「豪シドニーのユダヤ系住民の集まりで銃乱射事件が発生」 中東フラッシュレポート(2025年12月前半号)
調査レポート
2026年01月05日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2025年12月26日執筆
1.オーストラリア:ユダヤ系住民の集まりで銃乱射事件が発生
12月14日、オーストラリア・シドニー近郊の有名な観光ビーチである「ボンダイ・ビーチ」で銃乱射事件が発生し、15人が死亡、40人以上が負傷した。標的となったのは、ユダヤ教の祝祭「ハヌカ」に関連する集まりで、当時、現場には多くのユダヤ系住民が集まっていた。容疑者は50歳の父親と24歳の息子で、父親は現場で警察に射殺され、息子は重体とのこと。報道によれば、父親はインド系移民で、1990年代にオーストラリアへ移住していた。容疑者の車からは過激派組織「イスラム国(IS)」の旗が2枚見つかったとのこと。ISからの犯行声明などは出ていない。
事件を受け、アルバニージー首相は直ちに記者会見を開き、「ユダヤ系住民に対する攻撃は、全てのオーストラリア人に対する攻撃である」と述べ、「暴力やテロリズムは我が国に存在すべきではなく、断固として根絶する」と強調した。一方、イスラエル政府からは豪政府に対する厳しい批判が相次ぎ、ネタニヤフ首相は、オーストラリア政府のパレスチナ国家承認や、ガザ情勢をめぐるイスラエルへの批判が「反ユダヤ主義を助長した」として強く非難した。
オーストラリアでは、2023年10月7日以降のこの2年ほど、ユダヤ系住民や施設を標的とした事件が相次いでおり、社会的緊張の高まりが懸念されている。
2.米国/シリア:対シリア制裁(シーザー法)解除の動き
12月10日、米下院は「2019年シーザー・シリア民間人保護法(いわゆるシーザー法)」による制裁を終了させる法案を可決した。同法案では、シリア政府がイスラム国(IS)やその他テロ組織の排除に向けた具体的な措置を講じていること、近隣国に対する軍事行動に関与していないこと、少数派の権利尊重やテロ資金供与対策、麻薬生産・密輸対策の強化などについて、米大統領が当初90日以内、その後4年間にわたり180日ごとに議会へ報告することを義務付けている。以上のような条件が満たされていないと判断されるような状況下では、制裁が再発動される可能性も残されている。
その後、12月17日に法案は上院でも可決され、翌18日にトランプ大統領が法案に署名して成立しており、2026年1月1日に発効する予定。シリア復興にとってシーザー法は最大の障害とみなされていたため、同制裁の解除は難民帰還の促進、経済の改善、外資系企業のシリア参入を後押しし、復興プロセスを大きく加速させると期待されている。
3.米国/イスラエル:ネタニヤフ首相の訪米
ガザ停戦の「第1段階」は、ハマスが残るイスラエル人の人質1人の遺体を返還するのみとなっている。しかし、停戦発効後もイスラエル軍はガザ地区の約53%に駐留を続けており、10月10日以降だけでも、イスラエル軍の攻撃によって少なくとも400人以上のパレスチナ人が死亡しているとされる。
ネタニヤフ首相は12月29日、トランプ大統領のフロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」で会談を行う予定である。同首相の訪米は過去1年で5回を数え、異例の頻度と言える。会談では、ガザ停戦の「第2段階」への移行や、イランに対する再攻撃の可能性などが協議されるとみられている。
4.イスラエル/エジプト:過去最大級のガス供給契約を承認
12月17日、ネタニヤフ首相は、エジプトへの天然ガス供給拡大に関する契約を承認したと発表した。米シェブロンなどが関与する本契約は、リヴァイアサン・ガス田から15年間ガスをエジプトに供給するもので、総額350億ドルの「イスラエル史上最大のガス取引」とされる。ネタニヤフ氏が承認した背景には、アラブ・イスラエルの対立緩和を狙うトランプ米大統領の圧力が見え隠れするが、エジプト側は、この天然ガス契約は「純粋に商業的取り決め」であり、政治的意味合いは一切ないと強調している。
エジプトは国内ガス生産が2022年以降急減し、エネルギー不足が深刻化している。輸入量は過去最高水準に達し、2025年10か月のガス輸入費用は72億ドルまで膨れ上がった。イスラエル産ガスはLNG輸入の半額程度の価格とされ、エジプトのエネルギー危機を緩和する効果が期待される。ただ、エジプトのイスラエルに対するガス依存が強まれば、イスラエルが政治的梃子として供給停止を利用するリスクも高めることになるため、エジプトは代替供給源の開拓を進めている(キプロスとのガスパイプライン接続、カタールとの供給契約交渉、エネルギーミックスの40%を再生可能エネルギーに転換する計画など)。
将来的に代替調達が進めば、エジプトはイスラエル産ガスを国内消費ではなく再輸出に振り向ける余地が生まれ、価格交渉力を高める可能性がある。東地中海で唯一LNG液化施設を持つエジプトにとって、本契約は当面のエネルギー危機を和らげると同時に、地域ガスハブとしての地位強化にもつながると言える。
5.イエメン:「南部移行評議会(STC)」による反政府的動き
イエメン南部では、UAEが支援する「南部移行評議会(STC)」が勢力を拡大している。
現在のイエメン内戦は、北部を支配するフーシ派に対し、南部および南東部ではサウジアラビアやUAEが支援する国際承認政府が一定の影響力を維持するという構図である。しかし、その南部において、分離独立志向を持つSTCが政府軍を排除し、支配地域を拡大したことで、国際承認政府内部からの反乱とも言える事態に発展している。もともと同政府は反フーシ派勢力の寄り合い所帯であり、こうした内部対立の噴出はある程度予想されていたものの、STCの動きは統治体制の分裂を一段と深刻化させている。
今後、南部での権力争いが激化すれば、フーシ派との内戦に加え、反フーシ陣営内部の対立という「第二の戦線」が顕在化し、イエメン情勢は一層混迷を深める可能性がある。
6.イラク情勢
- 12月13日、グテーレス国連事務総長はイラクを訪れ、20年以上続いた国連イラク支援ミッション(UNAMI)の任務終了を宣言する式典にスーダーニ首相とともに参加した。UNAMIの活動は年末に正式に終了する。
- 12月14日、連邦最高裁は11月11日に実施された議会選挙の最終結果を承認した。12月29日には新たに選出された議員による初議会が開催され、そこで新たな議長と副議長2人が選出される予定である。議長候補はまだ1人に絞られておらず、候補にはハルブーシ元議長やアズム同盟のサマッラーイ党首などの名前が挙げられている。初議会の後30日以内に大統領を選出し、大統領が15日以内に首相候補を指名、その後30日以内に組閣というのがプロセスだが、過去の例からこのプロセスは遅延することが見込まれている。
- イラクのフセイン副首相兼外相は、ジン・シン中国共産党中央対外連絡部次官補と会談し、戦略的パートナーシップ強化について協議した。中国はイラク産原油の最大輸入国で、二国間貿易額は約540億ドルに上る。会談では「一帯一路」協力拡大、ガバナンス・開発・安全保障分野の提案、文化交流促進が議題になった。双方はハイレベル訪問を活性化し、多分野で協力を深める方針で一致した。
- イラクは防空・装甲戦力強化のため、韓国との防衛協力を急拡大している。来年初めに韓国製M-SAM-II防空システムを受領予定で、K2戦車(250両・65億ドル規模)やKF-21戦闘機購入も検討中。背景には米・露製装備の維持困難や政治的制約があり、韓国は「信頼性・条件の少なさ」で有力な代替供給源になっている。韓国は中東市場進出を狙い、イラクは調達先多様化で自律性を強化する。
- シリアとイラクは、2003年以降停止しているキルクーク・バニヤス石油パイプライン(全長約800km、輸送能力30万bpd)の再開を計画している。復旧費用は45億ドル超、工期は約36か月と見込まれる。再開されれば、イラクは地中海経由で原油を欧州市場へ直接輸出することが可能となり、シリアは石油収入とインフラ再生を期待。同パイプラインは1952年に稼働開始後、戦争などでたびたび停止したが、戦略的価値は高い。
7.リビア情勢
- 12月8日、リビア東部を支配するリビア国民軍(LNA)のハフタル司令官と、その息子2人(サダム副司令官、ハーリッド参謀長)はエジプト・カイロを訪問し、シシ大統領と会談した。シシ大統領は、①リビア東部からスーダンの即応支援部隊(RSF)への武器密輸、②国民議会(HoR)が2019年のトルコ・リビア海洋境界協定を批准しようとしている動きを警戒しており、今回の会談はそれらの動きをけん制する狙いがあったとみられる。
- 12月18日、パキスタン軍のムニール最高司令官がリビアを公式訪問し、ハフタルLNA司令官やサダム副司令官らと、防衛協力および軍事関係の強化に関して協議した。訪問後、パキスタンがLNAに対し約40億ドル相当の軍事装備を売却することで合意したと報じられた。これはパキスタン史上最大級の武器輸出案件の一つとなる。リビアは国連の武器禁輸対象国であるが、パキスタン側は、過去に多くの国々がリビアに武器を供与してきた事実を根拠に、今回の取引の正当性を主張している。
- 世界銀行の最新「リビア経済モニター」によると、リビアの2025年の実質GDP成長率は+13.3%と予測されている(石油部門+17.4%、非石油部門+6.8%)。石油生産量の増加と通貨ディナールの切り下げを背景に、2025年1~9月期の国民統一政府(GNU)の財政収支は、GDP比3.6%の黒字を記録した。
- 12月4日、リビア中央銀行は、2025年1月から11月末までの歳入が1,153億ディナール(LD)、歳出が1,075億LDであり、79億LDの財政黒字となったと発表した。歳出の内訳では、公務員給与が612億LD(全体の57%)と最大を占め、次いで補助金が333億LD(同31%)となり、給与と補助金だけで歳出全体の88%に達した。
- 12月17日、闇市場において1米ドル=8.54LDまで下落した(公式レートは1ドル=5.42LD)。
以上

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