5年ぶりの金融政策戦略の見直し決定
連邦準備制度理事会(FRB)は8月22日、長期目標と金融政策戦略(Longer-Run Goals and Monetary Policy Strategy)を見直した結果を発表した。この戦略は前回2020年8月27日に改定され、5年後に見直すことになっており、これまでの連邦公開市場委員会(FOMC)でも議論されてきた。
今回大きな変更点は大きく3点ある。1点目として、「柔軟な平均インフレ目標」が撤回されたことが挙げられる。平均インフレ目標とは、物価上昇率が継続的に目標の2%を下回っていたのであれば、その後一定期間2%から緩やかに上回ることを許容するものだった。この平均インフレ目標が導入された背景には、物価上昇率が2020年当時2%を下回っており、FRBは2%へ押し上げることを目指していたことがある。しかし、コロナ禍後、物価上昇率を反対に2%に向けて押し下げることを目指すようになったことも踏まえて、平均インフレ目標は撤回された。
2点目は、金融政策における雇用の評価についての変更だった。これまで雇用の「最大水準からの不足分(shortfalls)」を評価して、金融政策を決定するとしていた。これを雇用の「最大水準」を評価するように改めた。足元にかけてやや上昇したとはいえ、失業率は4%台と完全雇用に近い状況にあり、失業率が急上昇したコロナ禍とは異なるため、雇用の不足を重視する必要性が薄らいだと言える。
3点目は、雇用と物価が補完的ではない場合、「バランスをとったアプローチ」をとると表記を改めたことだ。前回まで、二大責務である雇用の最大化と物価の安定が補完的ではないとFOMCが判断した場合、雇用が最大水準まで戻る期間と、物価上昇率が目標に戻る期間が異なる可能性があることも踏まえるとしていた。実際、その後、雇用の最大化を達成した一方で、物価目標は未達という状況が続き、金融緩和も継続された。こうした姿勢が、2022年の物価高騰を当初一過性と見誤った上、対応が後手に回った一因になったのだろう。その政策姿勢を、目標からの乖離の程度と、雇用と物価が目標へ回帰すると見込まれる期間の相違を考慮して、「バランスをとったアプローチ」に従う姿勢へと改めた。雇用が最大水準を上回る場合でも、必ずしも物価の安定にリスクをもたらすわけではないと理解しているとも追記された。
その他注目される点は、人々の声を反映したとみられる文言が加わったことだろう。例えば、冒頭では、「金融政策戦略は、幅広い経済状況において(across a broad range of economic conditions)、雇用の最大化と物価の安定を促進するように設計されている」と述べている。また、物価について言及する部分では、「物価の安定は、健全で安定的な経済にとって重要であり、すべての米国民の幸福(well-being)を支える」という文言が加わった。これらは、コロナ禍後の歴史的な物価高騰が、人々に日常生活に大きな打撃を及ぼしたことへの反省なのかもしれない。
市場では、雇用環境の変調などを踏まえて、9月のFOMCでの利下げが織り込まれている。しかし、トランプ政権の介入によって利下げを余儀なくされたという印象が強まれば、金融政策の独立性が揺らぎ、金融市場の混乱要因になりうる。そうした波乱要因を抑える上でも、この金融政策戦略の見直しは、利下げ実施を正当化させる材料になるのかもしれない。
参考
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