5年ぶりの金融政策戦略の見直しへ

2025年06月04日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之


2025年5月6~7日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)では、金融政策戦略の見直しも議論されていた。

 

前回の「長期目標と金融政策戦略の声明文(“Statement on Longer-Run Goals and Monetary Policy Strategy”)」が改定されたのは2020年8月27日だった。当時、おおむね5年ごとに見直す方針が示されており、ちょうど見直し時期になっていた。

 

前回、物価安定の目標について、以前の「対称2%目標(symmetric inflation goals)」から「平均2%目標」に修正された。対称2%目標自体、2%からの物価上昇の上振れを許容するものだったものの、もう一段の目標の表現が強化された格好だった。なぜなら、2020年からの平均物価目標は、「物価上昇率が2%を継続的に下回っていたのであれば、適切な金融政策はしばらくの間(for some time)2%を緩やかに上回ることを目指しうる」と、物価上昇率が2%から下振れした分だけ2%からの上振れを許容するようになったため、目標からの上振れの許容を強める方針へ転換したためだ。

 

こうした背景には、コロナ禍前の物価上昇率が2%を下回っていた中で、2%に押し上げることを目指していたものの、なかなか2%に向かわないという状況があった。また、非伝統的な金融緩和政策をすでに実施しており、政策金利はゼロ%近傍にあったことも挙げられる。日本やユーロ圏、スイス、スウェーデンなどはマイナス金利を導入したものの、FRBはマイナス金利に否定的な姿勢を取っていた。そのため、物価上昇率が2%を上回っても金融緩和を継続するというコミットメントによって、金融緩和効果を強めようという意味もあったのだろう。

 

あれから5年経ち、今回(2025年5月)のFOMCで、その柔軟な「平均物価目標」の長所と短所が話し合われた。平均物価目標は、コロナ禍前のように政策金利がゼロ%近傍まで引き下げられ、「実効下限制約(ELB)に近付くリスクが顕著なときや、物価上昇率が持続的に2%目標を下回っているときに、長期の期待インフレ率が低下することを防ぐ上で役立つ」という認識が共有された。しかし、足元のように、政策金利が4%を、物価上昇率が目標の2%を上回っている状況や、大きな物価上昇ショックの実質的なリスクがある状況では、「その便益は低下している」と指摘された。こうした状況では、2%を目指す柔軟な「物価目標」の方がより強力な政策戦略と見なせるという結論に5月のFOMCの段階では落ち着いたようだ。物価上昇率が2%を上回り、伝統的な金融政策を実施しているので、物価の目標自体も元に戻すとも言える。

 

目標をしっかりと定義することは重要だ。しかし、コロナ禍前には押し上げられず、コロナ禍後には押し下げられず、2%目標未達の状態であったため、これまでの政策姿勢・手段の正当な評価も必要だろう。もちろん、コロナ禍や米国の関税政策などFRBの役割の範疇ではない側面もある。金融政策はあくまで後押しや下支え役にすぎないという役割の限界もある。しかし、さまざまな要因を含めて経済活動であるため、そうした不測の事態にも何らかの対応をしなければならないことも事実だろう。また、金融政策に対して金融市場が素早く反応し、その影響力が大きくなっている一方で、実体経済への波及経路が細っている可能性もある。実際、経済のサービス化が進み、設備投資や耐久財消費など金利が働きかけやすい部分が経済全体において相対的に小さくなっているようにみえる。こうしたことを踏まえると、金融政策のあり方自体を見直す時期に差し掛かっているのだろう。

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