政治スキャンダルよりも重要な韓国経済情勢

2016年11月08日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行

 韓国が揺れている。朴槿恵大統領の親友とされる人物による政治介入疑惑や元側近が職権乱用や情報漏洩などの疑いで次々に逮捕されるなど韓国政治は混乱に陥っている。政府は内閣改造によりこの窮地を乗り切ろうとしているが次々と発覚する新たな事実の前に政府の対応は後手に回っている印象を否めず、大統領の支持率は急落し、国民向けに謝罪する事態に至り、任期満了前の退陣も囁かれ始めるなど情勢は混とんとしている。

 

 

 北朝鮮による核実験やミサイル発射、THAAD(米ミサイル防衛システム)配備を巡る中国との軋轢、政府介入による造船業界の再編、韓進海運破たん処理、電子製品の発火問題、南東部における地震など16年に入り韓国はこれまでになく多くの難題を抱えている。とりわけ経済産業分野における問題はこれまでの成長ドライバが失われるとの危機感も手伝い、かなり深刻に受け止められている状況だ。将来への不安や不透明感が政治不信に繋がっているのはどの国も同様だ。

 

 

 多くの不安や問題を抱えている韓国経済は、我々から見れば、堅調だ。16年Q2の実質経済成長率は前年比2.7%と懸念されていたような景気急減速にはなってはいない。家計による消費は前年同期比2.7%と経済成長と同じペースで底堅く推移しており、13年から15年半ばに渡って縮小し続けた輸出もその後は持ち直しの動きが続いている。15年の対中貿易は約840億ドルの黒字と貿易相手国中最大で、次点の米国の約3倍の規模だ。しかし、品目も電気機械・輸送用機械が半数を占めるなど輸出先と物品に大きな偏りがあるのは特徴でもあると同時に大きなリスクでもある。

 

 

韓国GDP(出所)韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

 2015年韓国の貿易相手国(出所)韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

 為替レートは対中黒字が拡大すると韓国ウォンが人民元に対して強くなる傾向にあるが16年に入ってからは人民元の下落スピードが特に速いため、過去の貿易黒字収支の水準との比較では韓国ウォンは対人民元でかなりのウォン高にさらされている。通貨高は、輸出を弱める作用がある点で成長の足かせとなる。もちろん、輸出には以前のような力強さが見られないが成長は持続している。

 

 

対中貿易収支と中国元・韓国ウォン為替レート(出所)Bloomberg 、韓国産業通商資源部のデータより住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

対ドル為替レート(出所) Bloomberg, BISより住友商事グローバルリサーチ作成 

 

 対米ドル為替レートは株価や債券価格の下落に見られるように投資・投機資金流失の影響を受けているようでやや弱含んでいる。しかし、金融危機時のウォン暴落と比較すれば今回の政治混乱は市場のパニックを引き起こすほどではなく、比較的冷静な状態を保っている。金利水準からすれば金融当局には利下げや量的緩和余地が残っており、政府はこれまで拡張路線を取ってこなかったので追加財政支出を行う余裕もあるように金融・財政両政策での対応余地は広い。経済や産業には常にフォローが吹いているわけではないので持続的な成長を実現するためには、政治問題の拡大や鎮静化に関わらず、成長している間に構造改革を実施することが必要で、そのための内閣改造だったはずだ。大統領の支持率を問わず、経済の立て直しは粛々と進められるのではないか。(無論、その効果を最大限に享受するため政治・社会が安定していることが望ましい)

 

 財政収支(対GDP比)(出所)IMFより住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

 

 韓国経済の懸念は経済成長が続いているにも関わらず所得上昇が小幅でインフレ率を下回る水準が続いている点だ。これは実質所得の低下に他ならない。消費者所得は15年9月以降前年比0.8%を上限に伸びが止まっており、コア消費者物価上昇率の過去1年の平均値(1.7%)を下回る状況が継続している。消費者支出の減少は所得の伸び悩みとほぼ同時に始まっており、直近16年6月の統計では前年比でとうとうゼロまで落ち込んだ。9月末に施行された接待規制も今後消費が伸び悩む原因になり得るだろう。GDP統計には現状では整合していなかったり、反映されていなかったりで、こうした影響がいつ、どのように表れてくるか消費関連統計や景況感の変化に注目が集まってこよう。

 

 

名目所得と名目支出(出所)韓国統計庁より住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

消費者信用残の増勢(出所)韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成

 

 

 所得の伸び悩みに合わせるように拡大する家計債務にも留意が必要だ。15年以降、明らかに増加し始めており、16年に入りそのピッチは速まり、住宅ローン以外の債務残高は短期間で名目GDPの10%以上まで拡大している。現在の所得が不足しており、将来の所得を担保に借り入れし、消費が維持されている状況になっている。家計を中心にバランスシート調整が必要になってくるとみられ、早晩その対策がとられるだろう。その際、金融緩和策の導入は債務拡大を促進させる事態が想定されるため量的金融緩和の実施には制約が付くことが考えられる。貸出金利の引き下げや減税が中心になってくるのではないかと推察される。

 

 

 日本の対韓国貿易では貿易収支黒字となっており、近年では韓国からの観光客も増加傾向にあるように重要な貿易相手国だ(訪日外国人の支出は輸出に相当する)。また、韓国向けの事業投資や韓国企業との協業など多方面で展開されており、韓国経済の悪化は貿易収支黒字縮小や配当減などにより少なからずその影響を受けることになる。前例のない政治スキャンダルに注目してしまうが、経済産業分野で韓国が直面している問題を把握していくことがより重要な状況だ。

 

 

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