イラン核合意の今後の見通し
ホット・トピックス
2015年12月25日
住友商事グローバルリサーチ 国際部 吉村 亮太
経緯
イランとP5+1諸国による核協議が、何度もデッドラインを延長した末に、2015年4月に枠組み合意に達し、7月に最終合意に達したことは記憶に新しい。そこから制裁解除に向けた具体的なプロセスが動き始め、10月中旬にAdoption Dayが到来しJCPOA(包括的共同行動計画)が発効した。また、先週、予定通りIAEA(国際原子力機関)がイランの過去の核兵器開発に関する報告書を提出し、それが理事会により承認され、イランの核疑惑の解明作業は正式に終了した。その報告書によると、2003年までは核兵器開発に関する活動があり、2009年まではその一部が継続されていたとのことだが、それ以降は、イランが主張する通り、開発が続けられていた確証はないという結論だった。開発を続けていないことの証明は極めて難しいため、このような幕引きにならざるを得ないだろうが、イランに対して厳しい姿勢を貫く米国の共和党などからは、不信感は払拭できないと反発が出ている。
イラン側は、西側諸国の制裁解除プロセスに対して一定のレバレッジを担保するため、数週間分ほどの作業をあえて残していたと言われている。その作業とは、遠心分離機を解体するなど、イランがJCPOAでコミットした核開発能力を低減させるための作業である。これは、イランだけが先走ってオブリゲーションを履行し、米国などから足元をみられるのを避けるための措置だった。しかし、IAEAの正式決議がなされ、最大のハードルが取り払われた今、イランは解体作業に全力投球し、1日も早くIAEAによる検証を受け、制裁解除を意味するImplementation Dayを迎えることが国益にかなうだろう。
【図表1】タイムライン
今後の見通し
Implementation Dayのタイミングは、2016年の第1四半期とも第2四半期とも言われてきたが、イラン側はもちろん、検証する側も、当初予想よりもかなり前倒しになると受け止められる発言が相次いでいる。ある識者からは、2月前半にも制裁解除があるのではないかという予想が今週初めに出ていた。すべて順調に進めば、イラン側は1月中に作業を終え、その後、数週間かけIAEAが検証を完了させるシナリオだ。また別のワシントン筋からは、1月末までの制裁解除も十分あり得るとの話もあった。
ロウハニ政権がそこまで急ぐ理由には、2月26日にイランで議会選挙が予定されていることがある。もしそれまでに制裁解除にこぎつけられれば、穏健派・改革派にとっては大きな追い風になると思われる。それゆえに、保守派が警戒して作業を遅らせることがないとも言い切れない、また、放射性物質を扱うデリケートな作業ゆえ、技術的な理由による遅延の可能性も排除はできない。
一方で、米国側は制裁解除に向けての対応が遅れていると言われている。政府内では財務省と国務省が中心となって制裁行政をつかさどっているが、その担当部局の幹部(政治任命されるポジション)の議会承認を共和党が滞らせることでオバマ政権が進めるプロセスに抵抗をしているという話もある。外交は大統領の専権事項だが、幹部人事や予算については議会が鍵を握っているため、ねじれ状態にある場合は、このように政治的駆け引きに利用される運命にある。制裁解除に関する米国政府の詳しいガイドラインはまだ公表されていないため、具体的に何がどこまで許されるのか、判断が難しい状況が続いている。
直近の動きと注目点
米国議会は先週、2016年度の歳出法案を可決したが、その中にビザ免除プログラムに関する規定を盛り込んだ。日本人はビザなしでも米国に90日間滞在することが今は許可されているが、法律の文言を文字通り解釈すると、2011年3月以降にイラク、シリア、及び米国政府によりテロ支援国家に指定されている国(イランやスーダンなど)に渡航歴のある者が米国に入国する場合は、今後はビザの取得が必要になるという内容である。この規定は、イランに対する嫌がらせというよりは、2015年11月にパリで発生したようなイスラム過激派によるテロ事件を阻止するための措置だと思われるが、新しい規定がいつからどのように運用されるのか、あるいは日本人は適用除外を受けられるのかなど、注視したい。なお、歳出法案が可決された翌日にしたためた親書の中で、制裁を解除するという米国の方針にまったく揺らぎはなく、イランの国益に反するような運用は行わないとケリー米国務長官がザリーフ・イラン外務大臣に対して念押しをしていたのは印象的であり、長期に渡った核協議を通して醸成された2人の間の信頼関係を感じさせる一幕だった。
以上
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