第5次エネルギー基本計画

2018年07月23日

住友商事グローバルリサーチ 戦略調査部
大代 修司


1.エネルギー基本計画の概要とポイント

 2018年7月3日に閣議決定された第5次エネルギー基本計画について、その概要とポイントを解説する。今回のエネルギー基本計画は、2030年のエネルギーミックスに加え、2050年に向けたエネルギーシナリオについて検討した「エネルギー情勢懇談会」の提言も取り込んだものになっている。

【図表1】 基本的な方針、【図表2】 2030年の電源構成(出所:資源エネルギー庁)

 基本的な方針は3E+S(安定供給、経済性、環境+安全性)で変わらないが、今回打ち出した考え方は、今はエネルギーを決め打ちせず、いろいろなエネルギー源を競わせて優れたものに将来シフトしていくというものである。ただ全般的に問題を先送りした感は否めない。2030年の電源の構成比率は【図表2】にあるように前回と変わっていないが、これは電源構成を変えることは、日本が国際公約としたCO2の26%削減を変更することに繋がるとして避けたもようである。

 

 2030年の原子力の比率を20~22%と据え置いているが、これには委員からも異論が出ていた。東日本大震災から7年経過し、現在9基の原発が再稼働しているが、電源比率を20~22%にするには30基以上の再稼働が必要で、これはまず不可能であろう。これまでは比較的再稼働させやすい原子炉を再稼働させており、今後は自治体の反発も含め、難しい原子炉を再稼働させなければならない。また原則40年とされる寿命を迎える原発もこれから続々と出てくるが、電力自由化で競争にさらされている電力会社には、残る寿命の短い原子炉に多額の費用をかけて安全系施設を建設して再稼働させたり、寿命を延長させたりする余裕が無くなっている。

【図表3】 2030年に向けた政策対応(出所:資源エネルギー庁)

 また今回、原発の新増設・リプレースに言及がないのは、世論・政治的配慮の結果と思われるが、これで事実上日本では今後数十年間新増設・リプレースが無くなる。政府は「次世代原子炉の研究・開発の推進」を入れたことで原子力を何とか残そうと腐心したようだが、建設コストが高騰しており、資本費の回収に長期間を要する原発の新設には、明確な政策の裏付けが無い限り電力会社も踏み込めない。また原発を長期間に渡って建設していないことによる製造能力や技術の継承者の枯渇など厳しい状況になっている。

 

【図表4】 2030年エネルギーミックスの実現と2050年シナリオとの関係、【図表5】 各選択肢が直面する課題、対応の重点(出所:資源エネルギー庁)

  なお、原子力に関し並行して7年ぶりに『原子力白書』が発行され、従来の原子燃料サイクルにはこだわらないといった、方針転換を示唆する記載も出てきている。

 原子力抜きで気候変動への対応をするとなると再生可能エネルギーでの対応となり、新聞等でも、再生可能エネルギーでの主力電源を目指す、と報道されているが、これには今回高いハードルが課せられている。【図表5】にあるように「経済的に自立し、脱炭素化した主力電源化を目指す」とされており、これは現在再生可能エネルギーには、バックアップや電力調整用などに火力発電が使われているが、これら無しで、かつFITのような助成金も無い状態で他の電源と同等のコストにならなければ、主力電源にはなれないことを意味している。

 原発の再稼働も達成できず、再生可能エネルギーも抑制となると、どうやって非化石燃料電源比率44%やCO2の26%削減を達成するのか非常に疑問である。いずれこれらの目標を見直さざるを得なくなるものと思われる。

 

 

 

2.野心的複線シナリオ

 再生可能エネルギーが火力などのバックアップ無しでの脱炭素化を図るため、今回【図表6】のような「脱炭素化システムコスト」という考え方が示されている。これは再生可能エネルギーに蓄電池や水素製造のコストを加えて、システムとして全て含めたコストで比較しようというものである。またこれら様々な組み合わせを「野心的複線シナリオ」と称して脱炭素化を推し進める方向性を示したことが今回のエネルギー基本計画の大きな特徴で、現状では再生可能エネルギーがいかに高コストかを示すものとなっているが、今後の展開に要注目である。

 これら複線シナリオ、システムコストについては科学的レビューメカニズムを構築して見直すこととしているが、誰がどのようにレビューすることになるのかにも注目しておきたいところである。日本がどのエネルギーの組み合わせに力を入れていくのかがこのレビューの過程で見えてくると思われる。モデルとした英国では独立した委員会がレビューすることになっているが、日本では、2019年大阪でのG20までにレビュー方法を含め詳細が決められるようである。

 最後に化石燃料についてであるが、ガスシフトを進め、非効率な石炭火力はフェードアウトするとし、気候変動問題を強く意識したものになっているが、高効率石炭火力は活用するとしており、従来の方針を踏襲している。ただ世界では超々臨界でも石炭火力は石炭火力としてみられるようになってきており、その先のA-USC[*1]やIGCC[*2]、IGFC[*3]といった次世代の石炭火力も開発中であるものの、今後日本は石炭火力比率を落としていかなければならず、必ずしもエネルギー効率、CO2削減量が飛躍的に上がるわけではない。高価な次世代石炭火力がどれほど普及するかは不明である。

 

【図表6】野心的複線シナリオ(出所:資源エネルギー庁)


[*1] A-USC:先進超々臨界

[*2] IGCC:石炭ガス化複合発電

[*3] IGFC:石炭ガス化燃料電池複合発電

以上

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