米国政治を振り回すフリーダム・コーカス:その正体と議会展望

2015年11月25日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 共和党保守強硬派の下院議員連盟フリーダム・コーカスが米国政治を振り回しています。ジョン・ベイナー前下院議長の辞任、そして後任と有力視されていたケヴィン・マッカーシー共和党下院院内総務の下院議長立候補辞退に導いたのも同コーカスが大いに影響していると言われています。こう着状態の米国議会に不満を抱く国民が多く、世論調査会社ギャラップによると米国議会に対する国民の支持率は、約30年ぶりの低水準(2015年10月時点で13%)で近年は推移しています。この政治のこう着状態をもたらす一因となっているのがフリーダム・コーカスです。2015年10月29日、ベイナー前議長の後任として就任したポール・ライアン新議長(ウィスコンシン州第1選挙区選出、前下院歳入委員長)は、今後、同コーカスを敵に回さず下院を率いるために、リーダーシップを巧みに発揮することが求められています。

 

 

 • フリーダム・コーカスとは

ナショナル・モールから見た米国議会議事堂(写真:筆者)
ナショナル・モールから見た米国議会議事堂(写真:筆者)

 第114米国議会が開幕した2015年1月、フリーダム・コーカスは下院共和党の保守強硬派議員9人によって発足しました。同コーカスメンバーの多くがこれまで保守強硬派のティーパーティー(茶会党)運動に関わり、財政支出削減など小さな政府を標ぼうし、共和党の中で最も保守的な政策を追求しています。同コーカスは、政策実現のためには政府閉鎖も辞さない強硬な姿勢から「政府閉鎖コーカス」と呼ばれることもあります。最近では財政問題以外に、移民政策、妊娠中絶問題などさまざまな政策において影響力を発揮しています。他の議員連盟と違い、同コーカスは9人の創設者以外のメンバーは正式に公表せず、招待された議員だけに参加資格が与えられ、ウェブサイトも存在せず、会合も一般公開されていないことから、その全容は不可解と言われています。メディアでは同コーカスメンバーは約40人と報道されていますが、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターは2015年10月末時点で36人がメンバーであることを確認しています。茶会党が躍進した2010年中間選挙以降に当選した議員が同コーカスの約7割を占め、議員在職期間が他の共和党下院議員と比べて短いのが特徴です。今日、共和党下院議員の平均在職期間は5期目に入っているのに対し、同コーカスは3期目です。

 

 

• 小規模コーカスが、なぜ多大なる影響力を保持しているのか

 共和党下院議員247人のうちのわずか約15%を占めるフリーダム・コーカスが影響力を持っている背景には、メンバーの8割が合意した議案については表決行動の拘束をコーカス内で徹底していることが挙げられます。日本では各政党によって党議拘束がかけられることが多いのですが、米国ではそういうことはなく、議案によって民主党議員と共和党議員が各自の意思で投票し、それによって党から除名されることもありません。例えば、共和党出身の下院議長の意に反し、共和党下院議員247人のうち36人のフリーダム・コーカスがある議案で反対に回った場合、共和党の実質の議席数は211議席となり、議案可決に必要とされる全議席数435の過半数(218票)を下回ります。従来は熟練議員から構成される共和党指導部によって議論が方向付けられていたところを、議員在職期間が短い同コーカスの団結力によって指導部のリーダーシップがとれない事態に陥ります。

 

 ベイナー前議長が辞任表明後、同コーカスは次期下院議長候補に対して21項目の要望を突きつけました。マッカーシー院内総務が議長立候補辞退の後、次期議長候補と注目されたライアン議員は、立候補を決断する前に同コーカスと協議し、一部要望に応じることに合意したと報道されています。多数派である共和党下院議員の過半数が反対する法案は、たとえ民主党下院議員の賛成票を合わせて可決できたとしても議長は下院本会議で採決にかけない慣例のハスタート・ルールを尊重することにライアン議員は合意したと報道されています。同ルールを適用する一例として、フリーダム・コーカスとの協議の際、ライアン議員が「議長として、共和党下院議員の過半数が賛成していない移民関連法案は下院本会議で採決にかけない」と発言したことを、協議後に再確認した書簡を同コーカスメンバーであるモー・ブルックス共和党下院議員(アラバマ州第5選挙区選出)は自らの議員事務所ウェブサイトに掲載しています。共和党のデニス・ハスタート下院議長(就任期間:1999~2007年)が非公式に取り入れていた同ルールは、ベイナー前議長在任中は適用されず、フリーダム・コーカスの反対する議案も民主党議員の賛成票と合わせて可決するといったケースが多々見られました。

 

 

• フリーダム・コーカスが存続する背景

 フリーダム・コーカスが今後も米国政治で影響力を保持することが想定される背景には、社会の分極化と選挙制度が挙げられます。米国社会の貧富の格差は1980年代以降、拡大傾向にあることが分極化の一因です。また、ニュース番組の24時間放送など自らの思想に合ったメディア報道の選択が可能となっていることも影響していると思われます。米国政治アナリストのチャーリー・クック氏は、社会全体で無党派層が拡大する中、民主党はよりリベラル派で結束し、共和党はより保守派で結束し、各党の多数派が似通った考えの人々に偏ってきている傾向を指摘しています。同氏によると、多くの議員はより政治的に単一化した有権者を代表していることから無党派層を知らず、同層の考えを自らの思想に取り入れていないとのことです。

 

 その具体例として、同氏は2012年にオバマ大統領がロムニー共和党候補に勝利した後、ショックを受けていた共和党下院議員を紹介しています。「彼女はロムニー候補が勝利できないとは夢にも思ってもいなかった。なぜなら、オバマ大統領に投票した人を彼女は誰も知らなかったから」と実体験を述べています(ナショナル・ジャーナル誌、2015年10月27日付)。さらには、選挙区割り制度(ゲリーマンダリング)によって、一部の選挙区で共和党支持者あるいは民主党支持者の人数が極端に偏っていることも挙げられます。このような選挙区では当選した下院議員が少数派の意見に耳を貸さず、多数派が支持する強硬な政策を追求する傾向もみられます。

 

 政治経済などの統計分析に定評があるウェブサイトのファイブ・サーティエイトの集計が、フリーダム・コーカスメンバーの出身選挙区がより共和党支持者が多い点を顕著に示しています。同サイトによると、2012年の選挙で同コーカスメンバーの出身選挙区は、選挙区がどれだけ民主党寄り、あるいは共和党寄りかを示す「党派的投票者指数(PVI)」で、全国平均と比べて14%ポイント、共和党候補が当選した他の選挙区平均と比べても3%ポイント、共和党寄りです。なお、クック・ポリティカル・レポートは、下院選挙において全米の接戦選挙区は減少傾向にあり、過去15年で接戦選挙区はほぼ半減している点を指摘しています。次回の選挙区割りは2020年の国勢調査後で、しばらくは現在の選挙区が維持されます。分極化する社会そして選挙区割りにより、引き続き同コーカスが強硬な政策を追求していく土壌が整っています。

 

 

ライアン新議長で下院は変わるか

ライトアップされた米国議会議事堂(写真:筆者)
ライトアップされた米国議会議事堂(写真:筆者)

 ライアン新議長は議長就任演説で下院をまとめていく意気込みを語り、新たな議長によって下院が変わる可能性もかすかにあります。ファイブ・サーティエイトによると、議員の投票行動をもとに「議員がどれだけリベラルまたは保守であるかの度合いを示す指数(大きいほど保守)」でフリーダム・コーカスは0.65、共和党下院議員の平均は0.49となっています。ライアン新議長は0.56と評価され、ベイナー前議長(0.52)、マッカーシー院内総務(0.46)を上回ります。また、「議員がどれだけ反エスタブリッシュメント(反既存体制)かの度合いを示す指数(小さい数値ほど反エスタブリッシュメント)」では、フリーダム・コーカスは▲0.19、共和党下院議員平均は0.09となっています。ライアン新議長は▲0.23と評価され、ベイナー前議長(0.03)、マッカーシー院内総務(0.25)を上回り、同コーカスと同じレベルに位置します。

 

 これらの数値だけを見ると、ライアン新議長は同コーカスほど十分に保守的ではないものの、反エスタブリッシュメントの傾向があり、保守強硬派も束ねて下院共和党を引っ張れるとも考えられます。しかし、同コーカスを支持する保守系ロビー団体ヘリテージ・アクション・フォー・アメリカのマイク・ニードハムCEOはテレビインタビューで、ライアン新議長が保守的な思い切った改革を推進すれば強力に支援するものの、これまでと同様であれば支援しない点を明示しました(フォックス・ニュース、2015年10月25日放送)。

 

 ワシントンDCにあるシンクタンクの超党派政策センター(BPC)が2015年10月28日に開催した公開討論会で、下院共和党指導部に携わったことがあるビン・ウェバー元下院議員(ミネソタ州第2選挙区選出)は、ライアン新議長はベイナー前議長と違いフリーダム・コーカスの信頼を得ていて、就任直後は大きな課題に直面しないことからもハネムーン期間を経験することを予測し、短期的には期待している点を述べています。しかし、その一方で「議会が直面する分極化、機能不全の根源となっている課題は変わっていないため、ライアン氏は議長として分裂している党をまとめるリーダーシップを発揮せねばならない」と不安要素も指摘しています。

 

 

 ライアン新議長への置き土産として、ベイナー前議長は退任する前日、これまでフリーダム・コーカスと常に対立してきた連邦債務上限引き上げと2年間の予算案を下院で可決しました。ベイナー前議長のおかげで、ライアン新議長は政府閉鎖をもたらす連邦債務上限問題を2017年3月まで心配しないでよい見通しです。しかし、ベイナー前議長は可決するために民主党議員の賛成票の協力を得ており、ハスタート・ルールを遵守していません(下院:賛成266票「うち民主党187票、共和党79票」、反対票167票「全て共和党」)。議長就任後、初めてのテレビインタビューで、ライアン新議長は「ルールには常に例外があり、状況によっては全てのオプションを検討する必要もある。しかし、今後、特に意見が分かれる案件については(下院共和党の)総意に基づいて党を運営することが重要」と述べ、ハスタート・ルールを基本的に尊重する方針を示唆しています(フォックス・ニュース、2015年11月1日放送)。

 

 米国社会および議会の分極化の進行など構造的な問題が根底にある中、いずれ予算問題など下院共和党内で大きく意見が分かれる苦境にライアン新議長は直面することが予想されます。その際、ライアン新議長は国を政治危機に陥れるか、あるいはフリーダム・コーカスとのハスタート・ルール尊重の約束を破って同コーカスと対立するか、どちらかを選択する必要性に迫られることでしょう。

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