インドネシア:ジョコ政権の第2次内閣改造
2016年07月28日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也
概要
- 2016年7月27日、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は第2次内閣改造を発表した。
- 今回の内閣改造の最大の目玉は、スリ・ムルヤニ世銀専務理事・最高執行責任者の財務大臣就任である。同氏は、インドネシアで最も尊敬を集めるエコノミストの一人であり、ユドヨノ政権下での財務大臣はじめ主要経済閣僚を歴任し、財務大臣としてリーマンショック後の経済危機を切り抜け、経済改革を推進した実績は国内外で高く評価されている。実力、実績、国際的な評価いずれにおいてもトップクラスの経済専門家が財務大臣に就任したことは、経済改革の推進、インドネシアに対する国際的な評価の向上という面で大きな意味がある。
- また、同様に改革推進派といわれるトマス・レンボン氏が投資調整庁(BKPM)長官に横滑り就任し、ダルミン・ナスチオン調整大臣(経済担当)が留任したことは、経済改革の推進にとってプラスと考えられる。
- ただし、スリ・ムルヤニ氏は、10年に議会からの批判などを背景に財務大臣を辞任した経緯があることから、改革路線に反発する勢力との関係が懸念される。
- また、ゴルカル党員が入閣したが、政権にとっては、与党闘争民主党に次ぐ議席数を有する有力政党であるゴルカル党との関係を強化することは、安定した議会運営を行う上で有益と考えられる。
- ジョコ大統領にとり、自身の政治基盤を闘争民主党のみならずゴルカル党にも拡大することは、闘争民主党の保守勢力に対抗する政治力を備える上でも有益と考えられる。
- ただし、ゴルカル党には改革路線に反発する勢力もおり、保守派の勢力が拡大する可能性もある。
- ルフット・パンジャイタン調整大臣(政治・法務・治安担当)が調整大臣(海事担当)に横滑り就任し、アルチャンドラ・タハル氏がエネルギー鉱物資源大臣に就任したが、ともに現状の資源ナショナリズムを強調する政策を支持しているとみられ、現政権の方針に変更はないと予想される。
- 調整大臣(政治・法務・治安担当)に就任したウィラント元国軍司令官は、大統領候補にもなった政界の重鎮であるが、東ティモール独立運動の際に人権侵害が発生した時の国軍司令官であり、国連から人道に対する罪で起訴されたことがある。国際社会から厳しい評価をされた人物を要職に就けることに対して懸念する声もある。
1. 第2次内閣改造
2016年7月27日、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は第2次内閣改造を発表した。内閣改造は15年8月の第1次内閣改造から約1年ぶりとなる[*1]。13人の閣僚が交代し、4人が横滑り就任した。交代した閣僚は下表のとおりである。
2. 内閣改造のポイント
(1)背景
今回の内閣改造に至る背景にあったのは以下の事情と考えられる。
- 16年5月に最大野党であったゴルカル党が連立与党への参加を決定し、ゴルカル党員を閣内に入れる必要があった。
- 改革を推進するために経済の専門家の起用が必要になった。
- リザル・ラムリ海事担当調整大臣、スディルマン・サイド・エネルギー鉱物資源大臣など一部の経済閣僚の間で意見の不一致があった。
- ジャカルタ・バンドン高速鉄道の建設に遅れが生じていた。
- ナトゥナ諸島をめぐるインドネシアと中国との対立が顕在化し、インドネシアは、同諸島の軍備強化、開発を推進していた。
(2)注目点
今回の内閣改造において特に注目されるのは以下の人事である。
- スリ・ムルヤニ世銀専務理事・最高執行責任者が財務大臣に就任した。
- トマス・レンボン商業大臣が投資調整庁(BKPM)長官に横滑り就任し、ダルミン・ナスチオン調整大臣(経済担当)は留任した。
- ゴルカル党と国民信託党1Fの党員が1人ずつ入閣した[*2]。
- ウィラント元国軍司令官が調整大臣(政治・法務・治安担当)に就任した。
- リザル・ラムリ調整大臣(海事担当)とスディルマン・サイド・エネルギー鉱物資源大臣が退任した。
- ルフット・パンジャイタン調整大臣(政治・法務・治安担当)が調整大臣(海事担当)に横滑り就任し、アルチャンドラ・タハル氏がエネルギー鉱物資源大臣に就任した。
- イグナシウス・ジョナン運輸大臣が退任し、リニ・スマルノ国営企業大臣は留任した。
3. 内閣改造の評価
(1)経済改革の推進
今回の内閣改造の最大の目玉は、スリ・ムルヤニ世銀専務理事・最高執行責任者の財務大臣就任である。
スリ・ムルヤニ氏は、インドネシアで最も尊敬を集めるエコノミストの一人であり、ユドヨノ政権下での財務大臣はじめ主要経済閣僚を歴任し、財務大臣としてリーマンショック後の経済危機を切り抜け、経済改革を推進した実績は国内外で高く評価されている。米フォーブス誌の「世界で最も影響力のある女性100人」の常連でもある。
実力、実績、国際的な評価いずれにおいてもトップクラスの経済の専門家が財務大臣に就任したことは、経済改革の推進、インドネシアに対する国際的な評価の向上という面で大きな意味がある。
また、同様に改革推進派といわれるトマス・レンボン氏が投資調整庁(BKPM)長官に横滑り就任し、ダルミン・ナスチオン調整大臣(経済担当)が留任したことは、経済改革の推進にとってプラスと考えられる。
ただし、スリ・ムルヤニ氏は、10年に議会からの批判やゴルカル党のアブリザル・バクリ党首(当時)との確執を背景に財務大臣を辞任した経緯があることから、今回も、改革路線に反発する勢力との関係が懸念される。
(2)ジョコ政権の政治基盤の強化
ゴルカル党員が入閣したが、政権にとっては、与党闘争民主党に次ぐ議席数を有する有力政党であるゴルカル党との関係を強化することは、安定した議会運営を行う上で有益と考えられる。
ジョコ大統領にとり、自身の政治基盤を闘争民主党のみならずゴルカル党にも拡大することは、闘争民主党の保守勢力に対抗する政治力を備える上でも有益と考えられる。
ただし、ゴルカル党には改革路線に反発する勢力もおり、保守派の勢力が拡大する可能性もある。
(3)資源ナショナリズム
リザル・ラムリ調整大臣(海事担当)とスディルマン・サイド・エネルギー鉱物資源大臣は、鉱山開発契約の更新延長時期やマセラ鉱区でのLNGプロジェクトの開発方式などをめぐり意見の不一致が生じていたところ、今回の内閣改造で両方の大臣が退任することになった。
ルフット・パンジャイタン調整大臣(政治・法務・治安担当)が調整大臣(海事担当)に横滑り就任し、アルチャンドラ・タハル氏がエネルギー鉱物資源大臣に就任したが、ともに現状の資源ナショナリズムを強調する政策を支持しているとみられ、現政権の方針に変更はないと予想される。
(4)政権の不安定要因
調整大臣(政治・法務・治安担当)に就任したウィラント元国軍司令官は、大統領候補にもなった政界の重鎮であるが、東ティモール独立運動の際に人権侵害が発生した時の国軍司令官であり、国連から人道に対する罪で起訴されたことがある。国際社会から厳しい評価をされた人物を要職に就けることに対して懸念する声もある。
(5)中国との関係
16年6月頃から、ナトゥナ諸島をめぐるインドネシアと中国との対立が顕在化しており、インドネシアは、リャミザルド・リャクドゥ国防大臣、ルフット・パンジャイタン調整大臣(政治・法務・治安担当)(当時)、リザル・ラムリ調整大臣(海事担当)(当時)、スシ・プジアストゥティ海洋水産大臣らが中心となって、同諸島の軍備強化、開発を推進していた。ルフット・パンジャイタン調整大臣(政治・法務・治安担当)の調整大臣(海事担当)への横滑り就任には、こうしたナトゥナ諸島への関与の強化が背景にあった可能性がある。
また、中国が受注したジャカルタ・バンドン高速鉄道の建設に遅れが生じていることが問題視されていたが、イグナシウス・ジョナン運輸大臣の退任は、この問題への対応が影響した可能性がある。一方で、中国の受注において主導的役割を果たしたといわれるリニ・スマルノ国営企業大臣は留任している。
以上
[*1] 住友商事グローバルリサーチ「インドネシア:ジョコ政権、初の内閣改造」(15年8月13日付調査レポート)参照。
[*2] ゴルカル党と国民信託党は、いずれも第1次内閣改造後に与党連合への参加を表明した(ゴルカル党は16年5月、国民信託党は15年9月)。なお、国民信託党の与党連合への参加の背景については、住友商事グローバルリサーチ「インドネシア:野党指導者の交代と政局の動向」(15年3月17日付調査レポート)参照。
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