右へ舵を切る中南米 ~対米接近が再編する地域秩序~
調査レポート
2026年01月14日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
小橋 啓
概要
中南米ではこれまで多くの国で左派政権が大勢を占めていたが、複数の国が右派政権へと移行し、2026年もこの動きが続くことが有力視される。中南米全体の右傾化が、鮮明になりつつある。政権移行による経済政策や、対米、対中関係についても大きく変化していくとみられ、地域全体の構造変化が起きつつある。
1.左派の退潮が鮮明となる中南米
2020年代初頭から、中南米ではブラジルのルーラ、コロンビアのペトロ、チリのボリッチといった左派リーダーが次々と誕生する、「第二次ピンクタイド」が到来していた。しかし、2025年現在、その勢いは急速に衰退している。パンデミック後の経済停滞や、記録的なインフレ、そして深刻化する治安悪化に対し、既存の左派政権が有効な手立てを打てなかったことが、有権者をより過激で「強い」右派指導者へと向かわせている。
パンデミック後のサプライチェーンの混乱とロシア・ウクライナ戦争による資源・食料価格の高騰は、中南米の家計を直撃することとなった。左派政権下では手厚い社会保障や補助金政策の拡充などが行われたが、こうした政策は財政を圧迫し、通貨安を引き起こす悪循環を招いた。また、かねてから混乱が続いているベネズエラなどからの不法移民や貧困層の増大を背景に、中南米全域で麻薬カルテルの勢力が拡大し、治安が悪化した。こうした社会不安は国民の最大の関心事項となってきており、治安対策などの社会秩序を重視する政策への支持が高まることにつながった。また、「改革」を掲げて登場した左派政権は議会との対立などもあって一向に改革を実行できず、また旧態依然とした腐敗も横行している姿に、国民は幻滅することとなった。こうした背景から、有権者は、バラマキ政策よりも「市場原理による成長」や、強力な「治安対策」を掲げる右派の政策へと傾倒し始めている。
2024年には、いち早くアルゼンチンで急進的なリバタリアンのミレイ政権が誕生したが、2025年、2026年と各国で相次ぐ大統領選においても右派への支持が高まっている。すでに選挙を終えたボリビア、ホンジュラス、チリでは右派政権へと移行し、2026年も、コスタリカ、ペルー、コロンビアでも右派への政権移行の可能性が高まっている。現在の右傾化は、単なるイデオロギーの回帰、いわゆる「保守の波」というよりも、各国の政治、経済事情を踏まえた個々の事情に突き動かされている面もある。そのため、2024年にウルグアイでは逆に左傾化し、メキシコでは左派政権が継続、またブラジルでも2026年の大統領選では左派の継続が有力視されている。それでも、地域全体でみれば大きな構造変化が進展していると捉えることができる。
2.経済状況の見通し:資源ナショナリズムから投資誘致へ
右派政権下では、市場にフレンドリー、現実主義への回帰、財政規律遵守、規制の緩和などが政策として重視されていくと想定される。現在右傾化の象徴ともいえるアルゼンチンのミレイ政権においては、無駄な政府支出を極力削減し、公営企業の民営化にも舵を切った。年率300%近くまで高騰していたインフレ率を30%程度まで鈍化させることに成功し、財政黒字も達成したことで国際金融市場での信頼も回復しつつある。緊縮財政により国民にとっては痛みを伴う改革の断行となっているが、アルゼンチンの実体経済は2025年に実質GDP成長率が前年比4.4%へとそれまでのマイナス成長から回復する見込みとなっており、2026年以降も持続可能かの正念場を迎えている。他の国では、ミレイ政権ほど極端な改革にはならないにせよ、こうした経済改革が目指されていく可能性が高くなっている。国際通貨基金は中南米の経済成長が2027年頃まで2.3~2.4%にとどまると見込んでいるが、改革により経済を上向きに変えられるかが注目される。
また、中南米では、チリ、アルゼンチン、ボリビアの「リチウム三角地帯」をはじめとするリチウム、銅をなどの重要鉱物やエネルギー資源の埋蔵量も豊富にある。左派政権では国家による管理を標ぼうしており、収益の国家への還元が強調され、鉱業ロイヤリティ率を引き上げる動きも起こった。例えば、チリでは「国家リチウム戦略」が出されるなど国家主導の資源開発が目指されてきたが、今後は資源開発についても、市場原理に基づき、外資を巻き込んで投資促進策の実行へとシフトしていくことが想定される。また、ロイヤリティについても、安定・予見可能性の高い制度へと調整されることで、資源ナショナリズムの動きを緩和させ、経済成長を目指していく期待が高まっている。
3.外交関係
右傾化により、外交関係も変わってくると考えられる。特に対米関係については、トランプ政権が対中南米政策を強硬化する中、右派政権は米国との同盟の強化に動いている。トランプ大統領を信奉するアルゼンチンのミレイ政権を筆頭に、新たに右派政権となったパナマや、チリ、ホンジュラスなども米国との関係の見直し(親密化)へと動いており、国家安全保障の確保と投資拡大を目指している。対米関係の改善・維持については、左派のメキシコにおいても、シェインバウム大統領がトランプ政権の意向に柔軟に対応しているほか、関係悪化により高関税が課されていたブラジルにおいても、トランプ大統領とルーラ大統領の関係改善により、貿易や投資の面での関係改善が期待されており、地域全体で米国との結びつきが強まっている。また、米中対立が激化する中で、中米ではニアショアリングの恩恵を受ける一方、南米は米国への資源供給の近接化の恩恵を受ける可能性がある。対米関係の安定化は投資・貿易の予見可能性や、資源供給の戦略的価値を高める一方で、対米依存の過度化、通商ショックへの脆弱性、トランプの取引外交的な側面により、資源開発などで自国の裁量の幅を狭めるなどの懸念も指摘されている。また、2026年初めに米国トランプ政権が、中米ベネズエラへの軍事介入をおこなったことは、地域内での主権上の懸念となる可能性もある。トランプ政権は、新国家安全保障戦略の下で、モンロー主義を正当化し、西半球を優先地域と位置づけ、麻薬カルテルとの戦いを主要な政策課題とみなしている。米国の同地域における積極的な介入姿勢により、地域情勢が再構築されつつあるという側面も無視できない。米国と協調する政府(例:アルゼンチン、エルサルバドル、エクアドル、ホンジュラス、チリなど)は支援で報われる一方、敵対勢力は圧力増大に直面する枠組みが構築される恐れがある。中南米の各国政府は、地域外との関わり方について、米国との地政学的緊張を招くリスクを考慮し、より慎重になる可能性が高い。これまでも、米国はモンロー主義を冷戦期の反共戦略として再解釈し、中南米に繰り返し介入してきた。米国の安全保障上の目的は一時的に達成できたケースもあったが、軍事独裁・人権侵害・内戦が多発、経済格差と政治不信が拡大などから、強い反米感情が広範に残り、反米を掲げる左派・ポピュリズム政権が誕生することにもなった。
しかし、今回は各国政府が米国に追従している姿勢が見てとれる。仮に、メキシコや、コロンビアなどへも軍事介入するような事態となれば別だが、この追米姿勢や右傾化の動きが出ている点は、これまでと大きく異なっている。
一方、対中関係については、これまでのような積極的な投資誘致や一帯一路への参加などからの政策転換が考えられる。パナマが一帯一路から離脱を発表し、運河の港湾の運営権についても香港企業(CKハッチソン)が売却に動き出したことや、台湾と断交し親中姿勢を強めていたホンジュラスにおいて、次期政権が再び台湾を重視する方針を打ち出したことも記憶に新しい。それでも、既に貿易や投資などの面での関係は強く、右派政権であっても、中国との関係を断絶することは経済上不可能となっている。左派政権時代のような「イデオロギー的親近感」は消え、インフラ建設や資源輸出における「純粋なビジネス関係」へと変質していくと考えられる。また、米国からの圧力に迎合する形で、5G通信網や港湾インフラにおける中国企業の排除を検討する国も増えていくことが考えられる。
4.今後の注目点
2020年代後半の中南米は、「右派ポピュリズム」と「市場主義的改革」が混在することが有力視される。一部極右ともいえる強硬派政権が誕生しているものの、かつての軍事独裁のような右派ではなく、民主的な手続きを経て選ばれており、「強いリーダー」が、治安と経済の安定を大義名分に権力を強化する傾向が続く。今後の注目点は、2026年のブラジル、コロンビアの大統領選挙であり、ここで右派が勝利すれば、中南米の右傾化は決定的なものとなり、地域統合の形も「反米左派連帯」から「親米・自由貿易同盟」へと塗り替えられることになる。
以上
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