マレーシア:ナジブ首相による副首相の更迭

2015年07月29日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

概要

2015年7月28日、ナジブ・ラザク首相は、以下を主な内容とする内閣改造人事を発表した。

ムヒディン・ヤシン副首相に代わり、アーマド・ザヒド・ハミディ内相が新たに副首相に就任する。

1MDBの内部監査を行っている公的会計委員会の委員のうち4人が副大臣として入閣する。

また、同日、マレーシア政府は、1MDBの資金疑惑に関する捜査を担当していたアブドル・ガニ・パタイル法務長官が辞任し、アパンディ・アリ裁判官が法務長官に就任すると発表した。

ムヒディン副首相は、1MDBの資金疑惑に関し、ナジブ首相に説明責任がある旨を述べ、厳しく追及する姿勢を見せていた。また、公的会計委員会の委員が入閣することにより、同委員会の業務が新委員の任命まで中断されるため、1MDBの調査に遅れが生じる可能性がある。さらに、新法務長官に就任するアパンディ裁判官はナジブ首相と近い関係にあるとみられている。

以上に鑑みると、一連の人事は、ナジブ首相が、内閣の団結を強め、UMNO内部からの批判をかわすとともに、1MDB問題の追及を緩和することを目的になされたものと考えられる。

かかるナジブ首相の狙いは、閣内における反対勢力の力を削ぎ、他のUMNO党員に対してプレッシャーを与えることで、少なくとも当面の間は功を奏し、同首相が退任に追い込まれる可能性は低いと考えられる。

次期下院選挙は2018年に予定されている。1MDBの不正経理または資金疑惑により、ナジブ首相に法的責任が発生する場合、次期選挙より前に政権が退陣に追い込まれる可能性があり、今後の調査の結果が注目される。

 

 

1. 1MDBをめぐる問題

(1) 1MDB

 「ワン・マレーシア・デベロプメント(One Malaysia Development Berhad; 1MDB)」は、財務省管轄の投資会社であり、ナジブ・ラザク首相は、首相就任当初からボード・オブ・アドバイザーズの議長を務めている。

 

(2) 巨額の負債と不正経理の疑惑

 1MDBは、420億リンギ(約110億ドル)という巨額の負債(GDP比約3.9%、2015年の国家予算「歳出額2,700億リンギ」の約16%)を抱えており、また、不正経理の疑惑があることから、以前より批判の対象とされてきた。

 2015年3月4日、ナジブ首相は、会計監査院に対して1MDBの監査を実施するよう指示した。同首相は、会計監査院の報告は、超党派の公的会計委員会(Public Accounts Committee)により検査され、不正行為が発覚した場合には法的措置をとる旨述べている[*1]

 同年5月20日、公的会計委員会は1MDBの調査を開始した。同委員会は、ヌル・ジャズラン・モハメド議員(委員長)を含む与党連合・国民戦線(BN)の議員8人および野党議員5人で構成されている[*2]

 

(3) ナジブ首相の個人口座への送金疑惑

 2015年7月2日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、1MDBの資金約7億ドルがナジブ首相の個人口座に送金されたと報じた[*3]。これ以降、野党連合・人民同盟(PR)、マハティール元首相による同首相への非難が激化した。同報道以降の主な動きは以下のとおりである。

 

7月2日

WSJ、1MDBの資金約7億ドルがナジブ首相の個人口座に送金されたことがマレーシア政府の調査報告書により明らかになった旨報道。

3日

ナジブ首相および1MDB、1MDBから同首相の個人口座への送金を否定。

ナジブ首相、本件疑惑は、何者かがマレーシア経済の信頼を失墜させ、政府に対する不当な攻撃を加えようとするものであると発言。

4日

ムヒディン副首相、WSJが報じた本件疑惑は深刻であり、当局が1MDBを捜査すべきと発言。

7日

マレーシア合同特別捜査班[*4]、本件疑惑に関連する銀行口座6件の凍結を命令[*5]。2銀行からは証拠書類を押収。

8日

マレーシア連邦警察、1MDB本社を家宅捜索。

21日

マレーシア合同特別捜査班、本件疑惑に関連する会社幹部1人を逮捕。

22日

シンガポール警察、本件疑惑に関連する銀行口座2件の凍結を発表。

マレーシア合同特別捜査班、本件疑惑に関連する会社幹部1人を逮捕。

24日

マレーシア内務省、本件疑惑を追及している経済紙2紙[*6]について、「一般の人に偏見を抱かせる可能性が高い」記事を掲載したとして3か月の発行禁止を命令。

26日

ムヒディン副首相、統一マレー国民組織(UMNO)支部会合において、「もし総選挙が明日あれば与党は負ける、ナジブ首相は本件疑惑について国民への説明を行うべき」と発言。

28日

ナジブ首相、内閣改造を発表。

 (出所:各種報道より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 内閣改造

(1) 内閣改造

 2015年7月28日、ナジブ首相は、内閣改造人事を発表した。改造後の内閣の閣僚は以下のとおりである(下線は新任)。

 

役職

新閣僚

前閣僚

首相

ナジブ・ラザク

副首相

アーマド・ザヒド・ハミディ

ムヒディン・ヤシン

財務相

ナジブ・ラザク

教育相

マハジル・カリド

ムヒディン・ヤシン

国防相

ヒシャムディン・フセイン

内相

アーマド・ザヒド・ハミディ

運輸相

リュウ・ティオンライ

公共事業相

ファディラ・ユソフ

貿易産業相

第二貿易産業相

ムスタパ・モハメド

オン・カーチュアン

外相

アニファ・アマン

国内取引・共同組合・消費行政相

ハムザ・ザイヌディン

ハサン・マレク

通信・マルチメディア相

モハド・サレー・クルアク

アフマド・シャベリー・チーク

人的資源相

リチャード・リオット

地方・地域開発相

イスマイル・ヤコブ

モハメド・シャフィー・アプダル

都市福祉・住宅・地方政府相

アブドゥル・ラーマン・ダーラン

青年・スポーツ相

カイリー・ジャマルディン

保健相

S・スブラマニアム

連邦直轄区相

テンク・アドナン・テンク・マンソル

プランテーション産業・商品相

ダグラス・エンバス・ウガ

エネルギー・環境技術・水資源相

マキスムス・オンキリ

農業・農業関連産業相

アフマド・シャベリー・チーク

イスマイル・サブリ・ヤアコブ

観光・文化相

ナズリ・アジズ

科学技術革新相

ウィルフレッド・マディウス・タンガウ

イウォン・エビン

天然資源・環境相

ワン・ジュナイディ・トゥアンク・ジャファル

G・パラニベル

女性・家族・社会開発相

ロハニ・アブドル・カリム

首相府相

アザリナ・オスマン・セッド(新任)

10

 (出所:各種報道より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 上記のとおり、ムヒディン・ヤシン副首相に代わり、アーマド・ザヒド・ハミディ内相が新たに副首相に就任する。

 また、1MDBの内部監査を行っている公的会計委員会のメンバーのうち4人が副大臣として入閣する[*7](ヌル・ジャズラン・モハメド委員長は副内相に就任する)。

 

(2) 法務長官の交代

 2015年7月28日、マレーシア政府は、1MDBの資金疑惑に関する捜査を担当していたアブドル・ガニ・パタイル法務長官が健康上の理由で辞任し、アパンディ・アリ裁判官が就任すると発表した[*8]

 

(3) 評価

 ムヒディン副首相は、1MDBの資金疑惑に関し、ナジブ首相に説明責任がある旨述べ、厳しく追及する姿勢を見せていた。また、公的会計委員会の委員が入閣することにより、同委員会の業務が新委員の任命まで中断されるため、1MDBの調査に遅れが生じる可能性がある[*9]。さらに、新法務長官に就任するアパンディ裁判官はナジブ首相と近い関係にあるとみられている。

 以上に鑑みると、一連の人事は、ナジブ首相が、内閣の団結を強め、UMNO内部からの批判をかわすとともに、1MDB問題の追求を緩和することを目的になされたものと考えられる。

 なお、新たに副首相に就任するザヒド・ハミディ内相(62歳)は、UMNOの中でもマレー民族主義を重視する保守派の有力政治家として知られる。1986年 にナジブ青年・スポーツ相(当時)の政務秘書として政界入りし、一時はアンワル・イブラヒム元副首相と近い関係にあった[*10]。2009年にナジブ政権下で国防相に就任、2013年から内相を務めている。2015年1月に実施されたムルデカ・センターによる世論調査によれば、将来の首相候補として3番目に支持を集めた[*11]。また、上記(1)の図のとおり、マレーシア内務省は2015年7月24日に本件疑惑を追及している経済紙2紙の発行禁止を命令したが、同省のトップとして同命令を決定する立場にあった。

 

 

3. 今後の見通し

 上記2.(3)で述べたナジブ首相の狙いは、閣内における反対勢力の力を削ぎ、他のUMNO党員に対してプレッシャーを与えることで、少なくとも当面の間は功を奏し、同首相が退任に追い込まれる可能性は低いと考えられる[*12]

 次期下院選挙は2018年に予定されている。1MDBの不正経理または資金疑惑により、ナジブ首相に法的責任が発生する場合、次期選挙より前に政権が退陣に追い込まれる可能性があり、今後の調査の結果が注目される[*13]

以上

 

 

 

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[*1] 2015年3月4日付The Wall Street Journal記事「Malaysian Leader Orders Auditor to Verify 1MDB Accounts」参照。

[*2] 2015年5月19日付The Rakyat Post記事「PAC begins investigation proceedings into 1MDB」参照。

[*3] 2015年7月2日付The Wall Street Journal記事「Investigators Believe Money Flowed to Malaysian Leader’s Account」参照。

[*4] 法務庁、中央銀行、連邦警察、汚職摘発委員会により構成。

[*5] アブドゥル・ガニ・パタイル法務長官、ゼティ・アクタル中央銀行総裁、カリド・アブ・バカール警察監察官、アブ・カシム・モハメド汚職摘発委員長が連名で声明を発表。なお、ガニ法務長官が2015年7月28日に辞任したことは本レポートで述べているとおり。

[*6] 「エッジ・ファイナンシャル・デーリー」および「エッジ・ウィークリー」。

[*7] 2015年7月28日付The Wall Street Journal記事「Malaysia’s Najib Razak Fires Deputy Prime Minister in 1MDB Rift」参照。

[*8] 前掲注7参照。

[*9] 前掲注7参照。

[*10] 2015年7月28日付The Malaysian Insider記事「Rise of Zahid, from Najib’s secretary to DPM」参照。

[*11] 住友商事グローバルリサーチ「次世代のリーダーは誰か?-ヒシャムディン国防相が1位」(2015年3月18日付調査レポート)参照。

[*12] Ambika Ahuja「Cabinet shakeup will help Najib rebuild support」(2015年7月29日付Eurasia Group Note)参照。

[*13] ナジブ政権と野党連合の最近の状況については、住友商事グローバルリサーチ「ナジブ政権と野党連合が直面する問題」(2015年4月15日付調査レポート)参照。

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