米中貿易戦争勃発1周年、今秋、正念場を迎えるトランプ通商政策

2019年08月09日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

米連邦議会議事堂の北側にあるユニオン駅(筆者撮影)
米連邦議会議事堂の北側にあるユニオン駅(筆者撮影)

 8月23日、昨年同日にトランプ政権が1974年通商法301条(以下、301条)に基づく追加関税を発動し米中貿易戦争が勃発してから1周年を迎える[*1]。貿易戦争は2019年5月にいったんは収束するとみられていた。だが、2019年8月、トランプ政権は第4弾として対中輸入3,000億ドル分に対し、10%の追加関税賦課を発表、その数日後には中国を為替操作国に指定し、米中貿易戦争は再燃した。米経済は足元では堅調に推移しているものの、米中貿易戦争の影響で投資家の不安が拡大し市場が乱高下する事態に発展、米通商政策の不確実性が米経済のリスク要素として定着している。

 

 オバマ前政権は中国の不公正貿易慣行を改めさせるために、他国と連携し環太平洋経済連携協定(TPP)などを通じて徐々に中国を孤立させ欧米主導の国際貿易体制に取り込もうという戦略をとってきた。一方トランプ政権は、2017年にTPPを離脱し、米単独で関税を利用して中国に一方的に圧力をかけ不公正貿易慣行を改めさせるという戦略に切り替えた。だが今日、米中両国はディール(取引・合意)の成立からは程遠く、トランプ政権の対中戦略の有効性に疑問が広がり始めている。政権発足以降、通商政策による外国市場の開放では微調整で妥結したともいわれる米韓(KORUS)FTAとNAFTA再交渉(USMCA)以外に目立った成果はない。この状況下、トランプ政権は2020年米大統領選に向け今後、民主党大統領候補から通商政策でも成果を問われることが必至だ。毎年秋は、年末商戦を控え、米国の対中輸入が年間のピークを迎える時期だ。米大統領選への注目がさらに高まる状況下、米中貿易戦争は2019年秋、正念場を迎える。

 

◆通商リスクが高まる米政治経済

 米経済は2019年7月、景気拡大基調が連続11年目に入り、過去最長記録を塗り替えた。トランプ政権の保護貿易政策による経済への影響はこれまで特定の産業に限られていた。また、トランプ政権下の財政支出拡大、減税、補助金などが追い風になり、景気に水を差しかねない通商政策の悪影響を打ち消していた。しかし、これらカンフル剤の効果は限定的で、徐々に薄れていく運命にある。

 

 2019年8月1日にトランプ大統領が発表した、9月1日から対中輸入3,000億ドル分に対し10%の追加関税を発動する第4弾措置は、米中貿易戦争を再燃させるゲームチェンジャーとみられている。第4弾は、第1~3弾で既に25%の追加関税を課している計2,500億ドルを上回る規模だ。第1~4弾の発動によって、実質、米国の対中輸入のほぼ全品目が追加関税の対象になる。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の試算によると、現行の対中関税は、最恵国待遇(MFN)、1974年通商法201条(セーフガード)、1962年通商拡大法232条による関税率を全て加算すると加重平均で約18%に達するが、対中輸入に対する301条追加関税第4弾が仮に10%から25%まで引き上げられた場合、対中関税は平均約28%まで上昇するという。1930年、当時成立したスムートホーリー法に基づいて米関税が平均45%まで上昇したときのレベルには達していないが、トランプ政権発足前の対中MFN税率3.1%と比べると9倍以上となり大幅な増税だ。

 

 なお、第1~3弾は資本財、中間財が中心で、一般消費者に直接影響が及ぶ消費財に対する追加関税をトランプ政権はあえて避けてきた。しかし、第4弾では6割以上が消費財だ。一方、資本財は約3割、中間財は約1割に過ぎない。消費財では金額ベースで衣料・靴が約2割、携帯電話も約2割、玩具が約1割だ。例えば、米国で販売される靴の約7割は中国産だ。これまでと違って消費財の場合、輸入企業が消費者に関税負担増を転嫁する可能性も高く、中国人民元安でやや緩和されるものの、小売価格上昇も見込まれる。仮に第4弾が予定通り発動されたら、今秋、年末商戦に向けて対中輸入が増える時期と関税引き上げが同時に起こることになる。さらに第4弾発動後、関税率が10%から25%まで引き上げられた場合、トランプ大統領の支持基盤である白人労働者階級の財布をも直撃し、さらに消費者心理、企業心理などにも悪影響が及ぶことが見込まれる。

 

 大統領選の選挙サイクルが本格化する2020年に入っても対中関税が継続適用され、同時期に市況が悪化した場合、トランプ大統領の関税政策への批判が高まり大統領再選にも響く可能性が大いにある。また、今や中国の構造問題については産業界そして議会は超党派で懸念しており、ディール成立のために構造問題をないがしろにした安易な米中合意をすれば民主党大統領候補から弱腰と指摘されかねない。したがって、今後、米中貿易戦争への対応は、大統領選での格好の批判対象となりかねず、トランプ大統領は難しいかじ取りを求められることになろう。

 

◆対大国で行き詰まるトランプ流「ゼロサム」交渉

 米国は自国の巨大市場を背景に、「ゼロサム思考」で一方的な要望を押し通す手法をとってきた。しかし、米単独で関税をテコに威嚇して一方的に圧力をかけ貿易相手国の譲歩を引き出す手法は、ここにきて限界が見え始めている。232条(鉄鋼・アルミ)追加関税では韓国、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどと米国は数量割当の合意に至った。また米韓FTA再交渉でも、韓国に対し一方的な要望をし、韓国側がビジネスの不確実性撤廃を優先して譲歩したため、早期合意に至った。これらはいずれも世界経済に占める経済規模が比較的に小さい、あるいは対米輸出に依存している諸国などが相手の場合だ。

 

 だが、中国のような大国との貿易交渉は状況が異なる。中国などは米国との交渉の場は設けるものの、常に自国の国内事情を考慮するため、米国の威嚇に妥協して折れるような様相は見せられない。関税による脅しに対し、中国は報復関税や非関税障壁などで対抗している。基本的にトランプ政権が目指す交渉は「ウィン・ウィン」ではなく、米国だけの勝利を狙う「ゼロサム」だ。今や交渉相手として米国は中国からの信頼を失ってしまっている可能性がある。その契機となったのがUSMCA署名後の2019年6月、米国が国際緊急経済権限法(IEEPA) に基づき、メキシコ政府に新たな関税発動を示唆したときだ。トランプ大統領が関税による威嚇で相手国の譲歩を引き出す手法の有効性を改めて認識した一方、他国にとっては米国が信頼できない交渉相手と映ったはずだ。米国とメキシコの両国はカナダとともに2018年11月USMCAの協定署名に至ったものの、翌年、米政権が自国法を根拠に交渉相手をIEEPA関税で威嚇し、いったんは協定で確保していた域内ビジネスの将来予測が曇り、先行きの不透明さが増した。このように信用できないトランプ政権との交渉を避けるため、中国は2020年大統領選の結果を見届けるという時間稼ぎの戦略に出ているとの臆測が米専門家の間で支配的だ。時間稼ぎを狙う中国に圧力をかけるためか、今日、トランプ政権は中国に対しては301条追加関税第4弾発動の可能性で威嚇している。だが、それに対し、中国は譲歩する姿勢は見せていない。逆に中国は報復措置の発動を示唆しており、関税や非関税障壁の応酬で早期解決はますます遠のいている。直近では中国政府は中国人民元安を容認したり米農産物輸入の一時停止を発表するなど、両国の緊張は高まりつつある。

 

 つまり、トランプ政権の「ゼロサム思考」の交渉手法は、目下の米中貿易交渉では行き詰まっている。トランプ政権は過去1年間で対中追加関税の対象を徐々に拡大しつつ、対中通商交渉について当初は合意寸前までたどり着いたものの、今や両国の信頼関係は崩壊しており、さらなる追加関税で信頼関係が修復され合意に近づくとは考えにくい。中国の不公正貿易慣行を問題視する他国と連携せずに米単独で中国の慣行を是正することの限界が見えてきた。

 

◆今秋、対中政策強硬化のリスク

 対中政策で行き詰まったトランプ大統領は強硬な通商政策を発動して、米経済の不確実性をさらに高めてしまうリスクがある。ジェローム・パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は7月31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明発表後の記者会見で、貿易戦争による経済への悪影響に対抗することも目的のひとつとして政策金利を引き下げることを示した。つまりトランプ大統領の強硬な通商政策に対する一種の保険ともいえる。だが、皮肉なことにこの保険が付与されたことで、今後、トランプ大統領はますます強硬な通商政策を打ち出す可能性も指摘されている。FRBが議会に対し負っている責務は金融政策での物価の安定、雇用の最大化の継続という2つの任務を遂行することであり、政府の通商政策に影響を及ぼすことではない。だが、パウエル議長の発言は今後、トランプ大統領の通商政策の強硬策を後押ししかねない。

 

 輸入制限、規制強化、不買運動など中国政府は関税以外の多岐にわたるツールで米国に対抗することが可能であり、トランプ大統領が対話を重視し相手国からの信頼回復を目指さなければ、米中貿易戦争はさらにエスカレートするリスクをはらんでいる。2019年秋、米中貿易戦争に加え232条(自動車・部品)関税発動リスクなど他の爆弾も抱える米通商政策は、過去最長記録を更新して継続する米経済成長に対するリスク要因としてくすぶり続けている。

 

 


[*1]トランプ政権は政権発足2年目に入り、1974年通商法201条、1962年通商拡大法232条など各種通商法に基づき関税を発動したが、2018年8月、本丸である中国だけを標的として、1974年通商法301条に基づく25%追加関税を発動した。

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