米通商政策:中国の過剰生産問題、トランプ政権はいかに対応するか

2017年08月04日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 国家資本主義の中国の台頭とともに、戦後の世界貿易促進・保護主義抑止に貢献してきた関税と貿易に関する一般協定(GATT)/世界貿易機関(WTO)体制の限界が浮き彫りになる中、今日、国際貿易は新たな局面を迎えている。近年、中国の国家資本主義に起因する鉄やアルミなどの過剰生産問題などは、WTOや従来の米国の貿易救済措置だけでは十分に対応できていないといった問題意識が米鉄鋼業界内や米政治内で拡大傾向にある。米政府は新たな手法で対策を打つことを望まれていたとき、保護主義政策導入で容易に貿易問題を解決できると選挙キャンペーンを通じ公約していたのがトランプ大統領だ。選挙期間中から同大統領は、「核オプション」とも称される安全保障を理由とした輸入規制「1962年通商拡大法232条(以下、232条)」発動の可能性も示唆してきた。選挙期間中は強硬な保護主義政策導入を訴えていたものの、政権内での権力抗争そして議会や業界からの圧力などが同政権の通商政策に影響を及ぼしており、同政権がいかにして中国の国家資本主義に対抗するのか、現時点では未知数である。少なくとも、分かり始めていることは同問題の解決は米国単独で対応するには限界があることだ。そのため、いずれトランプ政権の通商政策は多国間の協力を得て解決を図らざるを得ないことが予想される。

 

 

◆岐路に立つ世界貿易体制

ラストベルトの主要都市シカゴの夕暮れ(筆者撮影)
ラストベルトの主要都市シカゴの夕暮れ(筆者撮影)

 世界経済で中国の影響力が拡大する中、国際貿易において中国の国家資本主義と現在の世界貿易体制を築き上げた欧米諸国をはじめとする市場経済主義に軋轢が生じている。2001年、中国がWTOに加盟した当時、欧米諸国は中国が市場経済主義に改革を進めていくことを想定していた。しかし、今日、加盟時には想定していないWTO法ではグレイゾーンでまだ定めのない新たな課題も多々浮上している。WTOはその改革の遅れからも中国の国家資本主義に関わる新たな課題に柔軟に対応できていないのが実態だ(2017年3月27日記事参照)。米国では、技術革新とともに製造業の全生産量は増加傾向にある一方、製造業雇用者数は減少傾向にある。製造業を多く抱えるラストベルト地域を中心に貿易がこの労働市場の苦境のスケープゴートと化す中、対中国貿易はトランプ政権発足前から米国の貿易救済措置の標的となってきた。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)によると、貿易加重ベースでは中国の対米輸出に占める米国の反ダンピング関税の割合は2000年に1.5%未満であったのが、2015年には約7%まで上昇したという。オバマ政権時代は貿易救済措置の強化の他、中国問題の中長期的な対策として環太平洋パートナーシップ(TPP)を推進してきた。だが、政権発足初日にTPP離脱を宣言したトランプ政権は、他の手法で中国問題を対処せねばならない。

 

 トランプ大統領が232条について初めて言及したのは、大統領選中の2016年6月、ペンシルバニア州の集会で「米国経済独立宣言」を発表した演説だった。同演説では中国の不公正貿易慣行に対し、通商法201条(セーフガード)、通商法301条(以下、301条)に加え、232条など大統領権限で発動可能な通商法の執行を示唆した。当時、トランプ候補に通商政策で助言していたのは、ピーター・ナバロ通商製造政策局(OTMP)局長(元カリフォルニア大学アーバイン校経済学教授)とダン・ディミッコ・ニューコア元最高経営責任者(CEO、選挙期間中はトランプ氏の通商顧問)だ。ワシントンにロビイスト事務所を構えるある米国の鉄鋼メーカー社員の話では、中国の鉄鋼製品の問題解決にトランプ政権は301条や232条など大統領権限で発動可能な新たな手法であれば、どれを利用しても構わないと考えていたが、232条調査を開始したことで米鉄鋼メーカーの経営陣がワシントンを頻繁に訪れ強力に支持してきたという。なお、トランプ政権は鉄鋼分野で301条の利用はまだ示唆していないが、近々、301条をもとに中国の知的財産権侵害などに関する調査を開始する見通しだ。

 

 国家資本主義の中国によるWTO法では取り締まることに限界があるグレイゾーンの行為が散見する一方で、米国も中国に対抗し同法のグレイゾーンである安全保障(GATT21条:「安全保障例外」規定)を理由に232条を通じた保護主義政策を導入するのかが注目されている。米国が最後に232条を発動したのはレーガン政権時の1982年で、WTO発足以降は見られない。長年利用されない背景には理由がある。WTO法上、定義が不明瞭な安全保障を根拠とした保護主義政策導入はパンドラの箱を開き、各国が安全保障を理由に保護主義政策を導入し貿易紛争を引き起こすリスクも存在するからだ。

 

 

◆通商政策で支持基盤の固め直しの可能性も

 「ブルーカラー億万長者」とも揶揄されるトランプ大統領は、2016年大統領選で通商政策の改定などの公約や保護主義に好感を抱くラストベルト地域の労働者の支持を獲得し、僅差で勝利した。「中国との貿易問題は2016年大統領選で誰が勝利していても、新政権が直面していたこと。しかし、トランプ政権の特異性は同問題について政治的な注目度をエスカレートさせたこと」とPIIEのチャッド・ボーン上級研究員は2017年7月、ワシントン市内の会合でこう語った。通商政策は従来、テクノクラート(高級技術官僚)によって扱われてきていたが、2016年大統領選では政治の前面に登場し政治家が扱うようになったと同研究員は指摘する。議会におけるオバマケア代替法案の迷走によって、重要な税制改革法案やインフラ整備法案などの審議が遅れ、更にはロシアゲート問題によって政権の求心力が失われつつある。その状況下、議会承認を得なくとも大統領権限だけで発動が可能な通商政策で大統領は強硬姿勢を見せ、支持基盤を固め直す可能性も一部専門家の間で予想されつつある。また、トランプ大統領は2020年に再選するためにもラストベルト地域での公約をある程度実行する必要があることから、TPP離脱、NAFTA再交渉以外に、対「中国」通商政策で強硬策をアピールする可能性もある。232条を利用し鉄鋼産業の貿易救済措置を示唆してきたトランプ政権は、何も対策を実施しないことはありえない状況に自らを追い込んでしまっている。

 

 

◆二国間交渉では中国は譲歩しないことが鮮明に、強硬策の有効性に疑問符

 何かしら対策を打たなければ、民主党そして場合によっては支持基盤からも弱腰との批判が免れない。そういった中、トランプ政権は中国の過剰生産問題解決についてこれまで訴えてきた単独路線から多国間協調路線へシフトせざるを得ない状況に直面している。その背景には(1)過剰生産問題に関し、中国と二国間交渉で解決するのは容易でなく、(2)国内外の各方面からの反発の高まりや他国からの報復措置の脅威があるからだ。

 

 2017年4月、フロリダ州の別荘マールアラーゴで行われたトランプ大統領と習近平国家主席の初会談では、米中の貿易不均衡是正に向けた「100日計画」に合意し、トランプ政権は中国側からの協力的な姿勢などポジティブなメッセージを発信し、その後の進展に期待が広まった。しかし、そもそも根底に多くの問題を抱える米中経済関係のハネムーンは長続きしなかった。約3か月後の7月19日、ワシントンで開催された第1回米中包括経済対話は終了後の記者会見も行われず、ほとんど成果がない中、終了した。関係筋によると同対話では中国の鉄鋼の過剰生産問題に議論が集中したものの、合意に至らなかったという。米中包括経済対話に先駆け、7月13日、ウィルバー・ロス商務長官は米議会上院財政委員会に対し232条についてブリーフィングを実施した。同会合でロス商務長官はレーガン政権時の1981年以降(90年代まで継続)、米国市場から締め出すといった米国の脅しによって日本などとの間で合意に至った自動車の対米輸出の自主規制、1984年以降の日本を含む各国の鉄鋼製品の輸出自主規制(VER/VRA)などを議員に紹介したという。だが、中国に対して二国間交渉で圧力をかける手法は少なくとも今回は失敗に終わったようだ。生産能力を削減するよう迫る米国に対し、中国がためらった結果、米国が他の議案に移らなかったことが、ほとんど成果がなかった理由だと米政治専門紙ポリティコ(2017年7月20日付)は報じている。このように米国の圧力に対し、中国は屈しない姿勢を見せている。今秋開催の中国共産党大会以降に中国政府がやや軟化する可能性はあるものの、二国間交渉は1980年代に見られた日米安保の関係がある同盟国の日本とは状況が異なるようだ。

 

 更に国内外の各方面から232条に対する反発、そして他国による報復措置の脅威が高まっている。米国の貿易相手国だけでなく、国内では鉄鋼を利用する自動車業界やエネルギー業界、そして報復措置のターゲットとなり得る農業などが反発を高めている。7月25日、グローバル・ビジネス連合(米国商工会議所、BUSINESSEUROPE「欧州経営者連盟」、カナダ商工会議所など15か国・地域を代表する商工会の集まり)が連名で公開状を米国政府に提出し、232条について反対を表明している。これらの声を受けて一部の米議会議員も懸念を表明し始めている。米国が鉄鋼輸入に関税または輸入数量制限を課した場合、中国およびその他諸国は米国産品に対し報復措置を発動するだろうと元米通商代表(USTR)のロブ・ポートマン上院議員(共和党、オハイオ州選出)を筆頭に警鐘を鳴らしている。

 

 

◆米政権は232条で威嚇し多国間解決を図るのか

 「(232条を含め)米国単独での貿易救済措置では中国の過剰生産問題は解決しない」、2017年7月、スティムソンセンター特別研究員のウィリアム・レインシュ元商務次官(貿易管理担当)はワシントン市内の会合でこのように語った。仮に貿易救済措置を発動しても除外されている国を経由した迂回輸出を防ぐのは難しいからだという。また、そもそも米国の鉄鋼製品の全輸入に占める対中輸入の割合は2017年1~4月の期間で約2%に過ぎない。米国の輸入相手国上位にはカナダ、ブラジル、メキシコ、韓国など米国の同盟国が多いことからも、232条発動は皮肉にも同盟国に被害が及ぶ可能性が高く、場合によっては報復措置を招くこともあり得る。仮に同盟国を除外すれば、迂回輸出をもたらし、効果は一時的に留まる見通しだ。

 

1962年通商拡大法232条調査に関わるスケジュール(出所:1962年通商拡大法232条、各種報道等を基に米州住友商事ワシントン事務所作成 https://scgr.co.jp)

 

 中国の過剰生産問題は、WTOでも解決できず、二国間交渉でも米国は解決できない。従って、米国に残されている解決策としては鉄鋼生産に関わる国と協力して多国間で対策をとることのようだ。2017年7月27日、ロス商務長官は米議会下院歳入委員会に米中包括経済対話の結果および232条についてブリーフィングを行った。同ブリーフィングに出席した下院歳入委員会の職員の話によると、ロス商務長官は中国の鉄鋼過剰生産問題について、232条発動を引き続きオプションとして残しているものの、多国間の対話での解決策が最も有効であると認識していたようだ。2017年7月7~8日、ドイツのハンブルクで開催されたG20は、OECD(経済協力開発機構)の鉄鋼過剰生産能力に関わるグローバルフォーラムを通じて2017年8月までに情報共有し協力して2017年11月までに具体的な解決策を報告することで合意に至った(図参照)。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が強力に推進した同提案はトランプ政権の232条による鉄鋼輸入規制の単独行動を阻止することが狙いであった。トランプ政権内ではゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長などが同フォーラムでの解決策を支持しているものの、いまだ米国のスタンスは不明瞭である。下院歳入委員会の職員に筆者が確認したところ、ロス商務長官が述べた各国との対話の形式については、OECDグローバルフォーラムを利用するのか、あるいは他の枠組みを新たに設けるのかなど、詳細はブリーフィングで明らかにされなかったという。

 

 今後、トランプ政権は通商政策で強硬な姿勢を見せながらも、多国間で効果的な解決策を探る可能性も高い。例えば232条で関係国を威嚇することで協力を得て、多国間で中国に対し圧力をかけ鉄鋼過剰生産問題の解決を図ることなどが予想される。外交問題評議会(CFR)のエドワード・アルデン上級研究員は、この脅しによって各国の協力を得る手法は過去、共和党大統領で効果的に利用された実績があるという。1971年のニクソン・ショック後、リチャード・ニクソン政権による10%の関税引き上げという脅しで日本やドイツとの為替政策でドル安を誘導し、1985年にはロナルド・レーガン政権でも輸入規制の脅しで両国との為替政策でドル安誘導の合意に至っている。

 

 WTOが存在する今日、同様の手法が通用するか、為替以外の分野で通用するかなど不透明だ。とはいえ、今後、トランプ政権は中国の鉄鋼過剰生産問題の解決に向け、同盟国を含む米国の鉄鋼輸入元の国に圧力をかけていくことが予想される。中国の国家資本主義に対抗する取り組みの結果次第で、今後の国際貿易の枠組みに大きく影響が出てくる可能性があるだろう。

 

以上

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