハンマド皇太子が7年半ぶりにホワイトハウス訪問」 中東フラッシュレポート(2025年11月号)

2025年12月11日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2025年12月8日執筆

 

1.米国/サウジアラビア:ムハンマド皇太子が7年半ぶりにホワイトハウス訪問

 11月18日、サウジアラビア(サウジ)の実質的な最高権力者であるムハンマド皇太子兼首相(MbS)がワシントンのホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領と会談した。MbSのホワイトハウス訪問は、2018年3月の第1期トランプ政権時以来、約7年半ぶりである。会談後の晩餐会には、NVIDIAのジェンスン・ファンCEO、イーロン・マスク氏、サウジのサッカークラブに所属するクリスティアーノ・ロナウド選手らも出席した。

 

 会談冒頭、MbSは、5月のトランプ大統領のサウジ訪問時に約束した対米投資額6,000億ドルを1兆ドルへ拡大するとサプライズ発表し、トランプ大統領を大いに喜ばせた。また、最新鋭ステルス戦闘機F-35のサウジへの売却をめぐり、トランプ大統領は「サウジはイスラエルが取得しているF-35とほぼ同等のバージョンを入手することになる」と述べた。米国は中東におけるイスラエルの「質的軍事優位(QME)」を維持する観点から、これまで同地域へのF-35輸出を慎重に扱ってきた経緯があり、この方針転換をめぐりイスラエルの各メディアはQMEへの影響を懸念している。さらに、トランプ大統領はサウジをNATO非加盟の主要同盟国(MNNA)に指定する意向も示した。

 

 サウジとイスラエルの国交正常化について、MbSは「我々はアブラハム合意に参加したいが、二国家解決(パレスチナ国家の樹立)への明確な道筋が示される必要がある」と述べ、即時の正常化には否定的な姿勢を示した。イスラエル側がパレスチナ国家樹立に強く反対していることから、正常化に向けた環境整備には依然として高いハードルがある。このほか両国は、「戦略的防衛協定(SDA)」や、「民生用原子力エネルギー協力交渉の完了に関する共同声明」など、複数の文書に署名した。

 

2.米国/シリア:シャラア大統領がシリア史上初のホワイトハウス訪問

 11月10日、シリアのシャラア大統領がワシントンのホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領と会談した。シリア大統領によるホワイトハウス訪問は、1946年の独立以来で初めてである。両者の直接会談は、5月、9月に続き今回が3回目となる。

 

 トランプ氏は、初会談以降シャラア氏を「若くて魅力的な人物」「強い過去を持つ闘士」と高く評価しており、両者は良好な関係にあるとみられる。米政府は5月、対シリア制裁法に基づく制裁の大部分を180日間停止すると発表したが、今回の会談後、その停止期間をさらに180日延長した。これにより制裁緩和は継続するものの、外国企業は残る制裁措置やシリア国内の不安定な情勢を理由に、依然として同国への投資に慎重姿勢を崩していない。

 

3.バチカン:ローマ教皇がトルコとレバノンを歴訪

 ローマ教皇レオ14世は、就任後初の外国訪問としてトルコとレバノンを6日間にわたり訪問した(11月27日~30日にトルコ、11月30日~12月2日にレバノン)。トルコでは正教会のバルトロメオ総主教らとともにニケア(現イズニク)を訪れ、西暦325年の第1回公会議(「キリストは神である」と結論付けた会議)から1,700周年を記念する行事に参加した。また、イスタンブールのブルーモスクも訪れ、宗派・宗教間対話の重要性を強調した。

 

 レバノン訪問の最終日には、2020年に218人が死亡、約7,000人が負傷したベイルート港湾爆発事故の現場で追悼ミサを執り行い、15万人が参加した。トルコは人口の大半がイスラム教徒である一方、レバノンでは人口の約3分の1がキリスト教徒で、12のキリスト教宗派が存在し、大統領はマロン派キリスト教徒が務める。レオ14世が米国出身の初の教皇であることから、演説はイタリア語ではなく、トルコでは英語、レバノンでは英語とフランス語で行われた点も話題となった。

 

4.イスラエル:ネタニヤフ首相が恩赦を正式に要請

 11月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は、自身に対する恩赦をヘルツォグ大統領に正式要請した。ネタニヤフ氏は「裁判を戦い抜き、無実を完全に証明したいという個人的な思いはある」と述べつつ、「裁判の継続は国家の分断を深め、社会の亀裂を拡大させる」として恩赦請求の理由を説明した。ヘルツォグ大統領は「極めて異例の要請」とした上で、「真摯に検討する」と応じた。ネタニヤフ氏は収賄・詐欺・背任を含む3件の汚職事件で起訴され、2020年から審理が続いている。

 

 連立与党の極右政党党首であるスモトリッチ財務相は「ネタニヤフ氏は長年、腐敗した司法制度に迫害されてきた」と主張し、ベン・グビール国家安全保障相も「首相の恩赦は国家安全保障上極めて重要」と支持を表明した。

 

 一方、野党指導者ラピード元首相は「有罪の自白、悔悛の表明、政治からの即時引退なしに恩赦は認められない」と反論。野党民主党のゴラン党首もXで「恩赦を求めるのは有罪者だけだ。首相は責任を取り、罪を認め、政界を去るべきだ」と述べた。ネタニヤフ氏はすべての容疑を否認している。また、反ネタニヤフ派の市民らはテルアビブの大統領公邸前で抗議集会を開き、恩赦を拒否するよう訴えた。ベネット元首相は、「ネタニヤフ氏が政界を去ること」を条件に恩赦を支持すると述べている。

 

 さらに、トランプ米大統領は10月のイスラエル訪問時に国会演説でネタニヤフ氏の恩赦を要請し、11月にも書簡で全面的な恩赦を求めた。イスラエルでは現職首相への恩赦は前例がなく、米大統領も巻き込んだ今回の異例の要請に対して、ヘルツォグ大統領がどのような判断を下すのか注目が集まっている。

 

5.イラク情勢

  • 11月2日、トルコのフィダン外相がバグダッドを訪問し、イラクのフセイン外相とともに「水協力プロジェクトのための資金調達メカニズムに関する枠組み協定」に署名した。この協定は実質的に「石油と水の交換協定」とされ、イラクがトルコへ原油を販売した際の収益を、トルコ企業が管理するイラク国内の水インフラ事業に充てる仕組みである。イラクの深刻な水危機の緩和が期待される一方、国家の戦略的インフラを他国に依存することへの主権上の懸念もイラク国内で指摘されている。イラクはチグリス川・ユーフラテス川に強く依存しており、気候変動や上流国(特にトルコ)のダム建設の影響を受けている。国連報告書では、2035年までに河川流量が最大70%減少する可能性があると予測されている。
  • 2024年11月、37年ぶりに実施された国勢調査の最終結果が公表された。総人口は4,612万人で、そのうちイラク国民が4,578万人、外国人居住者が34万人。年齢構成は0~14歳が36%、15~64歳が60%、65歳以上が4%で、イラクが“人口ボーナス期”にあることが改めて確認された。
  • 11月11日の議会選挙では、スーダーニ首相の選挙ブロックである「復興開発連合」が329議席中46議席を獲得し、第1党となった。ただし、過半数には大きく届かず、今後数か月にわたる連立交渉が見込まれている。イラクでは慣例として首相はシーア派政治家が務めることになっており、今後はシーア派連合「調整枠組み(CF)」の内部で新首相選出に向けた駆け引きが行われる。CFは政治的に影響力が小さく“管理しやすい人物”を首相に選びたい意向が強く、知名度が上がったスーダーニ首相の続投は困難との見方が多い。新首相候補として、バスラ県知事のアイダーニー氏やイラク国家情報機関(INIS)のシャトリ長官らの名前が挙がっている。
  • イラン・イラク合同商工会議所のエシャク会長は、2024年の公式二国間貿易額が120億ドル、非公式取引を含めると150億ドル規模に達したと発表した。200億ドルという長期目標も現在の枠組みで達成可能だとし、イランはすでにイラク消費市場の約20%を占めている。
  • 10月の原油輸出詳細: 輸出額70.3億ドル、輸出量 日量357.8万バレル、平均単価 68.38ドル。

 

6.リビア情勢

  • 11月12日、治安悪化により10年間閉鎖されていた中国大使館がトリポリでの業務を正式再開した。
  • 11月18日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相、大統領評議会のメンフィ議長、最高国家評議会のタカーラ議長が、意思決定の調整メカニズムとして「大統領最高評議会」の設立を発表した。これに対し、東部政府(GNS)のハマド首相は全面的に拒否し、大統領選挙が迅速に実施されない場合、東部が「自治」を要求する可能性を示唆した。
  • 11月20日、リビア国民軍(LNA)の副司令官サダム・ハフタル氏がアンカラを訪れ、トルコのフィダン外相と会談した。サダム氏のトルコ訪問は今年3回目で、前回はギュレル国防相とも会談している。
  • 11月28日、リビア東部で大統領選挙の実施を求める抗議デモが発生。これを受けて、東部の代表議会(HoR)のサーレハ議長は高等選挙委員会(HNEC)に大統領選挙の実施を要求した。11月30日、HNECは、「資金調達と選挙プロセス支援に関する合意が得られれば、2026年4月中旬までに選挙を実施する準備が整う」と表明した。
  • リビアの石油生産量は増加が続き、平均日量131万バレルに達した。これは四半期ベースで過去12年の最高値である。国営石油公社(NOC)は2026年2月に約18年ぶりの公開入札を実施予定で、22の探鉱ブロック(沖合11、陸上11)が対象となる。将来的な原油・ガスの埋蔵量・生産拡大が見込まれる。
  • リビアではガソリンが1リットル0.027ドル(約4.2円)という世界最安水準で販売されている。IMFは、燃料補助金の半分以上が犯罪ネットワークや密輸業者に流れているとして、補助金の撤廃を求めている。なお、北アフリカのアルジェリアやエジプトなども燃料補助金によりガソリン価格は抑制されている。

 

以上

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

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