トランプ政権の税制改革の行方:オバマケア改廃法案の二の舞になるか

コラム

2017年11月02日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 トランプ政権は、2016年大統領選の目玉公約の一つであった医療保険制度改革(オバマケア)改廃法案の可決に失敗し、政権発足から約9か月以上経過した現在もメジャーな公約を果たせていない。この状況下、トランプ政権が2018年中間選挙後もなお上下両院で共和党が過半数を維持し続けるために同選挙までに何としても実現せねばならないと考えているのが税制改革だ。2017年10月26日の予算決議成立により税制改革実現の可能性はやや高まっている。だが、今夏、可決に失敗したオバマケア改廃法案の二の舞になるリスクは依然多く潜んでいる。

 

◆予算決議成立で税制改革実現に光が見え始めた共和党

 米議会共和党は税制改革実現に向けて2段階プロセスを踏んでいる。まず第1段階で2018会計年度予算の「青写真」とも称される予算決議を成立させ、その後、第2段階で税制改革法案自体の可決を目指す。既に米下院では予算決議が成立しており、現在は第2段階に入っている。この予算決議の中に財政調整法の指示が含まれたことで、税制改革法案は上院で議事妨害(フィリバスター)を回避し過半数での可決が可能となり、現在の議会勢力図では民主党票に頼らず共和党票だけで税制改革法案が成立できることになった。なお、予算決議で併せて承認された減税によって今後10年間で最大1兆5,000億ドルの歳入減が見込まれ、保守強硬派が財政よりも減税を優先する姿勢を示したことで税制改革実現に希望が見え始めている。

税制改革法案可決見通し(現実的なシナリオ)(出所:各種報道資料等を基に、米州住友商事ワシントン事務所作成(https://www.scgr.co.jp/)

 共和党指導部は税制改革法案の早期可決を狙う。共和党下院歳入委員会は11月2日、法案ドラフトを公開する見通しだ。上院財政委員会のオーリン・ハッチ委員長は公表時期を明らかにしていないが、11月中に法案を提出するものとみられている。報道によれば共和党指導部は、上下両院の委員会を通過した後の法案をそれぞれ11月末の感謝祭休暇前に本会議で可決し、12月中旬には両院協議会を経て法案を大統領署名に持ち込み、年内に成立するという極めて野心的な目標を立てているという。だが、多くの専門家はより現実的な見通しとして年内成立は困難であり、2018年第1四半期以降の成立を予想している(図参照)。一方、今後の議会での税制改革法案の進展を阻むリスクとしては以下の3点が想定される。

 

 

◆リスク1:減税のための財源確保と共和党内の分裂。カギを握る上院

税制改革を強力に推進する米商工会議所(筆者撮影)
税制改革を強力に推進する米商工会議所(筆者撮影)

 共和党は法人税などの減税で一枚岩。しかし、その減税を実現するための財源で意見が分かれる。共和党が財源として当初期待していたのが、米業界の激しい反発によって消滅した国境税調整(BAT)である。BAT導入によって1兆ドル以上の財源確保が期待されていた。その次に期待されているのが現在も議論されている州税・地方税(SALT)控除だ。州税・地方税の完全な控除廃止は10年間で1兆ドル以上の財源を生むことが予想されている。SALT控除廃止はブルーステート(民主党が強い州)に被害が偏ることからも共和党にとっては良案と考えられてきた。しかし、州税や地方税が高いニューヨーク州やニュージャージー州などの下院共和党議員による次期中間選挙を意識した反発がみられ、党内で分裂が生じている。今後、共和党指導部が州税や地方税の控除を部分的に残すなどの妥協策を見出すことができるかによって、下院での税制改革法案可決が左右される可能性がある。

 だが、下院よりも可決に困難が伴うと想定されるのがオバマケア改廃法案でも可決を阻んだ上院だ。財政調整法で共和党票だけで可決できるものの、上院における共和党議席数は100議席中52議席であることから、党内で票が分かれた場合、2票しか失うことが許されない。オバマケア改廃法案で反対票を投じたスーザン・コリンズ上院議員、リサ・マコウスキー上院議員など共和党穏健派がまたしても共和党案に賛同しない可能性がある。更には今期限りで退任を表明したジェフ・フレイク上院議員が反対、同様に退任予定のボブ・コーカー上院議員が財政赤字拡大を理由に反対、そしてランド・ポール上院議員も中間層に十分な減税措置が適用されていないとの理由で反対する可能性も指摘されている。一方でトランプ大統領が2016年に勝利した激戦州で再選を狙う一部の民主党議員が賛成票を投じる可能性も想定されるものの、同大統領が訴えるような超党派の税制改革法案を共和党主導の議会が提示するとは考えにくいことから、民主党の協力はほとんど得られない見通しだ。

 

◆リスク2:限られた財源で中間層支援をアピールできるか

 上述の通り予算決議成立によって今後10年間で最大1兆5,000億ドル規模の減税が可

能である。だが、現状の共和党案では減税規模は2兆ドルを超えてしまう見通しだ。加えてSALTなどの財源が確保できない場合、更にこれが数千億ドル規模で拡大する可能性がある。財源が十分に確保できない中、1兆5,000億ドルだけでは小規模な減税措置は導入できても共和党が掲げる大幅減税は、仮にダイナミックスコアリング(注)を利用したとしても難しいことが予想される。共和党が1兆5,000億ドル以上の歳入減を認めない方針を堅持すれば、中間層の減税措置を導入することは困難を伴い、民主党が訴えるであろう「税制改革の敗者は中間層」というメッセージに共和党は打ち負かされることが予想される。このメッセージが浸透すれば、穏健派の共和党上院議員の票を必ず失い、廃案リスクは高まることになろう。

 

 仮に減税措置を含んだ税制改革法を成立させたとしても、トランプ政権が約束する高成長が実現する保証はない。レーガン政権下で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたマーティン・フェルドスタイン・ハーバード大学教授はレーガン政権期の成長要因は減税ではなく、政策金利の引き下げ、防衛費拡充、ベビーブーマーや女性の社会進出などによる労働人口の拡大の影響が大きかったためと指摘する。ブルッキングス研究所の分析によると確かに2001年と2003年のブッシュ減税も経済効果はみられなかった。更に直近では共和党出身のサム・ブラウンバック知事がカンザス州で法人税や個人所得税を引き下げたものの経済成長は見られず財政難に陥り、共和党主導の州議会が増税を決断する事態にいたったという例もある。従って今後、減税の影響を推計する議会予算局(CBO)や議会両院税制合同委員会(JCT)の分析が注目されるところだ。推計次第では共和党案に対する批判が高まることも想定しうる。

 

◆リスク3:トランプ大統領の言動

 トランプ大統領は下院がオバマケア改廃法案を可決した際には絶賛したものの、その後は一転し同法案を「意地悪」と称するなど矛盾した言動が目立った。オバマケア改廃法案の失敗には大統領が法案の中身を十分に理解しないまま議会と交渉をしていたことも影響したとの分析もある。だが、税制改革については状況が異なるかもしれない。産業界出身のトランプ大統領は選挙中の2016年10月、「私は誰よりも税法について理解している」と述べている。更には2017年9月、税制改革の枠組みを発表した際にも「自らの得意分野であると言えるであろう」とも語っている。とはいえ、医療保険と比べて内容をより理解しているとしても、懸念が残るのが議会との関係だ。直近ではコーカー上院議員と対立するなど、身内である共和党議員を批判するなど税制改革法案の協力者を失いかねない行為を繰り返している。また議会共和党が推進する案を阻むような言動も既にみられる。例えば確定拠出型年金制度(401K)の変更を目論む議会共和党に対し、10月にツイッターで国民向けに「あなた方の401Kに変更はない」と発信したものの、その2日後には交渉材料であると修正している。政策に一貫性がなく、その瞬間の空気で発言が二転三転するトランプ大統領を「デイトレーダー」と指摘する専門家もいるが、税制改革法案の審議にも同様の影響が及ぶリスクが潜んでいる。ニューヨークタイムズ紙(2017年10月23日付)によると共和党が推進する税制改革の支持者らは、そもそも難しい税制改革法案の成立をトランプ大統領がより困難なものにすると危惧しているという。この他、今後、ロシアゲート問題が拡大すれば、これが税制改革法案可決に取り組む議会共和党の妨げになるリスクも指摘されている。

 

◆トランプ政権の追い風になっている好調な米経済、だが時間との勝負になる税制改革

 財源確保に苦戦する中、トランプ大統領が目指す大幅な減税を実現するには共和党の税制改革は勝者と敗者を生むことになる。トランプ大統領は労働者階級をはじめ中間層支援を訴えラストベルト地域の民主党の牙城「ブルーウォール」を取り崩し大統領に就任した。しかし、議会共和党が進める法案は中間層が敗者となりかねない内容で審議されることが見込まれる。かかる状況下、トランプ大統領はその瞬間の空気を読んで再び共和党案を「意地悪」と称する可能性もあり、税制改革法案は座礁に乗り上げることもあり得よう。

アイゼンハワー行政府ビル-連日ロビイストが税制改革法案などで訪問(筆者撮影)
アイゼンハワー行政府ビル-連日ロビイストが税制改革法案などで訪問(筆者撮影)

 なお、審議が長期化することによって、ロビイストやメディアから税制改革法案の内容の一部について批判が高まることも予想される。また、2018年5月頃からは中間選挙に向けた予備選が本格化し、再選を狙う議員は税制改革での妥協も徐々に難しさを増していこう。従って、共和党は早期可決を実現せねば、税制改革法案の廃案リスクは高まる見通しだ。

 

 トランプ大統領の当選以降、米国の株価、消費者信頼感指数やISM製造業景況感指数は上昇傾向にある。米国経済は足元ではGDP成長率が2四半期連続で前期比3%台成長を実現しているが、今後、税制改革の遅れや廃案リスク上昇によっては、短期的に市場心理に悪影響をもたらす可能性もある。2018年春にまだ、トランプ政権が税制改革を実現できていない状況が続いていれば、議会での共和党の多数派維持に懸念が高まることも想定される。

 


(注)ダイナミックスコアリングとは、減税措置効果によって経済成長率が高まり、税収増をもたらすという影響を予め盛り込んで推測を行う計算手法。

 

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