安堵から一転、再び戦火へ ― 中東情勢の現実
コラム
2026年03月25日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2月初旬、私はアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアを一週間かけて訪問した。現地では、脱炭素や経済多角化に向けた投資、観光開発、社会の自由化など、いわゆる「ポスト石油時代」を見据えた前向きな議論が数多く交わされていた。湾岸諸国は地政学リスクを抱えながらも、国家主導で将来への布石を着実に打っているとの印象を強く受けた。
しかし、その直後に状況は大きく変わった。米国・イスラエルとイランの衝突が本格化し、地域全体が再び戦火に包まれている。2025年10月、私はこちらのコラムで、約2年間続いたガザ紛争がようやく停戦を迎え、中東が安定へと向かう兆しにひとまず胸をなで下ろしたと記した。だが、その期待はわずか数か月で裏切られる形となった。再び地域で戦争が始まったことへの失望と無力感は大きく、情勢の脆弱さを改めて痛感している。
今回の衝突では、すでにイランやレバノンを中心に2,500人以上が死亡したとされ、民間人の犠牲も拡大している。戦闘は当事国だけにとどまらず、民兵組織や周辺国を巻き込みながら広域化しており、事態の収束は現時点では見通せない。加えて、報復の連鎖が続くことで、さらなるエスカレーションのリスクも高まっている。
とりわけ深刻なのが、ホルムズ海峡の封鎖による影響である。同海峡は世界のエネルギー輸送の要衝であり、日本にとっても原油輸入の生命線だ。輸送の停滞は原油や天然ガス価格の上昇を招き、電力や燃料コストを押し上げるだけでなく、物流全体の停滞を通じて幅広い分野にインフレ圧力をもたらす。実際、輸送コストの上昇は製造業や小売業に波及し、エネルギー以外の財・サービスにも価格転嫁が進む可能性が高い。
さらに、物流の混乱は単なるコスト増にとどまらない。供給網の寸断や遅延は、生産計画や在庫管理に影響を与え、企業活動全体の不確実性を高める。中東情勢は地理的には遠くとも、日本経済にとって決して無関係ではなく、その影響は時間差を伴いながら広範に及ぶ可能性がある。
今後の最大の焦点は、現在のような攻撃の応酬がいつまで続くのか、そしてイランを軸とした中東の地域秩序がどのように再編されるかである。体制の弱体化が国内統制の強化や対外的な強硬姿勢の固定化につながり、報復の連鎖が長期化する可能性がある一方で、周辺国や主要国の関与によって衝突が抑えられる余地も残されている。2月に現地で感じた将来への期待と、現在の不安定な現実との落差はあまりにも大きい。双方が周辺国などの仲介を受け入れ、事態がこれ以上拡大することなく、戦闘が早期に沈静化へ向かうことを願ってやまない。
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