グローバリストが敗れたトランプ政権内の貿易紛争 ~ホワイトハウスで崩れ始めた保護主義に対する防波堤:232条発動は同盟国日本も対象に~

2018年03月09日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

◆カオスに戻るホワイトハウス、主因はケリー首席補佐官の弱体化

 全ての発端は2018年2月初旬のロブ・ポーター秘書官(大統領政策調整補佐官)の辞任スキャンダルからだった。ジョン・ケリー大統領首席補佐官がポーター秘書官による元妻への虐待事実を前年から知っていながらも擁護していた疑惑が浮上し、ホワイトハウス内で求心力を失うこととなった。これが、ホワイトハウスの勢力図を変え、数週間後には政権内でこれまで通商政策への影響力を保持していたグローバリストが経済ナショナリストに主導権を奪われる事態にまで発展した。主導権の移行は即時に政策に影響することとなった。2018年3月8日、トランプ政権は鉄鋼・アルミの輸入規制で、冷戦時代に米国が国防を理由に利用した実績がある1962年通商拡大法232条を32年ぶりに発動する決定を下し、保護主義的な通商政策実施に舵を切った。15日後の3月23日に発動される232条に基づく追加関税は、同盟国である日本からの輸入も対象となっている。

 

 

◆秩序崩壊で歯止めを失ったトランプ政権の保護主義的な通商政策

 トランプ政権発足から半年間カオス状態が続いたホワイトハウスを立て直したのが、2017年7月のケリー首席補佐官の就任であった。ケリー氏就任までは、ホワイトハウスでは誰でも大統領に直接助言ができ、カオス状態にあった。だが、ケリー首席補佐官は就任直後、大統領との電話や面談は必ず首席補佐官の承認を経た上で行うよう情報ルートを整備し、指揮系統を徹底した。ケリー首席補佐官の指揮の下、2018年2月までの約半年間は以前と比較すると秩序が整ったホワイトハウスに一変した。ケリー首席補佐官の就任以降、経済ナショナリストのピーター・ナバロ通商製造政策局長は降格人事によってグローバリストのゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長の傘下に置かれ、影響力を失っていた。一方、ホワイトハウスの秩序が整えられたことによって、大統領へ報告される情報を全て管理する「ホワイトハウスの神経中枢」とも称される要職にいたポーター秘書官の機能が大幅に強化されることになった。ポーター秘書官はナバロ局長がトランプ大統領にアクセスするのを阻み、大統領が通商政策で保護主義的政策を推進するのを防ぐことに大きく貢献していたという。

 

 だが一方で、大統領は常に本心では保護主義的な通商政策を実行することを望んでいたと言われている。トランプ大統領は各種政策で突然方向転換することが多いが、通商政策についてはビジネスマンであった1980年代頃から、関税引き上げなど保護主義的な対策を訴える姿勢に一貫性がある。2017年中、大統領が本来望む保護主義的な政策発動を抑えられてきた背景には、コーン委員長などグローバリストが推す「先ずは議会での税制改革法案可決を優先すべき」との主張を受け入れ、通商政策は後回しにしてきたことが影響しているもようだ。だが、2017年12月に税制改革法が成立し、更には2018年11月の中間選挙に向けた予備選が同年春に開始される中、大統領が保護主義的な通商政策発動をこれ以上待てない時が迫っていた。

 

 

◆追加関税発言までに何が起きたのか。背景には秩序を失ったホワイトハウス

 大統領が通商政策で痺れを切らそうとしているのと同時期、ポーター秘書官の辞任スキャンダルでホワイトハウスの秩序崩壊が始まっていた。これまで抑えられてきたナバロ通商製造政策局長は、ケリー首席補佐官の影響力低下とともに大統領に直接助言できる立場に復帰した。

 

 2018年3月1日、トランプ大統領は鉄鋼・アルミ業界幹部との会合後、232条に基づく追加関税(鉄鋼25%、アルミ10%)を翌週正式に決定することを突如発表した。だが、米テレビ局NBCニュース(2018年3月3日付)が得た情報によると、会合前にホワイトハウス高官のコンセンサスを得た大統領の発言はなかったという。発言によって影響が及ぶ貿易相手国に対する外交戦略や、議会戦略も存在しなかった。また、広報戦略も前日夜にロス商務長官のチームが電子メールで共有していたもののみ存在し、ホワイトハウスで事前確認は行われていない状況であった。更には国務省・財務省・国防総省も大統領が232条について新たな政策を発表することを事前に知らされておらず、発表前に意見を述べる機会が与えられていなかったという。通常、大統領が重要な政策を発表する前にはこのような根回しや事前準備が行われているが、今回の追加関税の発言ではそれが徹底されていなかった。この背景にはホワイトハウスで秩序崩壊が始まっている中、ナバロ通商製造政策局長が上記会合の前夜、他の大統領補佐官に知らせずに大統領と面談できていたことが大きいと考えられている。以前であれば、ナバロ局長が大統領と会うことは、ケリー首席補佐官、コーン委員長そしてポーター秘書官などに阻止されていたことが想定される。

 

 大統領が公の場で追加関税率を発表したことで、トランプ政権は高い関税率をはじめとする政策を、撤回あるいは大幅に緩和することが困難となった。急遽、コーン委員長は大統領を説得するために、今回の対策発動で悪影響を受ける側である鉄鋼やアルミを利用する業界幹部をホワイトハウスに招き、大統領と面談する会合を企画した。だが、その会合は大統領の意向でキャンセルされ、強硬策は回避できないことが明らかとなり、コーン委員長は辞任の決断に至った。

 

 

◆歯止めを失った米通商政策はどこへ

大統領執務室があるホワイトハウス西棟「ウェストウィング」(正面右)(筆者撮影)
大統領執務室があるホワイトハウス西棟「ウェストウィング」(正面右)(筆者撮影)

 コーン委員長が辞任した結果、ホワイトハウスの執務室には通商政策で大統領やナバロ通商製造政策局長など保護主義派の経済ナショナリストに強く抵抗できるグローバリストの高官がいなくなった。つまり、232条発動を巡ってホワイトハウス内で戦っていたグローバリストは経済ナショナリストに事実上敗北した。コーン委員長の後任人事は未定であるが、コーン委員長のように市場に近く、大統領に抵抗するような人物が採用される可能性は低いとの見方が専門家の間では支配的だ。今後見込まれる1974年通商法301条発動や北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉など重要な通商政策において、政権が経済ナショナリスト主導で保護主義的政策を推進する動きを加速させることが予想される。

 

 

◆共和党主流派の逆襲などで保護主義的な政策への牽制はあるか

 米国憲法第1 章第8 条によれば、最終的な通商権限を保有するのは議会だ。マティス国防長官とティラーソン国務長官が米国の同盟国との関係を危惧したこともあって、2018年3月8日に発表された232条発動は、カナダとメキシコを発動当初は除外し、安全保障面で関係がある国とは交渉し、条件付きで撤廃あるいは修正する機会を設けた。また、米国にある企業・団体などは除外品目を申請できる仕組みを設けるなど、当初懸念されていた全世界からの輸入に対する一律課税は免れたものの、議会や鉄鋼・アルミを利用する業界は232条発動を強く批判した。中でも共和党指導部は自由貿易推進派であることからも、232条発動について反発の声は大きい。とはいえ、現時点では対策について批判し、大統領に対し書簡を送付しているものの、大統領を阻止する法案可決まで訴える議員はジェフ・フレイク上院議員(共和党)など一部に限られている。だが、議員の出身州の地元経済に悪影響をもたらす政策、他国の報復関税による影響などを懸念して、同法案可決をちらつかせて大統領に直訴することも予想される。

 

 就任以降、支持率が低いトランプ大統領が重視しているのが2017年中は上昇傾向が見られた株価指数だ。232条発動の懸念の高まりは当初、株価指数の下落を招いた。今後、保護主義的な通商政策の発動によって株価や経済に悪影響をもたらすことになれば、大統領の考えが再び転換することも予想される。だが、ポーター秘書官の辞任スキャンダル以降、秩序が崩壊した今日のホワイトハウスでは、経済ナショナリストの影響力が拡大しており、大統領が自らの本意に近い経済ナショナリストの声を反映した通商政策を実行するリスクがさらに高まる見通しだ。

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