国民の9割が自らを「中間層」と認識、同階層を狙う民主・共和両陣営
人口の大きな割合を占め、経済回復の恩恵を得られていない「中間層」の対策は、これから本格化する2016年大統領選において大きな争点となることが予想されます。
「富裕層にとって有利な状態が未だ続いている」、ヒラリー・クリントン前国務長官は4月12日、大統領選への立候補を正式に表明したビデオ・メッセージでこう述べました。2012年の大統領選にてオバマ大統領が「民主党は中間層を支援」、「共和党は富裕層の既得権益を保護」というイメージを有権者に効果的に訴えて再選を果たしたのと同じ戦略をクリントン候補は試みていると同候補の側近は述べています。
しかし、一方で共和党も票確保を狙い、「中間層」重視の姿勢を見せ始めていることからクリントン候補の戦略が思い通りに運ぶ保証はありません。「中間層」重視の政策メッセージは多くの有権者の心を捉えることが想定されます。今後、同階層の支持獲得に向けて両党候補者による熾烈な論争が予想されます。
• 米国経済は回復基調

今日、米国経済は失業率低下、ガソリン価格低下による可処分所得増、消費者心理の改善などによって、好循環が生まれつつあります。昨今、オバマ大統領も経済回復の成果を多くの場面でアピールしています。3月、オバマ大統領は製造業が多く集まるオハイオ州クリーブランド市のスピーチで「2012年の大統領選にて、対立候補(ミット・ロムニー共和党大統領候補)は2016年までに失業率を6%まで引き下げると公約したが(当時の失業率は8%)、私は2015年で既に5.5%まで下げた」と自らの進める経済政策の有効性を訴えました。
• 経済回復の恩恵を得ていない中間層
オバマ大統領が自負するようように近年、米国経済全体は回復が見られるものの、中間層はその恩恵を得られておらず、格差は解消していないと特にプログレッシブ層と呼ばれる民主党支持者の中でも左寄りの人々の間で指摘されています。「オバマ大統領が『変革(Change)』を掲げて再選した時は非常に期待をしていた。しかし、政治のこう着状態は続き、特に格差問題の解決はほとんど進展が見られない」とあるプログレッシブ層の友人が私に不満をもらしました。
実際、カリフォルニア大学バークレー校エマニュエル・サエス経済学教授が米内国歳入庁(IRS)と米国勢調査をもとに2013年に発行した報告書『突然金持ちに:米国の高額所得者の進化』は、経済成長の恩恵は高所得者に集中していることを顕著に示しています。同報告書では、2009~2012年で米国で最も金持ちにあたる上位1%の所得伸び率は31.4%であった一方、下位99%の伸び率は0.4%に過ぎなかったと述べています。なお、同教授が2015年1月に発行した最新の報告書によると、2013年時点で所得上位10%は米国全体の所得の49%、所得上位1%は米国全体の所得の20%を占めています。
また、サエス教授が『21世紀の資本』の著者で知られるパリ経済学院のトーマス・ピケティ教授と共同開発したデータベースによると2010年時点で日本の所得上位10%は日本全体の所得の42%、所得上位1%は日本全体の所得の9%を占めています。近年、格差が問題となっている日本と比べても米国は高所得者が総所得に占める割合は大きく、米国の格差社会が浮き彫りとなっています。
• 共和党も中間層獲得を狙う
クリントン候補が中間層をキャンペーンで取り上げる一方、共和党も中間層の票確保を狙っています。その一人が4月13日、大統領選に出馬表明した共和党のマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)です。ルビオ候補は出馬表明演説で、労働者階級出身の両親がキューバから米国に移住し、アメリカン・ドリームを実現した話を語った後、「今日、多くのアメリカ人が今でもアメリカン・ドリームを実現できるのか疑問に感じている。一生懸命働く家族もその日暮らしの生活を送っている」と述べ、「中間層」重視の姿勢を見せています。共和党候補として立候補が予想されているジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事(ジョージ・W・ブッシュ元大統領の弟)も、2月にデトロイトの会合で同じく中間層の状況を問題視しています。
民主党候補と共和党候補は中間層が直面する問題を同様にフォーカスしていますが、異なるのはその解決策です。大きな政府を主張する民主党候補に対し、共和党候補は政府の規制緩和など小さな政府を解決策として訴えています。各党候補の主張はそれぞれの党の支持者の思想に基づいているようです。米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが2014年に行った世論調査によると貧富格差の解決において政府が関与すべきかという質問に対し、「大いに、あるいはいくらか関与すべき」と回答したのは民主党支持者の90%であったのに対し、共和党支持者は僅か45%です。
• 約9割が自らを中間層と位置づけ

大統領候補が中間層を重視する背景には、自らを中間層と位置づける国民が多くいることが挙げられます。ピュー・リサーチ・センターが2月に行った世論調査によるとに国民の約9割が自らは中間層(上位中間層11%、中間層47%、下位中間層29%)と答えています。自らを高所得者層と答えたのはわずか1%、低所得者層と答えたのは10%のみです。なお、中間層から脱落している国民が昨今、多くいることも挙げられます。
中間層の客観的な定義はありませんが、米国勢調査などをもとにニューヨーク・タイムズ紙(2015年1月25日付)が発表している統計によると、年間世帯収入3.5万~10万ドルを中間層と定義した場合、その割合は2000年の45%から2013年には43%に減少しています。一方、年間世帯収入3.5万ドル以下の割合は同じ期間に31%から34%まで増加しており、中間層から脱落している国民が増えていることが理解できます。ニューヨーク・タイムズ紙(2015年4月10日付)は、従来、米国において考えられていた中間層のライフスタイルとは「十分な医療を受けることができ、子供を大学まで進学させ、定年後の蓄えがあり、一般的には自動車を保有し、毎夏に旅行する余裕がある。中間層の様々な所得レベルにおいて居住地域に応じて購入できるものは変わり、庭付きの家がエレベータのないアパートになったり、レクサスの最新モデルが中古のポンティアックになることもある」と描写しています。
但し、今日、貧困ライン以下の多くの家庭でも携帯電話や薄型テレビが必需品となる一方、定年後の蓄えは富裕層にとっても贅沢と捉えられることが増えている中で中間層のライフスタイルを人々の消費面のみでは定義できなくなっていると述べています。今日、貧困ラインから年間25万ドル以上稼ぐ所得層の多くを含む幅広い層が自らを中間層と位置付けているため、同階層を定義する際に所得レベルだけでなく各個人がどのように捉えているかを考慮すべき点を同紙は示唆しています。
2016年大統領選に向けた動きが今後、本格化する中、中間層対策は争点として注目が益々高まることが見込まれます。共和党候補は、民主党政権のこれまでの経済政策に問題があると主張し、小さな政府の有効性を有権者に訴えていくことになるでしょう。一方、民主党候補もオバマ政権時の経済回復をアピールすると同時に大きな政府のもと中間層へのさらなる支援の必要性を訴えていくことが想定されます。自らを中間層と位置付ける多くの有権者が、自らが直面する課題の解決を託す相手として共和党あるいは民主党のどちらの主張に説得性を感じることとなるか、大統領選の本選の行方を左右する重要なファクターとなるでしょう。
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