プラスの実質賃金の継続に期待

2026年03月04日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 

厚生労働省「毎月勤労統計調査」によると、2025年12月の実質賃金(持家の帰属家賃を除く総合の消費者物価指数で実質化)は前年同月比▲0.1%だった。実質賃金は一度もプラス圏に顔を出すことなく、2025年を終えてしまった。2024年を振り返ると、実質賃金は6~7月、11~12月と二度プラスに転じたものの、通年で見れば2025年(前年比▲1.3%)まで4年連続のマイナスにとどまった。消費者物価指数が2022年4月から2%を上回るなど、物価上昇に賃上げが追いつけなかったためだ。

 

しかし、足元では状況が変わり、物価上昇率が縮小している。総務省によると、1月の消費者物価指数(総合)は+1.5%と2%を下回った。前年に高騰していたキャベツなど生鮮食品の価格が下落に転じたことに加えて、旧暫定税率廃止に伴ってガソリン価格が低下したことなどが、物価上昇圧力を緩和した。また、これから電気・ガス代の補助金も実施されるため、物価上昇率がさらに縮小する公算が大きい。足元の水不足などから春以降の生鮮食品価格の上昇が懸念されるものの、1月以降の実質賃金がプラスに転じる可能性がある。

 

今後の焦点は、実質賃金のプラスが定着するかだ。現在の賃金上昇は2025年度の春闘の賃金交渉の結果である。この影響が2026年4~7月頃まで継続すると予想される。それ以降については、2026年度の賃金交渉の結果次第だ。今のところ、2026年度の交渉もここ数年と同様に高めの賃上げ率で決着すると予想されている。そのため、2026年については、実質賃金がプラスになる可能性が高まっている。

 

その一方で、2027年については不透明感が強い。例えば、日本経済研究センターの「ESPフォーキャスト調査」(2026年2月調査)によると、消費者物価指数は2026年度に+1.9%、2027年度に+2.0%で上昇すると予想されている。しかし、今回の衆議院選挙では多くの政党が、消費税の減税を主張していた。与党も給付付き税額控除の導入までのつなぎとして2年間の食品の消費税減税を公約として掲げた。仮に、食品の消費税率がゼロ%になれば、その年の消費者物価上昇率は1%を下回る可能性が高い。

 

消費税減税によって消費者物価指数の上昇率が縮小すると、今回の賃上げを後押ししてきた生計費の支援のためという理由が賃上げ交渉から後退する恐れがある。2022年からの歴史的な物価高騰に直面したことで、賃上げが社会的要請となり、賃上げの原動力の一つになってきた。これがなくなると、賃上げ機運が萎んでしまう恐れがある。

 

そうした状況で、その他の要因が賃上げの原動力になりえるのかが重要だ。最も力強いのは、人手不足に伴う賃上げ圧力だろう。足元では人手不足が深刻化しており、労働需給がひっ迫している。しかし、2010年代後半のアベノミクス期でも、景気回復し、人手不足などから失業率が低位で推移するなど労働需給がひっ迫していたものの、賃金上昇は限定的だった。その状況と現在が明確に異なる点があるのだろうか。

 

当時と現在が明確に異なるのは、コロナ禍を経て、世界的に物価が上昇する中で、日本経済も物価が上昇し、金利のある世界に戻ったことだ。また、家計や企業の考え方や価値観も変わっている点も挙げられる。家計は今後も高い物価上昇率が継続すると予想するように変化した。その一方で、企業も原材料や人件費などのコスト増の販売価格への転嫁を進めるようになった。また、人手不足のさらなる深刻化も挙げられる。人手不足が供給制約になって、需要を取りこぼす事例が多く見られているほどだ。

 

もちろん、賃上げの中で、最低賃金の引き上げもあって人件費が増加しており、賃上げへの対応が難しくなっている企業もある。そのため、ここ数年のような賃上げペースが今後も続くとは必ずしも言えない。その一方で、実質賃金の低下が4年も連続した痛みが残っていることも事実だ。この実質賃金の低下を補うような賃上げという社会的な要請は残るだろう。そのため、物価上昇率の縮小に応じて賃上げペースは鈍化するものの、賃上げ機運は残り、実質賃金がプラスという状態が継続することが期待される。

 

以上

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