米国経済の大転換を狙うバイデノミクス

2021年07月21日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 バイデン政権発足から、間もなく半年が経過する。ツイッターなどによる大統領の発言で日々政策が右往左往したトランプ前政権と比べると、バイデン政権では政策の予見性は高まった。現政権は過去4年間に産業界やシンクタンクなどに散らばっていたオバマ政権時代の政府高官を多数呼び戻し、従来のワシントンにあった政策立案プロセスを復活させ、政策に一貫性を取り戻したからだ。

 

 今日、バイデン大統領はパンデミック、経済危機、人種問題、気候変動問題といった政権が挙げる危機以外にも、移民問題、社会の二極化など未曾有の危機に直面する。特に社会の二極化は深刻だ。就任式で国家の結束を訴えたバイデン大統領だが、共和党有権者の約6割がいまだに同氏を正当な大統領と見ていない。この状況下、バイデン大統領は経験豊富な政府高官によって政府機能をフルに活用して危機を乗り越えようとしている。

 

 しかし、バイデン大統領は危機克服に留まらない。従来タブー視されてきた産業政策の導入を柱とする大きな政府「バイデノミクス」を推進し始めている。「バイデノミクス」の主軸はCOVID(新型コロナウイルス)、Climate Change(気候変動)、China(中国)の「3C」だ。(注)

 

 

経済復活するもコロナ変異種に懸念

 1つ目のCは「COVID」。バイデン政権の成否を左右するのはコロナ禍対策といっても過言ではない。そのため、これまでバイデン政権は最優先課題として取り組んできた。1.9兆ドルのコロナ対策「米国救済計画」を政権発足から2か月も経たない2021年3月に成立させ、短期間にワクチンを全国で広め、感染者数低下および経済復興に導いたバイデン政権は評価に値する。

 

 だが、若者や共和党支持者などを中心にワクチン接種者数が伸び悩んでいる状況下、ワクチン接種率が低い地域で今秋から今冬にかけて局地的にデルタ株をはじめとする変異種の感染が拡大するといった懸念は残る。直近では一部の国でデルタ株感染拡大により、コロナ対策に関わる規制の再強化の動きが散見されるようになっている。米国でも局地的といえども経済再開が妨げられる潜在的リスクを在米企業は注視する必要があろう。

 

 

後戻りはない米国の気候変動対策

 2つ目のCは「Climate Change」。トランプ前政権からバイデン政権に交代して、政策面で最も大きな変化が見られるのが気候変動対策であろう。気候変動を否定していた前政権とは打って変わり、バイデン政権は全ての政府機関が気候変動問題を優先課題として位置付け、一丸となって対策に乗り出している。バイデン大統領は政権発足の初日にパリ協定復帰の大統領令に署名。そして、4月の米国主催の気候変動サミットではパリ協定の倍近い大胆な温暖化ガス排出削減目標を打ち出した。2030年までに温暖化ガスを2005年比で半減させるといった目標は、世界でも英国に次ぐ削減幅であり、かなり積極的だ。

 

 だが、米国が1997年の京都議定書、そして直近のパリ協定のいずれをも内政理由から実質破棄したことからも、将来にわたって米国は公約を堅持できるのかという疑問は残る。これはジョン・ケリー大統領特使( 気候変動問題担当)が諸外国から頻繁に聞かれる質問だという。バイデン政権が議会共和党と交渉しているインフラ法案「米国雇用計画」にどこまで気候変動対策を盛り込むことができるかが公約実現の上でも重要となるであろう。仮に11月の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)開催時までに、気候変動問題で強力な対策を同法案に盛り込むことにバイデン政権が失敗すれば、いくら「米国が戻ってきた(America is Back)」とバイデン大統領が訴えても信憑性は低い。米国の気候変動対策の本気度に各国が懸念を抱けば、米国がCOP26で主導権を握り、中国をはじめ他国に対して気候変動問題における協力を要請することは困難になろう。

 

 とはいえ、バイデン政権の政策実現性は不透明感が残るものの、確実に米国産業界は先行して気候変動対策に動き出している。投資家からの圧力もあり米企業は次々とカーボン・ニュートラルの目標を打ち出すなど経済界は変わる方向に進む。もはや気候変動対策の後戻りはないことを想定し、在米企業は事業展開する必要があろう。

 

 

対中強硬策で党派・同盟国連携

 最後のCは「China」。今日、ワシントンでほぼ唯一、共和党と民主党で合意するのが対中強硬策だ。第二次世界大戦後、75年以上続く米国覇権による秩序「パクス・アメリカーナ」は現在、その存続が危ぶまれ始めている。その根底にあるのが米中ハイテク冷戦だ。アントニー・ブリンケン国務長官は、「テクノ民主主義」あるいは「テクノ独裁主義」のいずれかが、今後数十年間の世界を形作ると主張。前者は米国がリードする世界、後者は中国がリードする世界だ。  

 

 今日、アジアの経済統合から米国が取り残されるといった懸念が米有識者の間で広まっている。オバマ政権は環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の枠組みで中国への対抗を構想していた。だが、バイデン政権はTPPへの早期復帰は内政事情からも困難だ。その代わりに日米豪印4か国「クアッド」の新興技術作業部会などで対中政策導入に動き出している。この他、民主主義10か国「D10」、テクノ民主主義12か国「T-12」などさまざまな枠組みを米有識者などは提唱している。テクノ独裁主義が21世紀の世界を形作ることを防ぐために、さまざまな対中包囲網が活発化する兆しだ(図参照)。多くの枠組みに参加している日本は、中国への技術流出防止や米国をはじめ各国との技術開発で連携するなど中心的な役割を担うことが可能であろう。

 

(図)米国による対中包囲網の各種オプション(出所:各種情報に基づき、米州住友商事ワシントン事務所 渡辺亮司作成)

 

 

バイデン政権下、企業を取り巻く環境に変化

 3Cをはじめバイデノミクスで政権が経済政策の大転換を図る中、企業を取り巻く環境にはパラダイムシフトが起きつつある。経済政策において政府の関与が拡大する中、米政府に近い米国の大手企業などの影響力は拡大する。しかし、米政府は国産重視の姿勢を示しているものの、自国で全てをまかなうことは不可能であることも認識している。バイデン政権が6 月初旬まで100日間かけて実施したサプライチェーン検証の報告書でも明記されたように、一部品目や産業のサプライチェーン構築において米国と同盟国との関係強化に期待ができる。バイデン政権が推進する政策に日本企業も参画する機会が増えるかもしれない。

 

 バイデン大統領は政権発足前から国の結束を訴え、超党派合意に基づく政策実行を目指してきた。しかし、二極化社会において超党派で合意するのは容易ではなく、時間だけが過ぎるということになりかねない。民主党は現在、大統領府に加え、上下両院で多数派を握る「トライフェクタ(三冠)」となっている。来年の中間選挙で民主党が上院で多数派を維持する可能性は残っているが、下院で多数派を失う可能性が高い。年明けあたりからは選挙戦モードに入ることからも、バイデン政権は年末にかけて政策実現を急ぐ。超党派合意を目指して何も実現しないことはバイデン大統領の選択肢にないことからも、最終的には民主党内の団結を優先し、やや左寄りの政策を取り入れることも予想される。したがって今後数か月が政権にとって極めて重要となり、「3C」に関わる議会での法案審議や政策動向などに注目が必要だ。

 


(注)バイデン政権高官によると2021年6月、英国コーンウォールで開催された主要7か国(G7)首脳会議出席の際、政権が最重視した政策が「3C」。


本稿は『企業概況ニュース』創立記念特別号(2021年7月15日発行)への筆者寄稿記事です。

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