「リベラルの春」の波に乗り、人種問題に取り組み始めたオバマ大統領

2015年07月17日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

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 「2015年は『リベラルの春』と歴史上、記憶されるかもしれない。」、ニューヨークタイムズ紙は2015年6月28日の1面に同月に見られたリベラル派の各種政策の前進をこのように描写しています。オバマケアへの政府補助金支給を合法とする最高裁判決、同性婚を米国全州で認める最高裁判決、黒人教会での銃乱射事件を受けて白人優位の象徴とも言われる「南軍旗」を南部州議会から撤去する動きの広まりなど、社会問題において人々の思想がより左のリベラルへとシフトしつつある米国社会を浮き彫りにしました。また、今後の米国社会を方向付けたとも言われています。大統領1期目であえて避けていた人種問題について、オバマ大統領は昨今の「リベラルの春」の波に乗って、ようやく積極的に発言し始めました。

 

 

• 黒人教会での乱射事件、黒人社会と一体化するオバマ大統領

チャールストン湾に浮かぶFort Sumter(南北戦争の口火が切られた砦)に掲揚されている当時の南軍の旗など (写真提供: SCGR 吉村 亮太)
チャールストン湾に浮かぶFort Sumter(南北戦争の口火が切られた砦)に掲揚されている当時の南軍の旗など (写真提供: SCGR 吉村 亮太)

 一連のリベラル派の政策の中で、オバマ大統領の言動に最も大きな変化が見られたのが、人種問題への取り組みについてです。6月26日、サウスカロライナ州チャールストンで起きた黒人教会での銃乱射事件の犠牲者追悼式でオバマ大統領は後世にも言い伝えられるであろう演説を行いました。人種問題解決に向けた強い意志と黒人社会との一体化を図るオバマ大統領の様子がうかがえました。米国の三大ネットワークの一つNBCテレビは、オバマ大統領の追悼演説について、スペースシャトル、チャレンジャー号爆発事故後にレーガン大統領が、オクラホマ連邦ビル爆破事件後にクリントン大統領が、そして9.11事件後にジョージ・W・ブッシュ大統領が行ったそれぞれの演説と同様に、国民をひとつにまとめたと評価しています(2015年6月28日放送)。

 

 演説の後半でオバマ大統領は賛美歌「アメージング・グレース」を歌い始め、その直後には数千人の参列者が大統領と合唱していました。「アメージング・グレース」は元奴隷商人でその後、牧師となった英国人のジョン・ニュートン氏が自らの反省に立って18世紀後半に作詞したキリスト教の賛美歌です。この歌を1860年代初頭まで奴隷貿易の中心地として利用されていたチャールストンの奴隷市場から1マイルも離れていない場所で、約150年後に米国初の黒人大統領が歌う事は時代の変化を象徴していました。なお、黒人教会では説教師が賛美歌を歌うのは良くあることです。ただし、大統領が演説の途中で歌い始めることはめったに見ることはなく、黒人教会に合わせたこの行動からもオバマ大統領は黒人社会との一体化をより前面に出してきていることが垣間見られます。また、オバマ大統領は演説で、南軍旗について「組織的に行われた抑圧と人種による支配の記憶を想起させる」と批判し、自らが社会における人種問題の議論をリードしていく姿勢を見せました。

 

 オバマ大統領は6月中旬、ポッドキャスト番組『WTF With Marc Maron』におけるコメディアンのマーク・メイロン氏によるインタビューで「人種差別がまだ存在するかは、『ニガー』(黒人を指す差別用語)という言葉を人々が公の場で発するのを避けるようになったかどうかで判断できない」と語り、過去の大統領が何十年もの間、発してこなかった「ニガー」を意図的に使って社会の根底にある人種差別を問題視しています。オバマ大統領が従来は発言を避けていた人種問題に対して真剣に取り組むようになった背景には、以下で記す度重なる黒人差別の事件と社会の変遷、そして任期終了まで1年半となった現在、レガシー(業績)作りに本格的に取り組み始めていることが挙げられます。

 

 

• 度重なる黒人差別の事件と国民意識の変遷

チャールストンの街並み (写真提供: SCGR 吉村 亮太)
チャールストンの街並み (写真提供: SCGR 吉村 亮太)

 オバマ大統領は、黒人社会からは人種問題においてより指導力を発揮してほしいとの要望も多いにも関わらず、大統領という役職上、黒人支持の立場をとることは難しく、白人大統領以上に人種問題について発言を控えてきたと指摘されています。

 

 オバマ政権1期目に大統領補佐官として大統領の側近であったバン・ジョーンズCNN政治コメンテーターは、CNNの番組(6月28日放送)でそれを裏付ける話をしています。同氏によると、オバマ大統領は就任当時、人種問題をめぐり、黒人からは黒人のために十分な発言をしていないと批判される一方、白人からは人種問題を政治運営でうまく利用しようとしているのではないかと厳しい批判があり、双方から非難を受ける同問題について触れなくなったと指摘しています。

 

 また、政治学者のペンシルベニア大学ダニエル・ギリオン准教授は、国を政治的に統一し社会全体の生活改善を図る上で、人種に関する言動は中立的な立場をとるという戦略をオバマ大統領は1期目に遂行してきたもようと分析しています。同教授は、それを示す実例としてオバマ大統領が、『ブラック・エンタープライズ』誌編集長による2012年のインタビューで「私は米国の黒人を代表する大統領ではない。米国全体を代表する大統領である」という人種に関して中立的な発言をしていた点を挙げています。

 

 しかし昨今、ミズーリ州ファーガソンで白人警官が黒人少年を射殺した事件、ニューヨークで白人警官が黒人男性の首を絞めて死亡させた事件、ボルチモアで白人警官に逮捕された黒人男性が死亡した事件、そして黒人教会での銃乱射事件など黒人差別が要因と思われる事件が多発しました。これらの事件後、米国各都市で黒人差別反対のデモ活動が発生し、オバマ大統領が問題解決に迫られ、人種問題について自らの考えを表明する機会が増えました。2015年4月に安倍首相がホワイトハウスを訪問した際の両国首脳の記者会見でも、米国人記者から日米関係に関わりのない上述のボルチモア事件後の暴動について質問されたオバマ大統領は、質問を拒まず、長々と人種問題について自らの思いを語りました。

 

 CNN/ORC世論調査では、米国で黒人に対する人種差別はどの程度深刻な問題であるかとの質問に対し「非常に深刻」と回答した国民はオバマ大統領が大統領に初当選した2008年11月では13%であったのが、2015年6月には37%まで上昇しています。「ある程度深刻」と答えた国民も含めると同期間、54%から74%へ上昇し、黒人に対する人種差別について問題視する国民が大幅に増えています。この国民意識の変化もオバマ大統領がより前面に出る上で後押しをしていると思われます。

 

 

• 自らのレガシー作り

2011年、ワシントンに建てられた公民権運動の指導者キング牧師の記念碑 (写真提供: SCGR 吉村 亮太)
2011年、ワシントンに建てられた公民権運動の指導者キング牧師の記念碑 (写真提供: SCGR 吉村 亮太)

 オバマ大統領は2期目後半に入り、任期終了まで1年半となりました。大統領は再選や民主党の中間選挙を気にする必要もなくなり、自らのレガシー作りの一貫で取り組むようになったと専門家は指摘しています。大統領になる前に出版した『Dreams from My Father(邦訳書名:マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝)』の主題は、人生を通して関わってきた人種問題です。選挙を気にする事は無く、何もしがらみがなくなった今、オバマ大統領は従来から問題意識を持っていた人種問題という難しい課題について、真正面から取り組み始めたと思われます。感情がこもった前述の追悼式における演説は、2008年の大統領選で国民に期待を抱かせた時と同じような感動を人々に与え、オバマ大統領の人種問題解決に向けた強い意志を国民も感じとることができたとも評されています。

 

 

• レームダックからハッピーダックへ、勢いに乗る大統領

 2010年中間選挙の下院で民主党が過半数の議席を失って以降、米国議会でこう着状態の政治が始まりました。その後、2014年中間選挙の上院でも民主党が過半数の議席を失い、影響力を失った「レームダック大統領」とも呼ばれていたオバマ大統領ですが、6月26日から28日にかけ実施されたCNN/ORC世論調査では、2年ぶりに支持率が50%まで上昇しました。特に黒人からは支持率91%と4か月前からも2%ポイント上昇し、高い支持を得ています。

 

 「リベラルの春」によって勢力を巻き返し、影響力を増しているオバマ大統領について、残り1年半の任期は「レームダック大統領」ではなく、「ハッピーダック大統領」とも一部のリベラル派は呼んでいます。まさに2008年にプログレッシブ派が期待をかけて選んだ大統領が、「リベラルの春」とともによみがえってきているようです。この勢いに乗って、今後、従来は避けてきた人種問題について、オバマ大統領は社会の先頭に立って取り組んでいくことが予想されます。黒人をはじめとしたマイノリティーの若者が学校に通い雇用機会を拡大する「マイ・ブラザーズ・キーパー」と呼ばれる取り組みを2014年に立ち上げ、その後、この取り組みから派生した非営利組織「マイ・ブラザーズ・キーパー・アライアンス」が2015年3月に設立されました。オバマ大統領は、同組織設立時の挨拶で「大統領夫人ミシェルと私はこの取り組みについて、残りの大統領の任期に限らず、人生の使命として継続する」と述べています。「リベラルの春」の波とともにハッピーダックと化したオバマ大統領は、自らの人生をかけて取り組んできた人種問題にようやく手をつけ始めたようです。

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