歪む価格形成

2026年01月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行

 

【2025年】 漂流する金

 

 

 2025年は、安全保障と気候変動が相場材料として混在したこともあって、商品の価格形成が一段と複雑化した1年だった。安全保障意識の高まりや社会不安を反映した動きとなったのは金。経済成長に向けて資本が求められたことを背景に、冷戦以降しばらくの間は国家間対立が緩和されたことでハードカレンシーの中では、価値貯蔵の性格が強い金よりも、資本そのものでもあるドルやユーロといった通貨が選好されてきた。しかし、金融危機と低金利の継続、高騰する物価、こうした課題を解決できない政府、先鋭化していく国家間の対立などは、こうした法定通貨の価値安定を損なうことになった。

 

 

 それでも物価がようやく安定しつつあることを受けて、世界の多くの金融当局は政策金利を引き下げている。しかし、かつてのように長期金利の押し下げ効果はほとんどなかった。このことは、資金の預貸が中心となる短期金融市場と企業や政府の長期債務と資産運用資金で構成されている長期金融市場との間で、分断が進行していることを示しているとも言えるだろう。他方で、金融危機前のイールドカーブが、今よりもスティープ(右肩上がり)だったことを踏まえると、こうした分断は実のところ、金融市場正常化に向けてのプロセスであると言えるのかもしれない。つまり、長期金利にはタームに応じてリスクプレミアムが上乗せされてくるという本来の状態に戻りつつあるとも言えそうだ。

 

 

 史上最高値を幾度となく記録したように金価格は高くなり過ぎているとの指摘もある。少なくともこの1年は、大きな下落を経験することもなく、資金は銀や白金など他の貴金属へとにじみ出ている。一方で、物価の安定と短期金利低下が実現しているにもかかわらず、例えば米国債10年物の利回りは年率4%を下回ることは、この1年間ほとんどなかった。10年満期の国債保有では、単純計算で元本の40%に相当する利払いを受けることになる。それでも金利を生まない、むしろ金利を負担することになる金保有が選好されてきた。金を売却して長期債へシフトさせるためには、現状の金利水準では投資家の欲望を満たさないということなのだろう。

 

 

 金を無国籍通貨や現物資産として位置づけるのであれば、他国や他人へ預けておくことは本末転倒となってしまう。仮に投資信託として保有するとしても現物の裏付けがあることや、預託先や運用機関は相応の信用が求められる。他方で手元での保有となると、売却時には品質鑑定を要するケースもあるし、そもそも盗難リスクもある。保有資産としては選好されるが安全を担保するには、それなりの費用が必要だ。

 

 

 金現物の管理や決済対応の難易度が高いこともあって、ロンドンを貴金属の受渡しの場とし、受渡し標準品を決めるなど貴金属決済の仕組みが構築されてきた。しかし、その決済に対応するために保管してきた在庫が投資対象となってしまったため、決済用の金が不足することとなり、価格高騰を招いた側面もあるだろう。さらに手元での保管が選好されたことでロンドンの在庫が引き出されてきたことも高騰に拍車をかけたとみることもできる。

 

 

重要なデリバリーポイントから流出が続く金(出所:BOE、Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

 こうなってしまうと商品市場で時おり見られる「スクイーズ(踏み上げ)」の構造と何ら変わりない状態とも言えるし、形成されている価格は公正なのか、また適切なのかといった根本的な疑問も生じてくる。そして「無国籍」であることから、市場介入する主体もなく、放置されたままの状態が続くことになる。コスト面から適切な水準を探ろうとしても、過去の産出分もあるし、そもそも「通貨」だとしたら生産コストを強調できなくなってしまうという困難にも直面している。消費財や投資財は当然生産コストが重視されるが、価値貯蔵の性質が大きくなりすぎると価格形成のロジックは変質してしまう。価格形成の過程が不明瞭であることから「バブル相場」とも表現されるが、通貨高だとしたら「弱い円」に対する「強い金」というような整理はできるだろう。

 

 

 足もとでは金のタイト感もだいぶ緩和している様子もうかがえる。スクイーズされた後の市場はボラティリティが高くなるので、強いトレンドが持続するのかを確認する時期になっているのだろう。2026年も金投資が通貨や国債よりも優先順位の高い、不安定な社会情勢が続いていくのだろうか。

 

 

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